量子力学の様々な構成方法 第8部 第5章 §8.5.2 ★★ 表現を1つ選ぶと、その中の低い励起はスピンを有限個だけ裏返した波(マグノン)で、波数 0 の極限は全体の回転につながる。連続な対称性が破れると、エネルギーが 0 に近づく励起が現れる
GNS 空間の中のハミルトニアン
ω↑ の GNS 表現の中では、(8.5.2) の基底エネルギーを引いた
H^↑:=k∈Z∑h^k=k∈Z∑J(41−Sk⋅Sk+1)(8.5.6)
が意味をもつ。和は無限個の項をもつが、有限個のスピンだけを裏返したベクトルに当てると、裏返ったスピンのまわりの有限本の結合だけが 0 でない値を返すので、和は有限で止まる。H^↑≥0 で H^↑ξ↑=0、これが第8部第2章の命題 8.2.5 で作った「不変な状態の GNS に載る時間発展の生成子」の具体的な形である。H^Λ は Λ→∞ で E0,Λ→−∞ と発散するが、表現を1つ選んで差を取ると、有限の演算子が残る。
1マグノンの状態
位置 j のスピンだけを下に向けたベクトルを ∣j⟩:=Sj−ξ↑(S−=Sx−iSy)と書く。h^k は隣どうしの2つのスピンを入れ替える演算子 Pk,k+1 を使ってh^k=2J(1−Pk,k+1) と書ける(Sk⋅Sk+1=21Pk,k+1−41 による)。∣j⟩ に当てると、j をまたぐ2本の結合だけが寄与し
H^↑∣j⟩=2J(2∣j⟩−∣j−1⟩−∣j+1⟩)
になる。下向きのスピンが隣へ跳ぶ1粒子の問題である。格子間隔を a として平面波 ∣q⟩∝∑jeiqja∣j⟩ を作ると
H^↑∣q⟩=ℏνq∣q⟩,ℏνq=J(1−cosqa)≈2J(qa)2(qa≪1)(8.5.7)
となる。無限の鎖では平面波は規格化できないので、∣q⟩ は波束の極限と読む(有限の輪では規格化でき、厳密な固有ベクトルになる。図 8.5.1)。これが1マグノン、すなわちスピン波の量子で、固体の巻の ℏωk=z∣J∣S(1−γk) で z=2・S=21 とした形と一致する。振動数の記号を ν にしたのは、ω を状態に使っているためである。

図 8.5.1 1次元の強磁性の1マグノンの分散 (8.5.7)(線)と、8点の輪で数値的に対角化した固有値(点、qa=2πm/8)。どちらも厳密で、q→0 でエネルギーが 0 に近づく。
波数 0 の極限と回転
q=0 の「マグノン」は ∑jSj−ξ↑=S全−ξ↑ で、エネルギーは 0 である。これは全体をわずかに回した基底状態の1次の項にあたる。e−iθS^全y∣↑⊗N⟩=∣↑⊗N⟩+2θS全−∣↑⊗N⟩+O(θ2) だからである(S^y=(S+−S−)/(2i) と S+∣↑⟩=0 を使った)。ただし ∥S全−ξ↑∥2=N なので、1次の項の大きさは θN/2 で、N→∞ では有限の θ の回転を摂動として扱うことができない。有限の角の回転は、前節で見たように表現の外へ出てしまう。表現の中に残るのは、波数 q=0 のゆっくりした回転(スピン波)で、そのエネルギーは q→0 で 0 に近づく。連続な対称性が破れた表現の中にエネルギーが 0 に近づく励起が現れることは、Goldstone の定理の名で一般に知られている(ここでは名前だけにとどめる)。
有限温度とマグノンの数
d 次元の立方格子に同じ模型を置くと、1マグノンのエネルギーは ℏνq=J∑i=1d(1−cosqia)≈2J(qa)2 になる。マグノンを互いに独立なボース粒子とみなす線形スピン波の近似では、熱平衡の1点あたりのマグノンの数は
nmag=∫BZ(2π)dddqadeβℏνq−11d=3, 低温ζ(23)(2πJkBT)3/2(8.5.8)
で、磁化は1点あたり nmag だけ減る(Bloch の T3/2 則。ハミルトニアンの選び方で固体を考える 第5部第3章)。d=1,2 では q→0 の近くで被積分関数が 2/(βJ(qa)2) のようにふるまい、積分が発散する。これは有限温度で磁化が残れないことの目安で、厳密には Mermin と Wagner が、有限の到達距離の等方的な Heisenberg 模型では1次元と2次元で正の温度に自発磁化が無いことを証明した1N. D. Mermin and H. Wagner (1966), Phys. Rev. Lett. 17, 1133.。代数の言葉では、1・2次元の正の温度では回転を破った KMS 状態が無いということになる。
近似の裏付け
型 B(極限) | 小さいもの 励起したマグノンの密度(低温 kBT/J→0)、またはスピンの大きさ 1/S→0 | 証明 条件付き(1マグノンの状態は厳密。多数のマグノンを独立なボース粒子とみなす低温展開の誤差評価は要確認。3次元の S=21 の量子強磁性で正の温度に長距離秩序があることは未解決) | 行き先 近似の数理 第13章
例題 8.5.2 8点の輪のマグノン ★★
オリジナル(8.5.1) を周期境界の8点の輪に置き、ξ↑ をすべて上向きの状態とする。
- (1) 許される波数 qa=2πm/8(m=0,…,7)の1マグノンのエネルギーを J を単位に並べよ。
- (2) ∥S全−ξ↑∥2 を求め、q=0 の規格化したマグノンとの関係を述べよ。
- (3) 互いに離れた2点(たとえば位置 0 と 4)を裏返したベクトルの H^↑ の期待値を求め、1マグノンのエネルギーとの関係を述べよ。
解答
(1) ℏνq/J=1−cos(2πm/8) は m=0,1,2,3,4 で 0, 0.2929, 1, 1.7071, 2、m=5,6,7 は m=3,2,1 と同じ。図 8.5.1 の点がこれで、28=256 次元の行列を数値的に対角化した固有値と一致する(verify_ch8-05.py)。
(2) Sj−ξ↑(j=0,…,7)は互いに直交する単位ベクトルなので ∥∑jSj−ξ↑∥2=8。q=0 の規格化したマグノンは ∣q=0⟩=S全−ξ↑/8 で、全スピン N/2=4 の多重項の中の、S全z が 1 だけ小さい状態にあたる。エネルギーは 0 である。
(3) 裏返った点のまわりの4本の結合だけで、裏返ったスピンと上向きのスピンの組は三重項と一重項を半分ずつ含むので、各結合の h^k の期待値は J/2。合計で 2J である。これは1マグノンの平均のエネルギー(ℏνq を q で平均すると J)の2つ分で、離れた2つの局所的な乱れのエネルギーは足し算になる。有限個の乱れは有限のエネルギーしかもたず、同じ表現の中にとどまる。
1 N. D. Mermin and H. Wagner (1966), Phys. Rev. Lett. 17, 1133.
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com