量子力学の様々な構成方法 第1部 第3章 §1.3.2 ★★★ p^→−iℏd/dx は置き換え規則ではなく、∣x⟩ の位相を並進で揃えた結果として出る
並進から −iℏd/dx を導く
入門の授業では「p を −iℏ∂/∂x に置き換える」と教わる。基準の言葉では、これは定理として導かれる。出発点は、運動量が空間の並進の生成子であることである(解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第4部第1章で、Poisson 括弧の生成子 G=p が並進 δq=ϵ を起こすことから交換関係へ移った)。量子の並進を
T^(a):=e−iap^/ℏ(1.3.4)
と書き、これが位置の一般化固有ベクトルを T^(a)∣x⟩=∣x+a⟩ と動かすように ∣x⟩ の位相を選ぶ。すると T^(a)†=T^(−a) から ⟨x∣T^(a)=⟨x−a∣ なので
⟨x∣T^(a)∣ψ⟩=⟨x−a∣ψ⟩=ψ(x−a).
両辺を a で微分して a=0 と置くと、左辺は −ℏi⟨x∣p^∣ψ⟩、右辺は −ψ′(x) になるから
⟨x∣p^∣ψ⟩=−iℏdxdψ,⟨x∣x^∣ψ⟩=xψ(x)(1.3.5)
を得る。第2式は ⟨x∣x^=x⟨x∣ から直ちに出る。位置表示で [x^,p^]=iℏ を確かめるには、x(−iℏψ′)−(−iℏ)(xψ)′=iℏψ と1行で計算すればよい。
∣x⟩ の位相の自由度
ここで「∣x⟩ の位相を選ぶ」と書いた所に注意がいる。∣x⟩ は固有値方程式と δ 規格化だけでは決まらず、実関数 ϕ(x) を使って∣x⟩′=eiϕ(x)∣x⟩ と取り替えても (1.3.1) はそのまま成り立つ。この取り替えで波動関数は χ(x):=⟨x∣′ψ⟩=e−iϕ(x)ψ(x) に、運動量演算子の位置表示は
⟨x∣′p^∣ψ⟩=(−iℏdxd+ℏϕ′(x))χ(x)(1.3.6)
に変わる(ψ=eiϕχ を (1.3.5) に入れ、左から e−iϕ を掛ける)。ℏϕ′(x) の項は、電磁場のベクトルポテンシャルを足したときの最小結合と同じ形をしている。この自由度を固定するのが条件 T^(a)∣x⟩=∣x+a⟩ である。
命題 1.3.2(位置表示の位相の一意性 ★★★)
x^ の一般化固有ベクトルの族 {∣x⟩} と {∣x⟩′} がどちらも δ 規格化 (1.3.1) を満たし、どちらも T^(a)∣x⟩=∣x+a⟩ を満たすなら、x に依らない定数 α があって ∣x⟩′=eiα∣x⟩ である。
証明
x^ の固有値 x の一般化固有ベクトルは、1次元のスピンのない粒子では定数倍を除いて1つなので、∣x⟩′=c(x)∣x⟩ と書ける。δ 規格化から ∣c(x)∣=1、c(x)=eiϕ(x) である。並進の条件を両方の族に課すと eiϕ(x)∣x+a⟩=T^(a)∣x⟩′=∣x+a⟩′=eiϕ(x+a)∣x+a⟩ なので、すべての x,a で ϕ(x+a)=ϕ(x)(2π の整数倍を除く)。ϕ を連続に選べば ϕ は定数である。
全体の定数位相 eiα は、すべての波動関数に同じ位相を掛けるだけなので、公理 Q1 により予言を変えない。したがって、並進の生成子が p^ であるという1つの要請で、位置表示は本質的に1つに決まる。この命題は、x^ と p^ の表現がすでに与えられていて、x^ の固有値が重複しないことを前提にしている。その前提そのもの(交換関係 [x^,p^]=iℏ を満たす既約な表現は位置表示にユニタリ同値なものしかない)が Stone–von Neumann の定理で、第2部第6章で扱う。
半直線の上の −iℏd/dx
x>0 しか動けない粒子(壁のある系・動径座標)で p^=−iℏd/dx と書くと、この演算子は自己共役にならず、どんな境界条件を課しても自己共役にできない。ℏ=1 の単位で −iφ′=±iφ の解は e∓x で、(0,∞) で2乗積分できるのは e−x だけなので、不足指数が (1,0) と等しくならない(不足指数の定義と判定は 近似の数理 第3章)。半直線では並進 T^(a) が粒子を壁の外へ押し出してしまい、ユニタリな並進の群が存在しないことの表れである。3次元の動径の運動量で起きる問題は 解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第4部第2章で扱った。
演算子の核と、期待値の学部の形
一般の演算子 A^ は、完全性の関係を左右に挿入すると
⟨ϕ∣A^∣ψ⟩=∫∫dxdx′ϕ(x)∗A(x,x′)ψ(x′),A(x,x′):=⟨x∣A^∣x′⟩(1.3.7)
と書ける。A(x,x′) を A^ の核(位置表示の行列要素)と呼ぶ。x^ の核は xδ(x−x′)、p^ の核は (1.3.5) から−iℏδ′(x−x′) で、どちらも対角か対角のすぐ近くにだけ値を持つ。そのため x^ と p^ の多項式 f(x^,p^) では二重積分が一重の積分になり、
⟨f(x^,p^)⟩=∫ψ(x)∗f(x,−iℏdxd)ψ(x)dx(1.3.8)
になる(f の中の x^ と p^ の並び順は左辺と右辺で同じにそろえる)。これが入門の期待値の式で、第1部第1章の期待値の表の1行目にあたる。時間発展の演算子 e−iH^t/ℏ の核 K(x,t;x′,0)=⟨x∣e−iH^t/ℏ∣x′⟩ は対角に集中しない典型例で、これを中心に置いたのが第3部の経路積分である。
例題 1.3.3 走る波束と、位相の取り替えで止まる波束 ★★★
オリジナルψ(x)=(2πσ02)−1/4exp(−4σ02x2+ℏip0x) とする(σ0>0、p0 は実数)。
- (1) (1.3.8) で ⟨p^⟩ と ⟨p^2⟩ を求め、運動量の標準偏差 Δp を出せ。
- (2) ∣x⟩′=eip0x/ℏ∣x⟩ と位相を取り替えると、波動関数 χ(x)=⟨x∣′ψ⟩ と p^ の表示はどうなるか。新しい表示で ⟨p^⟩ を計算し直し、(1) と一致することを確かめよ。
- (3) 新しい族 {∣x⟩′} は T^(a)∣x⟩′=∣x+a⟩′ を満たすか。
解答
(1) −iℏψ′=(p0+2σ02iℏx)ψ。∣ψ∣2 は平均 0・分散 σ02 の正規分布なので、第2項の期待値は ⟨x⟩=0 により消え、⟨p^⟩=p0。もう一度作用させると
(−iℏ)2ψ′′=[(p0+2σ02iℏx)2+2σ02ℏ2]ψ,
期待値は p02−4σ04ℏ2⟨x2⟩+2σ02ℏ2=p02+4σ02ℏ2(⟨x⟩=0、⟨x2⟩=σ02)。よって Δp=ℏ/(2σ0) で、ΔxΔp=ℏ/2 の最小不確定状態である。
(2) χ(x)=e−ip0x/ℏψ(x)=(2πσ02)−1/4e−x2/(4σ02) は実関数になる。(1.3.6) で ϕ′=p0/ℏ なのでp^ の表示は −iℏd/dx+p0。実関数の χ では ∫χ(−iℏ)χ′dx=−2iℏ[χ2]−∞∞=0 なので、⟨p^⟩=0+p0=p0 で (1) と一致する。運動量 p0 は、波動関数の位相の勾配から演算子の定数項へ移っただけである。
(3) T^(a)∣x⟩′=eip0x/ℏ∣x+a⟩=e−ip0a/ℏ∣x+a⟩′ なので、p0=0 では満たさない。命題 1.3.2 の条件を外した表示では、「波動関数が実なら運動量の期待値は 0」という入門の経験則も成り立たなくなる。
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