解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第4部 第8章 §4.8.1 ★★★ 選ぶのは1粒子の L=2mq˙2−V(q)。調べる量は伝播の核 K(qf,qi;T)=⟨qf∣e−iH^T/ℏ∣qi⟩。自由粒子の核の指数は、すでに古典の作用 eiScl/ℏ になっている
第4部のここまでの章では、古典力学の Hamiltonian H(q,p) を演算子 H^ に置き換え、Schrödinger 方程式や Heisenberg の式をH^ で書いてきた(第4部第2章・第4部第3章)。この書き方では、第1部で中心にあった Lagrangian L と作用 S[q]=∫Ldt は、量子化の入口で Legendre 変換に使われたあと表に出てこない。第4部第7章の WKB 近似では、波動関数の位相に特性関数 W(x,E) が現れ、作用が量子力学の中に顔を出すことを見たが、そこで扱えたのは1本の古典軌道の近くの波だけだった(第4部第7章)。
この章では、時間発展の演算子 e−iH^T/ℏ の位置表示の行列要素(伝播の核)を、始点と終点を結ぶすべての経路 q(t) についての eiS[q]/ℏ の和として書く。これが Feynman の経路積分である。使う道具は3つしかない。時間を細かく刻むこと、刻んだ各時刻に位置と運動量の完全系を挟むこと、そして Gauss 積分である。運動量についての Gauss 積分は Legendre 変換 H→L を量子力学の側で行う操作になっていて、その結果として Lagrangian が指数の肩に戻る。
出てくるものは3つある。第一に、L が q と q˙ の2次式なら、核は古典の経路の作用 Scl と、そのまわりの揺らぎの行列式だけで厳密に決まる。揺らぎの行列式が 0 になる時刻は第1部第3章・第5章で見た共役点(焦点)である。第二に、ℏ→0 では作用が停留する経路の近くだけが残り、古典力学が出る。共役点を越えるたびに位相 −π/2 が付き、これが第4部第7章の Maslov の位相の経路の側からの理由になる。第三に、時間を虚数にすると重み eiS/ℏ が実数の e−SE/ℏ に変わり、周期 βℏ の閉じた経路の和が分配関数 Z=Tre−βH^ になる。
選ぶ Lagrangian と調べる量
この章で選ぶのは、第1部から使ってきた1自由度の Lagrangian
L(q,q˙)=2mq˙2−V(q)(4.8.1)
と、それを Legendre 変換した Hamiltonian H(q,p)=p2/(2m)+V(q) である(第1部第7章・第1部第8章)。量子化は第4部第1章の規則どおり [q^,p^]=iℏ とする(第4部第1章)。この章では時間の長さを T と書き、運動エネルギーには T の字を使わず p2/(2m) と書く。
調べる量は、時刻 0 に位置 qi にあった粒子が時刻 T に位置 qf に見いだされる振幅
K(qf,qi;T)=⟨qf∣e−iH^T/ℏ∣qi⟩(4.8.2)
で、これを伝播の核(propagator)と呼ぶ。始めの波動関数 ψ(q,0) が分かっていれば、完全系 ∫dqi∣qi⟩⟨qi∣=1 を挟んで
ψ(qf,T)=∫dqiK(qf,qi;T)ψ(qi,0)(4.8.3)
となるので、K を知ることは時間発展を全部知ることに等しい。T→0 では e−iH^T/ℏ→1 なので K→⟨qf∣qi⟩=δ(qf−qi) である。
K の最も大事な性質は、時間の足し算である。e−iH^(T1+T2)/ℏ=e−iH^T2/ℏe−iH^T1/ℏ の間に位置の完全系を挟むと
K(qf,qi;T1+T2)=∫dqK(qf,q;T2)K(q,qi;T1)(4.8.4)
を得る。時刻 T1 に粒子がいる位置 q を1つに決めず、すべての q について振幅を掛けて足している。次の節では、この操作を時間を N 等分して N−1 回繰り返し、N→∞ とする。途中のすべての時刻の位置について足すので、結果は「始点と終点を結ぶすべての経路についての和」になる。
自由粒子の核
V=0 の自由粒子では、H^=p^2/(2m) は運動量の固有状態 ∣p⟩ で対角になる。位置表示の運動量の固有関数を⟨q∣p⟩=eipq/ℏ/2πℏ と規格化すると(∫dp∣p⟩⟨p∣=1)、
K0(qf,qi;T)=∫dp⟨qf∣p⟩e−ip2T/(2mℏ)⟨p∣qi⟩=∫2πℏdpexp[ℏi(p(qf−qi)−2mp2T)](4.8.5)
となる。この積分は p の2次式の指数関数の積分(Gauss 積分)で、この章を通して使う公式は
∫−∞∞dxe−Ax2+Bx=AπeB2/(4A)(ReA>0)(4.8.6)
である。平方根は主値(偏角が (−π/2,π/2])を取る。A が純虚数 A=−ia(a は 0 でない実数)のときは、収束因子 e−δx2 を掛けて A=δ−ia とし、δ→+0 の極限で定義する。A の偏角は ReA>0 の側から ±π/2 に近づくので、主値の平方根はそのまま連続につながり、
∫−∞∞dxeiax2/2=∣a∣2πeiπsgn(a)/4(4.8.7)
を得る(Fresnel 積分)。位相 ±π/4 は、2次の指数の符号だけで決まる。
式 (4.8.5) に式 (4.8.6) を当てると(例題 4.8.1)、
K0(qf,qi;T)=2πiℏTmexp[2ℏTim(qf−qi)2](4.8.8)
となる。1/i=e−iπ/4 である。この式は第1部第13章で、自由粒子の Schrödinger 方程式の点源の解として定数倍を除いて出てきたものと同じ形をしている(第1部第13章)。
指数の肩は古典の作用
式 (4.8.8) の指数の肩を古典力学で読む。自由粒子が時間 T で qi から qf へ行く古典の経路は等速の直線 qcl(t)=qi+(qf−qi)t/T で、その作用は
Scl(qf,qi;T)=∫0T2m(Tqf−qi)2dt=2Tm(qf−qi)2(4.8.9)
である。したがって K0=m/(2πiℏT)eiScl/ℏ で、核の位相は古典の作用を ℏ で割ったものに等しい。前因子も古典の作用から作ることができる。−∂2Scl/∂qf∂qi=m/T なので
K0=2πiℏ1(−∂qf∂qi∂2Scl)eiScl/ℏ(4.8.10)
と書くことができる。自由粒子の量子力学は、古典の作用 Scl という1つの関数で完全に決まっている。Scl を終点の関数とみたものは、第1部第13章の Hamilton の主関数 S(q,t) であり、∂Scl/∂qf=m(qf−qi)/T は終点での運動量になる。
一般の V でも同じことが成り立つかは自明でない。古典の経路は1本でも、量子力学の核には古典の経路から外れた経路も寄与しうるからである。次の節で、すべての経路の寄与を足し合わせる形に K を書き直し、第3節で L が2次式なら式 (4.8.10) と同じ形が厳密に成り立つことを示す。
例題 4.8.1 自由粒子の核を運動量で足して求める ★★
オリジナル
- (1) 式 (4.8.5) の p の積分を式 (4.8.6) で行い、式 (4.8.8) を導け。
- (2) ∫dqfK0(qf,qi;T)=1 を示し、その意味を述べよ。
- (3) 核の位相 m(qf−qi)2/(2ℏT) が π になる距離 Δqπ を、電子(m=9.109×10−31kg)で T=1ns のとき、質量 1g の粒で T=1s のときに求めよ(ℏ=1.055×10−34Js)。
解答
(1) 式 (4.8.5) は A=iT/(2mℏ)、B=i(qf−qi)/ℏ の Gauss 積分である。ReA=0 なので収束因子つきで考え、主値の平方根を使う。
Aπ=iT2πmℏ,4AB2=4iT/(2mℏ)−(qf−qi)2/ℏ2=2ℏTim(qf−qi)2.
2つ目の等号では −1/i=i を使った。前の 1/(2πℏ) を掛けると 2πmℏ/(iT)/(2πℏ)=m/(2πiℏT) となり、式 (4.8.8) を得る。
(2) qf についての積分は A=−im/(2ℏT)、B=0 の Gauss 積分で、π/A=2πiℏT/m である。前因子 m/(2πiℏT) と掛けると 1 になる。K0 は qf−qi だけの関数なので、qf で積分しても qi で積分しても同じ値になる。式 (4.8.3) で ψ(qi,0)=1(運動量 0 の平面波)とするとψ(qf,T)=∫dqiK0=1 で、波動関数は変わらない。運動量 0 の平面波はエネルギー 0 の定常状態なので、この結果はそれと合っている。
(3) 位相が π になるのは m(Δqπ)2/(2ℏT)=π、すなわち Δqπ=2πℏT/m のときである。電子で T=1ns なら Δqπ=2π×1.055×10−34×10−9/(9.109×10−31)=8.53×10−7m、つまり約 0.85μm である。1g の粒で T=1s なら Δqπ=2π×1.055×10−34/10−3=8.14×10−16m で、原子核の大きさ程度になる。巨視的な物体では、終点を原子核の大きさだけずらしただけで位相が半周回る。第4節で、この激しい振動のために古典の経路の近くだけが残ることを示す。
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