解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第5部 第4章 §5.4.3 ★★★ H を p の1次式 α⋅p+βm にする要請から 4×4 の行列が決まり、密度 ψ†ψ≥0 が戻る。回転の保存量は L+21Σ
時間について1階にする
前の節の困難の出どころは、方程式が時間について2階であることだった。そこで、Schrödinger 方程式と同じ1階の形
i∂tψ=HDψ,HD=α⋅p+βm=−ii=1∑3αi∂i+βm(5.4.11)
を考える。HD を p の1次式にしたのは、空間の微分の階数を時間と揃えて Lorentz 変換と両立させるためである。αi(i=1,2,3)と β は数でなく行列、ψ はその行列が作用する多成分の波動関数とする。この HD が質量殻の条件を満たすこと、つまり HD2=p2+m2 を要求する。展開すると
HD2=i,j∑21{αi,αj}+pipj+i∑{αi,β}+pim+β2m2
なので、
{αi,αj}+=2δij,{αi,β}+=0,β2=1(5.4.12)
が条件になる。HD がエルミートであるためには αi と β はエルミート行列でなければならない。
行列は 4×4 より小さくできない
条件 (5.4.12) を満たす4つのエルミート行列 α1,α2,α3,β は、どれも2乗が 1 なので固有値は ±1 である。また αi=−βαiβ(β2=1 と反交換から)なので、トレースをとると Trαi=−Tr(βαiβ)=−Trαi、すなわち Trαi=0 で、同様に Trβ=0 である。固有値が ±1 でトレースが 0 なので、+1 と −1 が同じ数だけあり、行列の次数 N は偶数である。N=2 では、互いに反交換するエルミートな行列は Pauli 行列 σx,σy,σz の3つが最大で、4つ目は作れない(2×2 のトレース 0 のエルミート行列は3つの Pauli 行列の実係数の線形結合で、そのうち互いに反交換するものは直交する3方向に限られる)。したがって N≥4 で、N=4 で実際に作ることができる。標準的な選び方(Dirac 表示)は、2×2 のブロックで
αi=(0σiσi0),β=(100−1)(5.4.13)
である。{αi,αj}+ のブロックは {σi,σj}+=2δij に帰着し、αiβ=−βαi はブロックの符号から直ちに分かる。
共変な形と Lagrangian 密度
γ0:=β、γi:=βαi とおくと、条件 (5.4.12) は1本の式
{γμ,γν}+=2ημν(5.4.14)
にまとまる((γi)2=βαiβαi=−αi2=−1=ηii から空間成分の負号が出る)。式 (5.4.11) に左から β を掛けると
(iγμ∂μ−m)ψ=0(5.4.15)
になる。これが Dirac 方程式である1P. A. M. Dirac (1928), Proceedings of the Royal Society of London A 117, 610–624.。
この式を Euler–Lagrange 方程式として出す Lagrangian 密度は
LD=ψˉ(iγμ∂μ−m)ψ,ψˉ:=ψ†γ0(5.4.16)
である。ψˉ を独立な場とみなして変分すると、LD は ∂μψˉ を含まないので式 (5.4.15) がそのまま出る。ψ に共役な正準運動量は πψ=∂LD/∂(∂tψ)=iψ† で、速度 ∂tψ を含まない。LD が速度の1次式なので、第1部第7章の Legendre 変換で速度を消す段が無く、ψ と iψ† がはじめから相空間の正準な組になっている。LD は運動方程式を満たす解の上で 0 なので、Hamiltonian 密度は
HD=πψ∂tψ−LD=ψ†(−iα⋅∇+βm)ψ=ψ†HDψ
で、式 (5.4.11) の HD の期待値の密度になっている。
密度は正に戻る
LD も位相の取り替え ψ→e−iθψ で変わらない。前の節と同じ手順で Noether の流れを作ると
jμ=ψˉγμψ,j0=ψ†ψ=a=1∑4∣ψa∣2 ≥0(5.4.17)
になる。方程式が時間について1階なので、j0 に時間微分が入らず、正の量に戻った。ψˉγμψ が4元ベクトルとして変換されるようにψ の変換則を決めることができる(ψ をスピノルと呼ぶ)。
ところが、エネルギーの符号の問題は残る。HD2=p2+m2 なので、HD の固有値は ±ωp で、運動量 p ごとに正のエネルギーの解と負のエネルギーの解が2つずつある(4×4 のうち TrHD=0 なので半分ずつ)。図 5.4.1 に2つの枝を示す。正の枝と負の枝の間には幅 2m の隙間がある。

図 5.4.1 自由な Klein–Gordon 方程式と Dirac 方程式のエネルギー E=±p2+m2(厳密、点線)と、非相対論の近似 ±(m+p2/(2m))(実線)。∣p∣≪m で両者は重なる。正の枝と負の枝の間に幅 2m の隙間があり、下の枝は下に有界でない
平面波のスピノル
正のエネルギー E=ωp の平面波を ψ=u(p)e−i(Et−p⋅x) とおき、u を上下2成分ずつ u=(ξ,ζ) に分ける。式 (5.4.11) と (5.4.13) から
(E−m)ξ=(σ⋅p)ζ,(E+m)ζ=(σ⋅p)ξ
で、2つ目から ζ=(σ⋅p)ξ/(E+m) と決まる。1つ目は (σ⋅p)2=p2=E2−m2 から自動的に満たされる。規格化を u†u=2E と選ぶと
us(p)=E+mχsE+mσ⋅pχs,χ+=(10), χ−=(01)(5.4.18)
である。静止した粒子(p=0)では下の2成分が 0 で、上の2成分 χs が2つの向きを持つ。この2つが、次の小節で見るスピン 21 の2状態である。速さが c に比べて小さいとき、下の2成分は上の2成分の ∣p∣/(2m)≈v/2 倍しかない。上を大きい成分、下を小さい成分と呼ぶ。
回転の保存量にスピンが入る
第4部第5章では、回転対称な Hamiltonian では軌道角運動量 L=x×p が保存することを、回転の生成子が L であることから導いた。HD ではこれが成り立たない。[Lz,px]=ipy、[Lz,py]=−ipx を使うと
[Lz,HD]=i(αxpy−αypx)=0(5.4.19)
である。α⋅p は x と p だけでなく行列 α の向きも含むので、x と p だけを回す L では回転の全体を生成しない。行列の側も回す生成子として、Σi:=diag(σi,σi) を考える。[Σz,αx]=2iαy、[Σz,αy]=−2iαx、[Σz,β]=0 から
[21Σz,HD]=−i(αxpy−αypx)
で、式 (5.4.19) とちょうど打ち消し合う。したがって
J=L+21Σ,[J,HD]=0(5.4.20)
が保存する。21Σ の各成分の固有値は ±21(SI で ±ℏ/2)で、これが電子のスピンである。Dirac 方程式ではスピンを外から付け足していない。Hamiltonian を p の1次式にするという要請から行列が必要になり、その行列の向きも回すのが回転の Noether の保存量だった、という順序で出てくる。第2部第7章の言葉では、Lorentz 変換(その一部の回転)の Noether の流れのうち、場の成分を混ぜる部分がスピンの角運動量になっている。
例題 5.4.3 z 方向に走る電子のスピノル ★★
オリジナル運動量 p=pez(p>0)、E=p2+m2 のスピノル u+(p) を考える。
- (1) u+ を4成分で書き、HDu+=Eu+ を成分で確かめよ。
- (2) u+†u+=2E と uˉ+u+=2m を確かめよ。
- (3) u+ が 21Σz の固有値 +21 の固有状態であることを示せ。p→0 と p≫m で、上下の成分の比はどうなるか。
解答
(1) σ⋅p=pσz で σzχ+=χ+ なのでu+=(E+m,0,p/E+m,0)T。HD=pαz+mβ の αz は第1成分と第3成分を(σz の上の成分 +1 で)入れ替え、第2成分と第4成分を(−1 で)入れ替えるので、
HDu+=(p⋅E+mp+mE+m, 0, pE+m−mE+mp, 0)T.
第1成分は E+mp2+m(E+m)=E+mE2−m2+mE+m2=E+mE(E+m)=EE+m、第3成分は E+mp(E+m)−mp=EE+mp で、どちらも Eu+ の成分に等しい。
(2) u+†u+=(E+m)+E+mp2=E+m(E+m)2+E2−m2=E+m2E(E+m)=2E。uˉ+u+=u+†βu+=(E+m)−E+mp2=E+m(E+m)2−(E2−m2)=E+m2m(E+m)=2m。u†u は j0 でエネルギーとともに増える(4元ベクトルの第0成分)が、uˉu はスカラーで静止質量だけで決まる。
(3) Σz=diag(1,−1,1,−1) で、u+ は第1成分と第3成分しか持たないので 21Σzu+=+21u+。運動量の向きにスピンが向いているので、これはヘリシティ +21 の状態でもある。上下の比は p/(E+m) で、p→0 で 0(下の成分が消える)、p≫m で 1 に近づく(上下が同じ大きさ)。速い電子では大きい成分・小さい成分の区別がなくなる。
1 P. A. M. Dirac (1928), Proceedings of the Royal Society of London A 117, 610–624.
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