量子力学の様々な構成方法 第1部 第3章 §1.3.5 ★★★ 一番大きい項の固有状態で表示すると、残りの項が作る非対角要素は小さく、摂動で扱える
指針と、その根拠
自由粒子は運動量表示で1行で解けた。H^ がその表示で対角だったからである。実際の系のハミルトニアンは H^=H^0+V^ のように2つ以上の項を持ち、どの表示でも厳密に対角にはならない。そのときは次の指針で表示を選ぶ。
表示の選び方
H^=H^0+V^ で H^0 が一番大きい項なら、H^0 の固有状態 {∣n⟩} で表示する。その表示で H^ は対角要素 En+Vnn と、小さい非対角要素 Vmn(m=n)を持つ行列になる。
この指針が良い理由を、2つの状態だけの場合で定量的に見る。H^0 の固有値を ±ΔE/2、V^ の非対角要素を実数 v とすると、H^=(ΔE/2vv−ΔE/2) の固有ベクトルは (cosϑ,sinϑ)T、(−sinϑ,cosϑ)T で、混ざりの角 ϑ は
tan2ϑ=ΔE2v,ϑ≈ΔEv(∣v∣≪∣ΔE∣)(1.3.17)
で決まる。∣v∣≪∣ΔE∣ なら固有ベクトルは表示の基底ベクトルとほぼ同じで、混ざる重みは ϑ2≈(v/ΔE)2 にすぎない。多くの状態があるときも、Rayleigh–Schrödinger の摂動論で1次の固有ベクトルの補正は ∑m=nEn−EmVmn∣m⟩ で、同じ比「非対角要素 ÷ 準位の間隔」が小さいかどうかが表示の良し悪しを決める。逆に小さいほうの項 V^ を対角にする表示を選ぶと、大きいほうの H^0 が大きな非対角要素を作り、固有状態は多数の基底ベクトルに広がってしまう。
運動エネルギーが一番大きいとき:平面波
金属の伝導電子のように運動エネルギーが一番大きい系では、H^0=p^2/(2m) の固有状態を探す。1次元で書くと −2mℏ2φ′′=Eφ の一般解はφ=Aeκx+Be−κx、κ2=−2mE/ℏ2 である。Reκ=0 なら、A=0 の項は一方の無限遠で、B=0 の項は他方の無限遠で指数関数的に増え、1.3.3 節と同じ理由で一般化固有ベクトルにならない。残るのは κ=ik(k は実数)、すなわち平面波 eikx で、E=ℏ2k2/(2m)≥0 である。これは運動量表示 (1.3.9) の基底そのもので、運動エネルギーが一番大きい系では波数 k で状態を指定する表示(k 空間の表示)を選ぶことになる。結晶の周期ポテンシャルを足しても、並進対称性のおかげで k は Bloch の波数として良い量子数に残り、バンド図はこの表示で描いた H^ の対角要素にあたる(近似の数理 第12章)。
Coulomb 相互作用が一番大きいとき:サイトの表示
逆に、電子間の Coulomb 反発が運動エネルギーより大きい系では、k 空間の表示は不利になる。3次元の Coulomb ポテンシャルの Fourier 変換は
∫re−μre−ik⋅rd3r=k2+μ24π μ→0 k24π(1.3.18)
で(遠方を e−μr で切ってから極限を取る)、2電子の相互作用 1/∣r1−r2∣ は、平面波の対 (k1,k2) を運動量移行 q だけずれた(k1+q,k2−q) へ、あらゆる q について重み 4π/q2 でつなぐ。k 空間の表示では、相互作用の非対角要素がいたる所に現れる。一方、位置表示(格子ならサイトの表示)では、相互作用は電子の位置だけの関数なので対角である。Coulomb 反発が一番大きい系では、電子を各原子の位置に置いた状態で表示を組む。次の模型でこの切り替わりを数値で見る。
2サイトの模型で確かめる
2つのサイト 1,2 に電子が2個あり、スピンは一重項(全体の波動関数はスピン部分が反対称なので、空間部分 Φ(i,j) は i,j の入れ替えで対称)とする。1電子のハミルトニアンはサイトの表示で h=(0−t−t0)(t>0 はサイト間の飛び移り)、同じサイトに2個いると U>0 だけエネルギーが上がる。2電子のハミルトニアンは
H^=h⊗1^+1^⊗h+Ui=1,2∑∣ii⟩⟨ii∣(1.3.19)
である。第1・2項が運動エネルギー、第3項が Coulomb 反発にあたり、これは格子の上の位置表示(サイトの表示)で書いた Schrödinger 方程式である。
サイトの表示では、対称な空間部分の基底を ∣11⟩、∣22⟩、∣S⟩:=(∣12⟩+∣21⟩)/2 に取る。(h⊗1^+1^⊗h)∣11⟩=−t(∣21⟩+∣12⟩)=−2t∣S⟩ などから
H^≐U0−2t0U−2t−2t−2t0(1.3.20)
で、Coulomb 項は対角、運動エネルギーは非対角要素 −2t になる。
結合・反結合の表示(1電子の h を対角にする表示。2サイトの k 空間にあたる)では、∣b⟩=(∣1⟩+∣2⟩)/2(固有値 −t)、∣a⟩=(∣1⟩−∣2⟩)/2(固有値 +t)から∣bb⟩、∣aa⟩、(∣ab⟩+∣ba⟩)/2 を作る。∣bb⟩=21(∣11⟩+∣12⟩+∣21⟩+∣22⟩) などを Coulomb 項に入れると
H^≐−2t+U/2U/20U/22t+U/2000U(1.3.21)
で、今度は運動エネルギーが対角、Coulomb 項が非対角要素 U/2 を作る。
どちらの表示でも固有値は同じで、U((∣11⟩−∣22⟩)/2)と
E±=2U±U2+16t2(1.3.22)
である。基底状態 E− の近似は表示ごとに自然に出てくる。U≪t では (1.3.21) の対角要素から E−≈−2t+U/2(非対角 U/2 と間隔 4t の比が小さい)、U≫t では (1.3.20) の ∣S⟩ が非対角要素 −2t で間隔 U の2状態とつながる2次の摂動からE−≈−2⋅(2t)2/U=−4t2/U である。スピン三重項(空間部分が反対称な (∣12⟩−∣21⟩)/2)はどちらのサイトにも2個いられないので U を感じず、飛び移りの寄与も打ち消してエネルギー 0 を持つ。一重項と三重項の差 J=4t2/U が反強磁性の交換相互作用で、固体の巻ではハミルトニアンの選び方で固体を考える 第1部第1章でこの模型から導いた。

図 1.3.2 2サイトの模型の基底状態のエネルギー。厳密な値(点線)に、U≪t では結合・反結合の表示の対角要素(青の実線)が、U≫t ではサイトの表示の2次の摂動(赤の実線)が近づく。U≈4t の付近ではどちらの近似も外れ、どちらの表示でも非対角要素が準位の間隔と同じ大きさになる。
近似の裏付け
型 B(極限) | 小さいもの t/U→0(サイトの表示で飛び移りを2次の摂動として扱う) | 証明 証明済み(3行3列の行列の固有値は t/U について解析的で、収束する摂動級数の2次の項が −4t2/U) | 行き先 近似の数理 第7章
例題 1.3.6 どちらの表示で基底状態が1つの基底ベクトルに近いか ★★★
オリジナル2サイトの模型 (1.3.19) で、U/t=1 と U/t=10 の2つの場合を考える。
- (1) それぞれの場合に厳密な E− を求め、−2t+U/2 と −4t2/U のどちらがよい近似かを答えよ。
- (2) U/t=10 の基底状態を、サイトの表示で1次の摂動まで求め、∣S⟩ の重みを見積もれ。厳密な値は 0.964 である。
- (3) U/t=1 の基底状態について、結合・反結合の表示で ∣bb⟩ の重みを (1.3.17) で見積もれ。厳密な値は 0.985 である。この場合にサイトの表示で一番大きい重み(∣S⟩ の 0.621)と比べよ。
解答
(1) U/t=1:E−=(1−17)t/2=−1.562t。−2t+U/2=−1.5t(ずれ 4%)、−4t2/U=−4t(大きく外れる)で、結合の表示の近似がよい。U/t=10:E−=(10−116)t/2=−0.385t。−4t2/U=−0.4t(ずれ 4%)、−2t+U/2=3t(符号も違う)で、サイトの表示の近似がよい。
(2) (1.3.20) で ∣S⟩(エネルギー 0)が ∣11⟩、∣22⟩(エネルギー U)とそれぞれ −2t でつながるので、1次の補正の係数は0−U−2t=U2t で、∣S⟩+U2t(∣11⟩+∣22⟩)。規格化すると ∣S⟩ の重みは1/(1+4t2/U2)=1/1.04=0.962 で、厳密な 0.964 に近い。
(3) (1.3.21) の左上の2行2列で、間隔 ΔE=4t、非対角 v=U/2。tan2ϑ=2v/ΔE=U/(4t)=0.25 から ϑ=0.1225、∣bb⟩ の重みは cos2ϑ=0.985 で、この2行2列の中では (1.3.17) は厳密なので、値も一致する。サイトの表示では一番大きい重みでも 0.621 で、基底状態は3つの基底ベクトルに広く分かれている。U/t=1 ではサイトの表示は良い表示ではない。
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