解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第2部 第19章 §2.19.5 ★★ 極限 Kerr で κ=0 になる。4法則を熱力学と並べると κ↔T、A↔S の対応が見え、係数は ℏ を入れて初めて決まる
第三法則
式 (2.19.11) は a∗→1 で r+=r− となって κ→0 になる。極限 Kerr は表面重力が 0 のブラックホールである。図 2.19.3 に、κ と ΩH がスピンとともにどう変わるかを示す。κ は a∗ が1に近づくと急に落ちる。

図 2.19.3 同じ質量で比べた Kerr ブラックホールの表面重力 κ(実線)、地平面の角速度 ΩH(破線)、取り出しうる回転のエネルギーの割合 1−Mirr/M(一点鎖線)。すべて厳密な式 (2.19.11)・(2.19.6)・(2.19.22) の値。a∗→1 で κ→0、ΩH→c/(2rg)、割合 →0.293。
Bardeen・Carter・Hawking は、熱力学の第三法則(有限回の操作で絶対零度に達することはできない)にならって、「有限回の操作で κ=0 にすることはできない」を第三法則として挙げた。Israel(1986、Physical Review Letters 57、397)は、物質が弱いエネルギー条件を満たし、変化が連続であるなどの前提のもとで、極限でないブラックホールが有限の時間で極限になれないことを示した。ただしこの法則は他の3つほど強くない。Kehle と Unger(2022、arXiv:2211.15742)は、荷電したスカラー場を落とし込む過程で、有限の時間に極限ブラックホールができる例を構成した。第三法則は、前提を明示して初めて成り立つ主張である。
熱力学の第三法則には、もう1つの言い方「T→0 でエントロピーが 0(または定数)に近づく」(Nernst–Planck の形)がある。ブラックホールではこちらが成り立たない。極限 Kerr の面積は A=8πrg2 で、同じ質量の Schwarzschild の半分あり、0 にならない。
4法則を並べる
ここまでの結果を熱力学と並べると、表 2.19.1 になる。
表 2.19.1 ブラックホール力学の4法則と熱力学の4法則 | ブラックホール | 熱力学 |
| 第零法則 | 定常なら κ が地平面上で一定 | 平衡なら T が一様 |
| 第一法則 | c2δM=8πGκc2δA+ΩHδJ | dU=TdS+ΩdJ |
| 第二法則 | δA≥0 | dS≥0(孤立系) |
| 第三法則 | 有限回の操作で κ=0 にできない | 有限回の操作で T=0 にできない |
対応は Mc2↔U、κ↔T、A↔S である。ただし古典論の範囲では、これは形が同じというだけにとどまる。理由は3つある。第一に、古典的なブラックホールは何も放出しないので、温度 0 の物体のように振る舞い、κ に比例する温度を持つとは考えにくい。第二に、κ と A の比例係数が決まらない。第一法則の組み合わせ 8πGκc2δA は、T=ακ、S=8πGαc2A のどの α でも書き直せる。第三に、次元を合わせるには kB のほかに作用の次元を持つ定数が要るが、古典の一般相対論には G と c しかない。
Bekenstein(1973、Physical Review D 7、2333)は、ブラックホールに物を落とすと外の世界のエントロピーが消えて見えることから、面積に比例するエントロピーをブラックホールに持たせるべきだと考えた。係数を決めたのは Hawking(1975、Communications in Mathematical Physics 43、199)の量子論の計算で、ブラックホールは温度
TH=2πckBℏκ(2.19.23)
の熱放射を出す。第5部第12章でこの式を導く。これを認めると、第一法則の 8πGκc2δA=THδSBH から
SBH=4GℏkBc3A(2.19.24)
が決まる(α=ℏ/(2πckB))。この章の4法則は、ℏ を入れると本物の熱力学の法則として読める。「温度とエントロピーは比喩か本物か」という問いの答えは第5部第12章に、SBH が何を数えているかという問いは相対エントロピーから情報と物理を組み立てる 第7部第1章に渡す。
例題 2.19.5 太陽質量のブラックホールの温度・エントロピー・熱容量 ★★
オリジナル式 (2.19.23)・(2.19.24) を認めて、回転していない質量 M のブラックホールについて次を求めよ。
- (1) TH と SBH を M で書き、M=M⊙(1.988×1030kg)での値を求めよ。
- (2) 熱容量 C=dTHd(Mc2) を求め、その符号の意味を述べよ。
- (3) 宇宙マイクロ波背景放射の温度 2.72548K(Fixsen(2009)、Astrophysical Journal 707、916)と TH が等しくなる質量を求めよ。
解答
(1) Schwarzschild では κ=c4/(4GM)、A=16πG2M2/c4 なので
TH=8πGMkBℏc3,kBSBH=ℏc4πGM2.
M=M⊙ で TH=6.17×10−8K、SBH/kB=1.05×1077。
(2) TH∝1/M なので dMdTH=−TH/M で、
C=dMdTHc2=−THMc2=−ℏc8πGM2kB=−2SBH.
M⊙ で C=−2.90×1054JK−1。熱容量が負なので、エネルギーを放出すると温度が上がり、放出がさらに速まる。周りより熱いブラックホールは放射で冷えるどころか熱くなり続け、熱浴と安定に釣り合うことができない。
(3) M=ℏc3/(8πGkBT) に T=2.72548K を入れて M=4.50×1022kg(月の質量 7.35×1022kg の約 0.6 倍)。これより重いブラックホールは背景放射より冷たいので、現在の宇宙では放射するより多く吸収して太っていく。
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