解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第4部 第6章 §4.6.4 ★★★ 磁場の無い輪の上の粒子のエネルギーは、輪が囲む磁束 ΦB によって周期 h/∣q∣ で変わる。ゲージ関数が1価に選べないことが理由
磁束を囲む輪の上の粒子
第2部第8章では、無限に長いソレノイドの外では B=0 なのに A=ΦB/(2πρ)eφ が 0 でないこと、ソレノイドの両側を通る2本の経路の作用が qΦB だけ違うことを見た。ここではその量子力学の扱いを、最も簡単な系で行う。半径 R の細い輪の上だけを動ける粒子を考え、輪の中心を細いソレノイドが貫いて磁束 ΦB を通しているとする。粒子のいる場所では B=0 である。
輪の上の位置は角度 θ で表される。A の接線成分は Aθ=ΦB/(2πR) で、接線方向の正準運動量の演算子は −(iℏ/R)∂θ なので
H^=2m1(−Riℏ∂θ∂−2πRqΦB)2=2mR2ℏ2(−i∂θ∂−2πℏqΦB)2(4.6.15)
である。波動関数は θ の1価関数なので ψ(θ+2π)=ψ(θ) を満たし、固有関数は einθ(n は整数)に限られる。固有値は
En(ΦB)=2mR2ℏ2(n−hqΦB)2(n=0,±1,±2,…)(4.6.16)
である。粒子は磁場に一度も触れていないのに、エネルギー準位が磁束 ΦB で変わる。

図 4.6.2 磁束を囲む輪の上の粒子のエネルギー準位 (4.6.16)。単位は εR:=ℏ2/(2mR2)。n ごとの放物線を h/q ずつずらして重ねた形で、スペクトル全体は ΦB について周期 h/q を持つ。qΦB/h=±21 で隣の n と交差し、最低の準位になる n が入れ替わる。厳密解(点線)
ゲージで消せない理由
輪の上では B=0 なので、局所的には A をゲージ変換で消すことができる。実際、Λ=ΦBθ/(2π) とすれば∇Λ=R1∂θΛeθ=2πRΦBeθ=A なので、A′=A−∇Λ=0 にできる(ここでは −Λ で変換した)。変換後の波動関数は ψ0=e−iqΛ/ℏψ で、自由粒子の Hamiltonian −2mR2ℏ2∂θ2 に従う。
しかしこの Λ は、輪を1周すると ΦB だけ増える多価の関数である。そのため、ψ が1価でも ψ0 は1価でなく
ψ0(θ+2π)=e−iqΦB/ℏψ0(θ)(4.6.17)
というねじれた境界条件を満たす。自由粒子の固有関数 eiκθ がこれを満たすには κ=n−qΦB/h でなければならず、固有値は 2mR2ℏ2κ2 で式 (4.6.16) と一致する。ゲージ変換で A を消すと、その代わりに磁束が境界条件の中に移る。どちらの書き方でも、磁束を消すことはできない。
ここで物理的な意味を持つのは、1周の線積分 ∮A⋅dl=ΦB を位相に直した eiqΦB/ℏ である。これは1価なゲージ変換では変わらず(1周の積分に ∮∇Λ⋅dl=0 が足されるだけ)、局所的な B の値で表すことはできない。例題 4.6.1 の直線の上の一定の A0 がゲージで消せたのは、直線には1周という操作が無いからである。輪の上の一定の Aθ は、同じ「磁場の無いベクトルポテンシャル」でも、1周の線積分を持つ点で違う。
スペクトルは ΦB→ΦB+h/q で En→En−1 となって元に戻る。これは eiqΦB/ℏ が周期 h/q を持つことの反映で、囲んだ磁束に対する物理量の周期性として Byers と Yang が一般的に示した1N. Byers and C. N. Yang (1961), Physical Review Letters 7, 46–49.。2本の経路で干渉させる元の Aharonov–Bohm の配置2Y. Aharonov and D. Bohm (1959), Physical Review 115, 485–491.では、干渉縞のずれ qΦB/ℏ(第2部第8章)が同じ周期を持つ。経路積分では、各経路の重み eiS/ℏ にq∫A⋅dl が入ることからこの位相差が直接出る(第4部第8章)。
永久電流
輪の上の電流は、確率の流れ (4.6.9) に電荷を掛けて輪の周で割ったものである。固有状態 einθ の速度はvθ=mRℏ(n−qΦB/h) なので、電流は
In=2πRqvθ=2πmR2qℏ(n−hqΦB)=−∂ΦB∂En(4.6.18)
になる。最後の等号は式 (4.6.16) を微分して確かめることができる。電流が磁束についてのエネルギーの微分で書けることは、磁気モーメントがエネルギーの磁場についての微分で書けることと同じ形の関係である。最低の準位にいる粒子は、ΦB が 0 でも h/q の整数倍でもなければ、電圧をかけなくても輪を回る電流を持ち続ける。これを永久電流と呼び、超伝導でない普通の金属の小さな輪でも起きることを Büttiker・Imry・Landauer が指摘した3M. Büttiker, Y. Imry and R. Landauer (1983), Physics Letters A 96, 365–367.。図 4.6.3 のように、最低の準位の電流は ΦB について鋸の歯の形をとる。

図 4.6.3 最低の準位の永久電流(式 (4.6.18)、I1:=qℏ/(2πmR2))。最低の準位になる n は qΦB/h に最も近い整数で、qΦB/h=±21 で n が入れ替わるところで電流の向きが跳ぶ。厳密解(点線)
輪を1次元とみなす近似
ここでは輪の幅を 0 とし、粒子が半径 R の円の上だけを動くとした。実際の輪には幅 w があり、半径方向の運動は幅の中に閉じ込められる。半径方向の閉じ込めのエネルギー ℏ2/(mw2) 程度が周方向のエネルギー εR よりはるかに大きければ、半径方向は最低の状態に留まり、周方向の運動だけが残ると考えた。これは速い自由度を最低の状態に固定する近似である。
近似の裏付け
型 B(極限) | 小さいもの w/R→0(半径方向の閉じ込めのエネルギーが周方向のエネルギーに比べて大きい) | 証明 要確認(細い管への閉じ込めの極限で有効1次元 Hamiltonian が得られる前提を原論文で確かめていない) | 行き先 近似の数理 第7章
例題 4.6.4 半径 1 μm の金属の輪の永久電流 ★★
オリジナル電子(q=−e)が半径 R=1μm の細い輪の上にある。me=9.109×10−31kg、ℏ=1.055×10−34Js、e=1.602×10−19C とする。
- (1) エネルギーの単位 εR=ℏ2/(2meR2) を eV と温度 εR/kB で求めよ。
- (2) 磁束の周期 h/e を求め、輪の内側全体に一様な磁場をかけて h/e を通すには何 T 要るかを求めよ。
- (3) 最低の準位の電流の大きさの最大値(eΦB/h=21 の手前)を求めよ。
- (4) 電子の向きの規約に注意して、ΦB を 0 から少し増やしたとき最低の準位の n と電流の向きを述べよ。
解答
(1) εR=(1.055×10−34)2/(2×9.109×10−31×10−12)=6.10×10−27J=3.81×10−8eV。温度に直すと 6.10×10−27/1.381×10−23=4.42×10−4K=0.442mK である。準位の間隔は εR 程度なので、永久電流を見るには 1mK を下回る低温が要る(実際の金属の輪では電子が多数あり、Fermi 準位の近くの準位の間隔が目安になるが、ここでは1粒子で考える)。
(2) h/e=6.626×10−34/1.602×10−19=4.14×10−15Wb。面積 πR2=3.14×10−12m2 で割って 1.32×10−3T=1.32mT。地磁気(5×10−5T 程度)の数十倍で1周期が終わる。
(3) 式 (4.6.18) で ∣n−qΦB/h∣ は最低の準位では 21 を超えないので、最大値は
∣I∣max=2πmeR2eℏ⋅21=2π×9.109×10−31×10−121.602×10−19×1.055×10−34×21=1.48×10−12A.
1.5pA 程度である。
(4) q=−e なので qΦB/h=−eΦB/h で、ΦB>0 を少し増やすと qΦB/h は 0 から少し負になる。最も近い整数は n=0 のままで、電流は I0=2πmR2qℏ(0−qΦB/h)=−2πmR2hq2ℏΦB<0。−∂E0/∂ΦB<0 は、磁束を増やすとエネルギーが上がることを言っている。電流は θ の負の向き、つまり外から加えた磁束を打ち消す磁場を作る向きに流れ、小さな磁束に対して輪は反磁性を示す。q2 の形なので、この向きは電荷の符号によらない。
1 N. Byers and C. N. Yang (1961), Physical Review Letters 7, 46–49.
2 Y. Aharonov and D. Bohm (1959), Physical Review 115, 485–491.
3 M. Büttiker, Y. Imry and R. Landauer (1983), Physics Letters A 96, 365–367.
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