量子力学の様々な構成方法 第5部 第4章 §5.4.5 ★★ 2次のハミルトニアンの下では符号が保たれる。非線形の発展で負の値が現れ、緩和と ħ → 0 の平均で消える
2次のハミルトニアンは符号を保つ
ハミルトニアンが x^ と p^ の2次以下の多項式なら、第5部第2章の命題で示したとおり、W は古典の流れに沿って運ばれるだけで Wt(z)=W0(M(t)−1z)(M(t) は行列式1の線形写像に平行移動を足したもの)となる。関数の値の集合は変わらないので、W0≥0 なら Wt≥0、W0 が負の値を持てばその値もそのまま保たれる。自由粒子・調和振動子・一様な力の下の粒子、スクイーズ(x^p^+p^x^ の項)では、負の値は現れも消えもしない。光学でいえば、ビームスプリッタ・位相板・縮退パラメトリック増幅はすべて2次で、コヒーレント状態やスクイーズド状態から負の値を持つ状態を用意することはできない。
非線形の発展で負の値が現れる
3次以上の項があると、Moyal 方程式(第5部第3章)には ℏ2∂x3V∂p3W のような高階の項が加わり、W は古典の流れから外れる。典型的な例は Kerr 効果のハミルトニアン H^=ℏκn^2(n^=a^†a^)で、光子数によって位相の回る速さが変わる。B. Yurke と D. Stoler は、この発展でコヒーレント状態が2つのコヒーレント状態の重ね合わせ(猫状態)になることを示した(B. Yurke and D. Stoler (1986)、Phys. Rev. Lett. 57、13–16)。
例題 5.4.6 Kerr 発展で猫状態ができる ★★
オリジナルコヒーレント状態 ∣α⟩=e−∣α∣2/2∑nn!αn∣n⟩ を H^=ℏκn^2 で時間 t=π/(2κ) だけ発展させる。
- (1) e−iπn2/2 が n の偶奇だけで決まることを示せ。
- (2) 発展した状態が 21−i∣α⟩+21+i∣−α⟩ であることを示せ。
- (3) 2次のハミルトニアン ℏωn^ で発展させた場合と比べよ。
解答
(1) n が偶数なら n2 は4の倍数で e−iπn2/2=1。n=2k+1 なら n2=4k(k+1)+1 で e−iπn2/2=e−iπ/2=−i。
(2) ∣−α⟩ の展開係数は ∣α⟩ の係数に (−1)n を掛けたものである。A∣α⟩+B∣−α⟩ の係数は偶数の n で (A+B) 倍、奇数で (A−B) 倍になるので、A+B=1、A−B=−i を解いて A=21−i、B=21+i。∣A∣=∣B∣=1/2 で、2つの成分は相空間で原点について反対側にある。
(3) e−iωtn^∣α⟩=∣αe−iωt⟩ で、コヒーレント状態のまま相空間を回るだけである。W は正の Gauss 関数のまま動き、負の値は現れない。Kerr の場合は、振幅ごとに回る速さが違うので、はじめの Gauss の山が円弧に沿って引き伸ばされ、κt=π/2 で原点の両側の2つの山に分かれる。2つの山の間には 第5部第2章で見た縞が立ち、そこで W が負になる。
∣α∣=2 のコヒーレント状態から始めて、Kerr 発展の途中の負の体積 δ を格子の上で数値的に計算すると図 5.4.3 になる。t=0 では δ=0 で、発展とともに急に増えて κt≈π/6 で 1.26 程度に達し、その後は細かく揺れながら κt=π/2 の猫状態で 0.586 に下がる。途中の時刻では、いくつかのコヒーレント状態の重ね合わせが現れる。例えば κt=π/4 では e−iπn2/4 が n を4で割った余りだけで決まるので、状態は ∣ikα⟩(k=0,1,2,3)の4つの重ね合わせになる。図 5.4.4 は κt=π/2 の W の2つの断面で、運動量の向きの断面に原点の両側で負になる縞が見える。

図 5.4.3 Kerr のハミルトニアン ℏκn^2 で発展させたコヒーレント状態(∣α∣=2)の負の体積 δ。25点の時刻で W を格子の上で計算して ∫∣W∣−1 を求めた(verify_ch5-04.py)。点の間は線で結んだだけである。

図 5.4.4 κt=π/2 の猫状態の W の2つの断面。p=0 の断面(灰色)には x=±22ℏ/(mω) に2つの山がある。x=0 の断面(黒)は2つの山の中間の縞で、正負に振れる。縞の周期は運動量で πℏ/a(a=22ℏ/(mω))程度である。
緩和と古典極限で負の値が消える
負の値は環境との相互作用で失われる。光子1個の状態 ∣1⟩ が振幅減衰(Lindblad 演算子 Γa^、第4部第5章)を受けると、状態は ∣0⟩ と ∣1⟩ の混合になり、混合の割合が 1/2 に達したところで W は非負になる(総合問題で計算する)。猫状態の縞はさらに速く消える。縞は2つの成分の間のコヒーレンスに由来し、成分の間隔が広いほど速く減衰するからである(デコヒーレンス)。
もう1つの消え方は ℏ→0 の古典極限である。猫状態の縞の周期 πℏ/a は ℏ→0 で限りなく細かくなり、なめらかな関数 f(x,p) との積分 ∫fW の中で縞の正負が打ち消し合う。P.-L. Lions と T. Paul は、ℏ について一様に規格化された状態の族の Wigner 関数が、ℏ→0 で(部分列を取れば)なめらかな試験関数に対する弱い意味で非負の測度に収束することを示した(P.-L. Lions and T. Paul (1993)、Rev. Mat. Iberoam. 9、553–618)。この極限の測度は Wigner 測度とも呼ばれ、古典の Liouville 方程式に従う。負の値は、各点の値としては ℏ→0 でも残るが、相空間の有限の領域で平均した量には現れなくなる。
近似の裏付け
型 B(極限) | 小さいもの ℏ→0(相空間で見る構造の大きさに比べて 2πℏ が小さい) | 証明 証明済み(ℏ について L2 で一様に有界な状態の族で、部分列の弱収束として。極限は非負の測度。Lions–Paul 1993) | 行き先 近似の数理 第7章
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com