量子力学の様々な構成方法 第8部 第5章 §8.5.3 ★★★ BCS 状態は対のモードごとの積状態で、Fermi 球との重なりは体積について指数関数的に減り、励起の数は体積に比例して発散する。対の振幅という巨視的な量が2つの表現を見分ける
BCS 状態と擬スピン
BCS の簡約したハミルトニアンと、その平均場の解はハミルトニアンの選び方で固体を考える 第5部第4章で導いてある。ここでは結果だけを使う。Fermi 面から εc 以内の殻にある波数 k ごとに、電子の対のモード (k↑,−k↓) を考え、
∣BCSφ⟩=k∏(uk+vkeiφc^k↑†c^−k↓†)∣0⟩,uk2=21(1+Ekξk),vk2=21(1−Ekξk)(8.5.9)
とおく(uk,vk≥0)。φ は対の振幅の位相で、固体の巻は φ=0 を選んでいる。殻の外では、Fermi 面の下(ξk<0)の対はつねに詰まり、上は空いている。ギャップ Δ は零温度のギャップ方程式 1=λarsinh(εc/Δ) で決まり、Δ=εc/sinh(1/λ) である。
1つの対のモードは、空 ∣0k⟩ と詰まった ∣1k⟩=c^k↑†c^−k↓†∣0k⟩ の2つの状態だけをとる(簡約したハミルトニアンは片方だけ詰まった状態を対の状態と混ぜない)。この2次元を1つのスピン 21 とみなすのが Anderson の擬スピンである1P. W. Anderson (1958), Phys. Rev. 112, 1900.。P^k:=c^−k↓c^k↑ とおくと P^k∣1k⟩=∣0k⟩ で、
τkz=1−n^k↑−n^−k↓,τkx=P^k+P^k†,τky=i(P^k†−P^k)(8.5.10)
が Pauli 行列と同じ関係を満たす(空が τz=+1)。異なる k の擬スピンは、フェルミ粒子の演算子を2つずつ組にしたものなので互いに可換である。(8.5.9) の1つの因子は擬スピンの純粋状態で、Bloch ベクトル(第8部第1章)は
rk=(EkΔcosφ, EkΔsinφ, Ekξk),∣rk∣=1(8.5.11)
である。⟨τkx⟩=2ukvkcosφ、⟨τkz⟩=uk2−vk2 を使った。Fermi 球では rk=(0,0,sgnξk) で擬スピンが ξk=0 を境に上から下へ跳ぶ。BCS 状態では幅 Δ の範囲で連続的に倒れ、Fermi 面の上で真横を向く。
こうして BCS 状態は、対のモードを番号とする擬スピンの鎖の上の積状態になる。前の章までの積状態の議論が、番号ごとに状態が違うことを除けばそのまま使うことができる。擬スピンの模型として BCS 模型を代数の言葉で扱った仕事に Haag2R. Haag (1962), Nuovo Cimento 25, 287.と Thirring–Wehrl3W. Thirring and A. Wehrl (1967), Commun. Math. Phys. 4, 303.がある。
Fermi 球との重なりと励起の数
正常な金属の基底状態 ∣FS⟩ は、ξk<0 の対がすべて詰まり、ξk>0 がすべて空いた状態である。ξk>0 では c^k、ξk<0 では c^k† を新しい消滅演算子と読み直すと、∣FS⟩ はそれらの Fock 真空になる。第二量子化の言葉で言う「Fermi 球を真空とする Fock 表現」である(第6部第2章、CAR 代数は第8部第3章)。
∣FS⟩ と ∣BCS0⟩ の重なりは、対のモードごとの重なりの積で、ξk>0 の因子は uk、ξk<0 の因子は vk である。v(−ξ)=u(ξ) なので2つの側は同じ寄与をする。殻の中の波数の数は dξ あたり N0V(V は体積)なので
ln∣⟨FS∣BCS0⟩∣=2N0V∫0εclnu(ξ)dξ=N0VΔ∫0εc/Δln21+x/1+x2dxεc/Δ→∞−(2π−1)N0VΔ(8.5.12)
となる。最後の積分は部分積分で計算できる(例題 8.5.3)。重なりは体積について指数関数的に減り、無限体積で 0 になる。
励起の数も同じように数えることができる。∣FS⟩ を真空とする Fock 表現で、Fermi 面より上の電子と下の正孔の数の合計の期待値は
⟨N^exc⟩BCS=ξk>0∑2vk2+ξk<0∑2uk2=2N0V∫0εc(1−Eξ)dξεc/Δ→∞2N0VΔ(8.5.13)
で、体積に比例して発散する。ここで ∫0∞(1−x/1+x2)dx=[x−1+x2]0∞=1 を使った。Fermi 面のまわりの幅 Δ の殻にある 2N0VΔ 個ほどの状態が、詰まるか空くかの中間に置かれている、という描像である。
フェルミ粒子の Bogoliubov 変換が Fock 表現のユニタリで実装できる条件は、Shale と Stinespring が与えた4D. Shale and W. F. Stinespring (1965), J. Math. Mech. 14, 315.。いまの場合、その条件は「真空からずらす係数の2乗和」∑ξk>0vk2+∑ξk<0uk2 が有限であることで、(8.5.13) の半分にあたる。無限体積でこれが発散するので、BCS 状態は Fermi 球の Fock 表現のベクトルにも密度行列にもならない。ボース粒子の場合の Shale の条件 ∑ksinh2rk<∞(前々章)と同じ形である。
対の振幅が表現を見分ける
重なりの計算は有限体積での目安で、表現が違うことの証明には巨視的な観測量を使う。対の振幅の体積平均
M^V:=V1k∈殻∑P^k,ωBCSφ(M^V)=V1k∑ukvkeiφ=N0ΔarsinhΔεceiφ=gΔeiφ=:Ψeiφ(8.5.14)
をとる。ukvk=Δ/(2Ek) と零温度のギャップ方程式を使った。Ψ=Δ/g は固体の巻の Δ=(g/V)∑′⟨c^−k↓c^k↑⟩ をそのまま裏返した式である。Fermi 球では各因子が空か詰まった状態で、どちらでも P^k の期待値が 0 なので ωFS(M^V)=0 である。
積状態なので、M^V のゆらぎは番号ごとの分散の和を V2 で割ったものになる。番号ごとの分散は 1 以下で、番号の数は N0V⋅2εc だから∥(M^V−Ψeiφ)ξBCSφ∥2≤2N0εc/V→0。前々章の補題 8.3.4 の証明は、番号ごとの状態が違っても、分散の和が番号の数の2乗より遅く増えればそのまま通る。こうして M^V は BCS 状態の表現で Ψeiφ⋅1、Fermi 球の表現で 0 に強収束し、定理 8.3.5 と同じ論法で2つの表現はユニタリ同値でない。秩序変数 Ψ が 0 でないことが、表現が違うことの中身である。
近似の裏付け
型 B(極限) | 小さいもの 体積 V→∞(簡約したハミルトニアンで、対の相互作用の強さが g/V) | 証明 条件付き(簡約した BCS のハミルトニアンに限り、無限体積で平均場の結果が厳密になる。Haag 1962・Thirring–Wehrl 1967。短距離の現実的なハミルトニアンからの導出は未解決) | 行き先 近似の数理 第6章

図 8.5.2 対のモードが詰まっている確率 vk2。Fermi 球(破線)は ξk=0 で 1 から 0 へ跳び、BCS 状態(実線)は幅 Δ で連続的に変わる。ξ>0 の側の塗った部分の面積は Δ/2 で、これに 2N0V を掛け、正孔の側も足すと励起の数 (8.5.13) の 2N0VΔ になる。
例題 8.5.3 Fermi 球と BCS 状態の重なり ★★★
オリジナル
- (1) I:=∫0∞ln21+x/1+x2dx=1−2π を部分積分で示せ。
- (2) λ=0.3 のとき εc/Δ を求め、殻の幅を有限にした (8.5.12) の積分と、(8.5.13) の 2N0VΔ に掛かる補正の因子を求めよ。
- (3) 1つの対のモードで ω(P^k)=ukvk と ω(n^k↑+n^−k↓)=2vk2 を、(8.5.9) の因子から直接確かめよ。
解答
(1) f(x)=21(1+x/s)、s=1+x2 とおく。f′(x)=1/(2s3) なので f′/f=1/(s2(s+x))=(s−x)/s2((s+x)(s−x)=1 を使った)。部分積分で
I=[xlnf]0∞−∫0∞s2x(s−x)dx.
x→∞ で lnf≈−1/(4x2) なので境界の項は 0。残りの被積分関数は x/s−x2/(1+x2)=(x/s−1)+1/(1+x2) と分けられ、∫0∞(x/s−1)dx=[s−x]0∞=−1、∫0∞dx/(1+x2)=π/2。したがって I=−(π/2−1)=1−π/2=−0.5708。
(2) εc/Δ=sinh(1/0.3)=sinh3.333=13.998(Δ=0.0714εc)。数値積分で ∫013.998lnfdx=−0.5530 で、無限の殻の −0.5708 より 3% 小さい。励起の数の因子は ∫0r(1−x/s)dx=1−(1+r2−r)=1−0.0357=0.9643(r=13.998)。殻の外へ延びる裾 O(Δ/εc) を切った分だけ小さくなるが、体積に比例するという結論は変わらない。
(3) 1つの因子 (u+vP^†)∣0⟩ で、P^(u+vP^†)∣0⟩=v∣0⟩ なので ω(P^)=⟨0∣(u+vP^)v∣0⟩=uv。n^k↑+n^−k↓ は ∣0⟩ で 0、P^†∣0⟩ で 2 なので期待値は 2v2。uv=211−ξ2/E2=Δ/(2E) である。
1 P. W. Anderson (1958), Phys. Rev. 112, 1900.
2 R. Haag (1962), Nuovo Cimento 25, 287.
3 W. Thirring and A. Wehrl (1967), Commun. Math. Phys. 4, 303.
4 D. Shale and W. F. Stinespring (1965), J. Math. Mech. 14, 315.
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com