量子力学の様々な構成方法 第8部 第3章 §8.3.1 ★★★ 交換関係を有界な Weyl 演算子の関係に直して C*代数を作り、表現に課す正則性の条件を置く。この部の出発点の要請を無限自由度まで使える形にする
前の2つの章(第8部第1章・第8部第2章)で、観測量の C*代数とその上の状態を出発点に置き、状態から GNS 構成でヒルベルト空間を作り直した。行列代数 Mn(C) では、どの純粋状態から出発しても作り直される空間は同じ Cn だった。この章は、部の型のうち「基準との同値」の後半と「限界」の入口を受け持ち、次の問いに答える。交換関係 [x^,p^]=iℏ を満たす観測量の代数(CCR 代数)を出発点に置いたとき、その表現は本質的に1つなのか、それとも複数あるのか。
答えは自由度の数で分かれる。自由度が有限なら、連続性の弱い条件(正則性)を満たす既約な表現は Schrödinger 表現ただ1つで、これが Stone–von Neumann の定理である。行列力学と波動力学が同じ理論であることは、この定理の1つの帰結にあたる。自由度が無限になると定理は成り立たず、互いにユニタリ同値でない既約表現が無数に現れる。その分かれ方は抽象的な話ではなく、共通例題①の調和振動子を無限個並べ、振動数を全部同じだけ変えるという簡単な操作で起こる。1個の振動子では振動数を変えた基底状態どうしの重なりは1 に近い正の数だが、それを無限個掛けると 0 になる。
章の流れは次のとおりである。第8.3.1節で CCR 代数を Weyl 形式で定義し、正則性の条件を置く。第8.3.2節で Stone–von Neumann の定理を、von Neumann の原論文の射影を使って証明する。第8.3.3節で共通例題①を CCR 代数の表現として書き直す。第8.3.4節で自由度を無限にし、大数の法則の形の補題で表現が分かれることを証明する。第8.3.5節はフェルミ粒子の CAR 代数とスピン鎖で同じことを見る。第8.3.6節が橋の節で、行列力学・第二量子化・自由場(共通例題③)との対応を両向きに示す。
この章では調和振動子の角周波数 ω がほぼ全部の節に出るので、前の章の第5節と同じく、代数の上の状態を φ、GNS 構成の巡回ベクトルを ξφ と書く。
なぜ x^ と p^ でなく指数関数を使うか
前々章(第8部第1章)で示したとおり、自己共役な x^ と p^ が x^p^−p^x^=iℏ を満たすことは、有界な元の間では起こらない(Wintner–Wielandt の定理)。C*代数の元はすべて有界なので、交換関係を代数の言葉にするには有界な元に書き直す必要がある。そこで Weyl に従って指数関数をとり、
W(a,b):=ei(ap^+bx^)/ℏ(a,b∈R)(8.3.1)
を使う。a は長さ、b は運動量の次元をもつ。W(a,b) はユニタリなので有界で、ノルムは 1 である。z=(a,b) とまとめて書き、
s(z1,z2):=a1b2−b1a2(8.3.2)
とおく。s は平面 R2 のシンプレクティック形式(相空間の面積を測る反対称な双線形形式)である。Baker–Campbell–Hausdorff の公式eXeY=eX+Ye[X,Y]/2([X,Y] が数のとき)に X=i(a1p^+b1x^)/ℏ、Y=i(a2p^+b2x^)/ℏ を入れると、[X,Y]=−(a1b2[p^,x^]+b1a2[x^,p^])/ℏ2=i(a1b2−b1a2)/ℏ なので
W(z1)W(z2)=eis(z1,z2)/(2ℏ)W(z1+z2),W(z)∗=W(−z),W(0)=1(8.3.3)
を得る。これが Weyl の関係で、前の章で使った式と同じものである(z1=(a,0)、z2=(0,b) とすれば第8部第1章の U(a)V(b)=eiab/ℏV(b)U(a) に戻る)。
Schrödinger 表現 L2(R) では、eiap^/ℏ が関数を a だけずらし、eibx^/ℏ が位相を掛けるので、
(W(a,b)ψ)(x)=eiab/(2ℏ)eibx/ℏψ(x+a)(8.3.4)
と具体的に書ける。検算スクリプトでは、この形で (8.3.3) を記号計算で確かめた。
CCR 代数と正則性
定義 8.3.1(CCR 代数・正則な表現 ★★★)
(V,s) を実ベクトル空間 V と、その上の非退化な反対称双線形形式 s の組とする(自由度 f の系なら V=R2f、s(z1,z2)=∑i=1f(a1ib2i−b1ia2i))。記号 W(z)(z∈V)が (8.3.3) を満たすように生成する C代数をCCR 代数(Weyl 代数)と呼び、W(V) と書く。C代数の表現 π が正則であるとは、すべての z と表現空間のすべてのベクトル u,v について、実数 t の関数 t↦⟨u,π(W(tz))v⟩ が連続であることをいう。
このような C*代数が (8.3.3) からただ1つに決まることは知られているが(J. Slawny (1972), Commun. Math. Phys. 24, 151)、ここでは証明しない。必要なのは関係 (8.3.3) そのものだけである。
正則性は「x^ と p^ が表現空間の中に存在する」という条件である。正則なら t↦π(W(tz)) はユニタリの連続な1径数群なので、Stone の定理により自己共役な生成子 Φ^(z) があって π(W(tz))=eitΦ^(z)/ℏ と書くことができる。z=(1,0) の生成子が p^、z=(0,1) の生成子が x^ にあたる。代数そのものには x^ も p^ も入っていないが、正則な表現を選べば、その中で x^ と p^ が作り直すことができる。
代数のノルムの中では W(z) は連続でない
代数の中で x^ を作れない理由は、ノルムで見ると z↦W(z) がまったく連続でないことにある。次の例題でそれを確かめる。
例題 8.3.1 少しだけずらした Weyl 演算子のノルムの距離 ★★
オリジナルSchrödinger 表現で考える。ℓ:=ℏ/(mω) を共通例題①の振動子の長さとし、ξ を基底状態 ∣0⟩ とする。
- (1) a=0 なら ∥U(a)−1∥=2 であることを示せ(U(a)=W(a,0))。
- (2) a=0.1ℓ のとき、∥(U(a)−1)ξ∥2 を求め、(1) と比べよ。
- (3) 一般の z=0 でも ∥W(z)−1∥=2 であることを、振動子の時間発展を使って示せ。
解答
(1) 運動量表示では U(a)=eiap^/ℏ は関数 eiap/ℏ を掛ける演算子である。p が実数全体を動くので、その値域は単位円全体を覆い、掛け算の演算子のスペクトルは値域の閉包だから単位円全体である。したがって U(a)−1 のスペクトルは {eiθ−1} で、絶対値の最大は θ=π の 2。U(a)−1 は正規作用素なのでノルムはスペクトル半径に等しく、∥U(a)−1∥=2 である。a がどれほど小さくても値は変わらない。
(2) ∥(U(a)−1)ξ∥2=⟨ξ,(U(a)∗−1)(U(a)−1)ξ⟩=2−2Reφ0(U(a))。前の章の特性関数(第8部第2章)でb=0 とおくと φ0(U(a))=exp(−mωa2/(4ℏ))=exp(−(a/ℓ)2/4)=e−0.0025 なので、
∥(U(a)−1)ξ∥2=2(1−e−0.0025)=0.00499.
ベクトル1本に当てた差は小さいが、演算子のノルムの差は (1) の 2 のままである。ノルムは「最も大きく動かされるベクトル」で測るので、運動量の大きい成分をもつベクトルを持ってくれば、どれほど小さい a でも位相 eiap/ℏ を −1 にすることができる。
(3) 振動子の時間発展 eiH^t/ℏ は W(a,b) を W(a(t),b(t)) に移す(第8部第2章の式)。(amω,b/mω) は平面の上で回るので、t を選べば a(t)=0、b(t)=0 にすることができる。ユニタリで写してもスペクトルは変わらないので、W(z) のスペクトルは V(b(t))=eib(t)x^/ℏ のスペクトル、つまり単位円全体で、(1) と同じく ∥W(z)−1∥=2。
例題の (3) により、z1=z2 なら ∥W(z1)−W(z2)∥=∥eiθW(z2−z1)−1∥=2 である(θ は Weyl の関係の位相)。CCR 代数の中で Weyl 演算子どうしは、どれほど近い z でも互いに距離 2 だけ離れている。だから (W(tz)−1)/t の t→0 の極限は代数のノルムでは存在せず、x^ や p^ は代数の元にならない。正則性はノルムの連続性ではなく、ベクトルごとの連続性((2) の量が a→0 で 0 に行くこと)を表現の側に要求する条件である。
正則でない表現は自由度1でもある
状態 φtr を φtr(W(0))=1、z=0 では φtr(W(z))=0 で定めると、これは CCR 代数の状態である。有限個の異なる zi と複素数 ci について、A=∑iciW(zi) とおけば A∗A=∑i,jcˉicjW(−zi)W(zj) で、W(−zi)W(zj) は i=j のとき W(zj−zi) の数倍なのでφtr(A∗A)=∑i∣ci∣2≥0 となる。GNS 構成をすると、[W(z)] が z ごとに互いに直交する単位ベクトルになり、ヒルベルト空間は非可算個の正規直交基底をもつ。⟨[1],π(W(tz))[1]⟩ は t=0 で 1、それ以外で 0 なので不連続で、この表現は正則でない。x^ も p^ も存在しないので、Schrödinger 表現とは別物である。次の節の定理は正則性を前提に置くので、この表現は定理の反例にならない。「表現は1つ」という主張には正則性が欠かせない。
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