近似の数理 第13章 §13.5 ★★★ 相互作用する電子の描像が摂動論でどこまで正当化され、超伝導のギャップがなぜ摂動論の外にあるか
Fermi 液体は摂動論で正当化できるか
相互作用する電子の気体が、低いエネルギーでは「準粒子」の気体として振る舞うというのが Landau の Fermi 液体の描像である(ハミルトニアンの選び方で固体を考える 第5部第1章)。これを数学的に裏付ける道具がくりこみ群で、Fermi 面から遠い励起を順に積分して消し、Fermi 面近くの有効理論を作る。J. Feldman、H. Knörrer、E. Trubowitz は、2次元で、相互作用が短距離で弱く、Fermi 面が強く凸で k→−k について対称でない場合に、温度 0 でも摂動展開が収束して Fermi 液体になることを証明した(Feldman, Knörrer, Trubowitz (2004), Commun. Math. Phys. 247, 1 からの連作)。
条件「k→−k について対称でない」は技術的な仮定でなく、物理の本質に関わる。Fermi 面が反転対称なら、運動量 k と −k の電子の対(Cooper 対)の散乱がエネルギーの対数 ln(ℏωD/E) を伴って増え、引力があれば低温で必ず超伝導に移る。斥力しかなくても、角運動量 ℓ=0 の対の通り道で実効的な引力が生じて超伝導が起きうる(Kohn, Luttinger (1965), Phys. Rev. Lett. 15, 524)。したがって反転対称な Fermi 面では、Fermi 液体は絶対零度までは安定でなく、摂動展開が収束しないことのほうが正しい物理である。1次元では Fermi 液体そのものが成り立たず、別の固定点(Luttinger 液体)に流れる。
3次元の高密度の電子ガスの相関エネルギーについては、Gell-Mann と Brueckner が摂動級数のうち最も発散の強い項(リング図形、RPA)を足し上げ、εc=Alnrs+C+O(rs) を得た(Gell-Mann, Brueckner (1957), Phys. Rev. 106, 364)。この式は、相互作用を平均場のスケーリングで弱めた Fermi 気体(Coulomb 相互作用を含む)では、上界(Christiansen, Hainzl, Nam (2023), Commun. Math. Phys. 401, 1469)と下界(Christiansen, Hainzl, Nam (2024), arXiv:2405.01386、J. Amer. Math. Soc. に掲載予定)の両方が証明されたが、平均場のスケーリングをとらない本来の rs→0 の極限はこれらの結果の範囲の外にある。
ギャップは摂動論のどの次数にも現れない
BCS 理論(ハミルトニアンの選び方で固体を考える 第5部第4章)で、Fermi 面から ℏωD 以内の電子どうしに一定の引力をはたらかせると、転移温度は
kBTc=π2eγEℏωDe−1/λ=1.134ℏωDe−1/λ(13.12)
になる(λ は状態密度をかけた無次元の結合定数、γE=0.5772 は Euler の定数)。関数 e−1/λ は λ→0+ で 0 に近づき、そのすべての階数の微分も 0 に近づく。したがって Tc を λ のべき級数に展開すると、すべての係数が 0 になる。相互作用を λ の1次、2次、…と摂動で入れていく限り、超伝導は決して現れない。
命題 13.7(e−1/λ は平坦 ★★)
g(λ)=e−1/λ(λ>0)、g(0)=0 とすると、すべての n で g(n)(λ)→0(λ→0+)である。
証明
帰納法で g(n)(λ)=Pn(1/λ)e−1/λ(Pn は多項式)と書ける。x=1/λ→∞ で xke−x→0 なので、どの項も 0 に近づく。
この非解析性は 13.4 節の Peierls の2量体化 (13.10) と同じ形である。どちらも、Fermi 面(またはギャップの閉じた点)の近くの状態の数がエネルギーの対数の積分を与え、1=λln(比) の形の条件から指数関数が出る。第7章の WKB のトンネル積分 e−S/ℏ と同じく、B 型の近似の「極限で 0 になる量」が、べき級数でなく指数関数で 0 に近づく例である。
BCS 汎関数と GL への極限
BCS 理論の数学的な定式化として、C. Hainzl、E. Hamza、R. Seiringer、J. P. Solovej は、電子の1体密度行列と対の振幅を変数とする BCS の自由エネルギー汎関数を、一般の対の相互作用 V について調べた(Hainzl, Hamza, Seiringer, Solovej (2008), Commun. Math. Phys. 281, 349)。彼らの結果の要点は、超伝導の解(対の振幅が 0 でない最小点)が存在するかどうかが、線形の作用素
KT+V,KT=tanh(ξ(p)/(2kBT))ξ(p),ξ(p)=2mp2−μ(13.13)
が負の固有値を持つかどうかで決まり、Tc はその最小固有値が 0 を横切る温度として定まる、ということである。非線形の変分問題の転移点が、線形の固有値問題(第3章の min-max 原理の対象)に帰着している。
Tc のすぐ下では、R. L. Frank、C. Hainzl、R. Seiringer、J. P. Solovej が BCS 汎関数から Ginzburg–Landau 理論を導いた(Frank, Hainzl, Seiringer, Solovej (2012), J. Amer. Math. Soc. 25, 667)。主張の骨格は次のとおりである(前提の正確な形は原論文)。微視的な長さに対する外場の変化の長さの比を 1/h とし、温度を T=Tc(1−Dh2)(D>0)にとって h→0 とすると、BCS の最小の自由エネルギーと正常状態の差は h と GL 汎関数の最小値の積に o(h) を除いて等しく、Cooper 対の波動関数は、重心座標の関数 ψ(GL の秩序変数)と相対座標の関数(Tc で (13.13) の固有値 0 を与える固有関数)の積に近い。GL 理論が「Tc の近くで秩序変数がゆっくり変わる」という2つの小さいパラメータの極限で正しいことが、物理の直観どおりの形で定理になった。
例題 13.6 線形化したギャップ方程式と Tc ★★
オリジナルFermi 面から ∣ξ∣<ℏωD の殻の中だけで一定の引力がはたらくとき、(13.13) の固有値が 0 を横切る条件は
1=λ∫0ℏωDξtanh(ξ/(2kBT))dξ
になる(引力が殻の中で一定なので、作用素の負の部分は階数1になり、固有値の条件がこの1本の式に縮む)。
- (1) kBT≪ℏωD で右辺の積分が lnπkBT2eγEℏωD+o(1) と振る舞うことを用いて、(13.12) を導け。
- (2) λ=0.2,0.25,0.3 で kBTc/ℏωD を求めよ。
- (3) λ を 0.25 から 0.2 に 20% 下げると Tc は何分の1になるか。この感度の高さを、命題 13.7 と結びつけて述べよ。
解答
(1) 条件は 1=λlnπkBTc2eγEℏωD、すなわち lnπkBTc2eγEℏωD=λ1 で、指数をとると (13.12)。積分の評価は、ξ≫kBT で tanh→1 となって ln(ℏωD/kBT) を与え、ξ≲kBT の部分が定数 ln(2eγE/π) を足す。たとえば kBT=0.01ℏωD で数値積分は 4.7308、ln(1.134/0.01)=4.7308 である。
(2) (13.12) から λ=0.2 で 1.134e−5=0.00764、λ=0.25 で 1.134e−4=0.0208、λ=0.3 で 1.134e−10/3=0.0404。線形化した方程式を数値で解いた値と相対誤差 10−3 以内で一致する(e−1/λ の前の係数の補正は (kBTc/ℏωD)2 の程度で小さい)。
(3) 0.00764/0.0208=0.37=e−1。λ の 20% の変化で Tc が 1/e 倍になる。一般に dlnTc/dlnλ=1/λ で、λ が小さいほど感度は高い。摂動論は λ の各次数の係数を与えるが、命題 13.7 により Tc のべき級数の係数はすべて 0 なので、どれほど高い次数まで計算しても Tc は出てこない。超伝導の転移温度を出すには、Cooper の通り道の対数を全次数で足し上げる(はしご図形の和、あるいは平均場)必要がある(検算スクリプト)。
近似の裏付け
型 B(極限) | 小さいもの (Tc−T)/Tc→0 と、外場の変化の長さに対する微視的な長さの比 h→0(Tc−T∝h2) | 証明 条件付き(BCS 汎関数から GL が出ることは Frank–Hainzl–Seiringer–Solovej 2012。BCS 汎関数自体を多体の Hamiltonian から出す段は要確認) | 行き先 近似の数理 第6章
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com