量子力学の様々な構成方法 第8部 第1章 §8.1.6 ★★★ 代数と状態の組が、基準の状態ベクトル・第4部の密度行列・古典の確率測度を特別な場合として含むことを式で並べる
この節では、この章の結果が同値性の地図のどの橋に当たるかを、式を並べて確かめる。代数的な構成と基準を結ぶ橋は「基準 ↔ 代数」(GNS 構成)で、その置き場は第8部の前半である。この章では基準から代数へ向かう向きを示し、代数から基準へ戻る向き(GNS 構成)は次の章で示す。
基準から代数へ
基準の構成の (H,∣ψ⟩) が与えられたとする。A=B(H)(または考える観測量が生成する C*部分代数)とし、
ωψ(A):=⟨ψ∣A∣ψ⟩(8.1.10)
とおくと、ωψ(A∗A)=∥A∣ψ⟩∥2≥0、ωψ(1)=⟨ψ∣ψ⟩=1 なので ωψ は状態である(ベクトル状態)。Born の規則 pa=⟨ψ∣Pa∣ψ⟩ は ωψ(Pa) と書ける。全体の位相を変えた eiφ∣ψ⟩ は同じ ωψ を与えるので、代数の状態は最初から「射線」を区別しない。基準の構成で「状態ベクトルの全体の位相は物理的に意味をもたない」と断っていたことは、ここでは定義から自動的に成り立つ。一方、相対位相は区別される。∣+⟩=(∣0⟩+∣1⟩)/2 と、∣0⟩・∣1⟩ の等重率の混合21(ω0+ω1) は σz の期待値では区別できないが、σx の期待値がそれぞれ 1 と 0 になる。
授業で習う形と並べると次のようになる。
基準(第1部)⟨A⟩=⟨ψ∣A∣ψ⟩⟶密度行列(第4部)⟨A⟩=Tr(ρ^A)⟶代数(第8部)⟨A⟩=ω(A)(8.1.11)
左から右へ進むごとに、状態を書く道具が少なくなる。左端はベクトル、中央は正値でトレース1の演算子、右端は線形汎関数だけである。定理 8.1.7 により、有限次元では中央と右端は1対1に対応する。
密度行列との橋と、浄化
第4部の前半(第4部第2章)で、密度行列 ρ^ は大きな系の純粋状態の部分トレースとして書けること(浄化)を示した。代数の言葉では、浄化は「制限」(8.1.9) を逆にたどることにあたる。
例題 8.1.6 混合状態をベクトル状態の制限として書く ★★★
オリジナルM2(C) の上の状態 ω(A)=Tr(ρ^A)、ρ^=diag(p,1−p)(0<p<1)を考える。
- (1) ∣Ψ⟩:=p∣00⟩+1−p∣11⟩∈C2⊗C2 について、ω(A)=⟨Ψ∣A⊗1∣Ψ⟩ がすべての A で成り立つことを示せ。
- (2) ω は M2(C) の上では混合状態である。(1) から、ω が「より大きな代数 M2(C)⊗M2(C) の純粋状態の制限」であることを読み取れ。
解答
(1) A⊗1 を ∣Ψ⟩ に当てて内積をとると、
⟨Ψ∣A⊗1∣Ψ⟩=i,j∈{0,1}∑pipj⟨i∣A∣j⟩⟨i∣j⟩=i∑pi⟨i∣A∣i⟩=pA00+(1−p)A11=Tr(ρ^A)
(p0=p、p1=1−p)。2つ目の因子の内積 ⟨i∣j⟩=δij が非対角の項を消している。
(2) ωΨ:=⟨Ψ∣⋅∣Ψ⟩ は M4(C)≅M2(C)⊗M2(C) の上のベクトル状態で、ランク1の射影に対応するので純粋状態である。(1) は ω=ωΨ∣M2(C)⊗1 を言っている。0<p<1 なので ρ^ の固有値はどちらも正で、ω は M2(C) の上の Bloch 球の内部の点(r=(0,0,2p−1)、∣r∣<1)すなわち混合状態である。同じ状態が、小さな代数の上では混合、大きな代数の上では純粋状態の制限になっている。次の章の GNS 構成は、ω から出発して C2⊗C2 にあたる空間を自動的に作る手続きで、この例ではその結果が浄化と一致する。
古典の統計と、ほかの部への橋
可換な C*代数 C(X) の上の状態は、Riesz–Markov の表現定理により X の上の確率測度 μ による積分 ω(f)=∫Xfdμ に限られ、純粋状態は1点に集中した測度 δx である。X を相空間にとれば、これは古典の統計力学の状態(相空間の確率分布)そのものである。したがって要請 (A1)–(A4) は、代数が可換なら古典の統計力学に、非可換なら量子力学になる。「交換子の代わりに Poisson 括弧」という古典と量子の対応(解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第4部第1章)は、代数の積が可換か非可換かという1点の違いとして見えてくる。量子の側の状態の集合が単体でなく球になること(図 8.1.1)、純粋状態でも分散が消えないこと(例題 8.1.4)は、どちらもこの非可換性から出た。
この章で要請に入れたものと、ほかの部で導くものの関係も整理しておく。要請 (A2) では、状態が代数全体の上で線形であることを仮定した。第9部第2章(第9部第2章)の Gleason の定理は、射影(「はい・いいえ」で答える観測量)の上の確率の付け方が互いに直交する射影について加法的であることだけから、3次元以上なら Tr(ρ^P) の形、つまり線形な状態が出ることを示す。代数的な構成が要請として置いた線形性を、再構成の部は定理として導く。

図 8.1.3 この章の結果が架かる橋。実線の矢印の向きが、この巻のどこで示すかを表す。基準から代数へはこの章、代数から基準へは次の章の GNS 構成、密度行列との対応は有限次元で1対1(定理 8.1.7)、可換な代数では古典の確率測度に戻る。
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