量子力学の様々な構成方法 第8部 第5章 §8.5.1 ★★★ スピンを1つの向きにそろえた積状態は厳密な基底状態で、向きの違う2つは無限系では別の表現にいる。回転の対称性は1つの表現の中では実装できない
第8部の前の3章(第8部第2章 〜第8部第4章 )で、無限自由度の系では状態ごとに GNS 表現が分かれること、その分かれ方が巨視的な平均の値で見分けられること、熱平衡と相転移が KMS 状態の言葉で定義できることを示した。そこで使った例は、振動数を変えた振動子の鎖、向きの違うスピンを並べた積状態、Curie–Weiss の平均場の模型で、どれも計算のために選んだ模型だった。この章は、部の型のうち「この構成が得意な問題」と「限界」を受け持ち、物性で実際に現れる2つの状態を同じ道具で調べる。
1つ目は Heisenberg 模型の強磁性の基底状態で、スピンがすべて同じ向き n \bm{n} n にそろった状態である。これは近似でなく厳密な基底状態で、向き n \bm{n} n ごとに別の表現にいる。2つ目は Bardeen–Cooper–Schrieffer の超伝導の状態(BCS 状態)1 1 J. Bardeen, L. N. Cooper and J. R. Schrieffer (1957), Phys. Rev. 108 , 1175. で、正常な金属の Fermi 球(第二量子化の言葉では Fock 真空の1つ)とは別の表現にいる。さらに BCS 状態は対の振幅の位相 φ \varphi φ ごとに別の表現に分かれ、電荷を保つゲージ対称性がその表現の中で実装できなくなる。どちらの例でも、前の章までに示した「1つあたりの重なりが 1 より小さいと、無限個の積で 0 になる」「巨視的な平均が違えば表現が違う」という2つの事実だけで結論が出る。
後半では限界を調べる。平均場型の相互作用では、時間発展そのものが代数の上で定義できず、選んだ表現の中でしか極限を取ることができない。ギャップの大きさや転移温度のような数値は、結局 Bogoliubov 変換と平均場の計算(第二量子化の言葉)で出す。代数的な構成から得られるのは「どの状態がどの表現にいるか」という分類と、相転移や対称性の破れの定義である。
記号は前の章と同じく、代数の上の状態を ω \omega ω 、GNS 構成の巡回ベクトルを ξ ω \xi_\omega ξ ω と書く。この章には調和振動子の角周波数は出てこないので、状態の記号を φ \varphi φ に替える節は無い(φ \varphi φ は BCS 状態の位相に使う)。超伝導の記号はハミルトニアンの選び方で固体を考える 第5部第4章 にそろえ、1電子のエネルギーを化学ポテンシャルから測った ξ k \xi_{\bm{k}} ξ k 、ギャップ Δ \Delta Δ 、準粒子のエネルギー E k = ξ k 2 + Δ 2 E_{\bm{k}}=\sqrt{\xi_{\bm{k}}^2+\Delta^2} E k = ξ k 2 + Δ 2 、1スピンあたりの状態密度 N 0 N_0 N 0 、引力の強さ g g g 、λ = g N 0 \lambda=gN_0 λ = g N 0 を使う。この章では Δ \Delta Δ はギャップで、共通例題②の離調は出てこない。ξ k \xi_{\bm{k}} ξ k はつねに波数の添字つき、GNS の巡回ベクトルはつねに状態の添字つきで書いて区別する。Debye 振動数による殻の幅 ℏ ω D \hbar\omega_{\mathrm D} ℏ ω D は、状態の ω \omega ω と並ばないよう ε c ≔ ℏ ω D \varepsilon _{\mathrm c}\coloneqq\hbar\omega_{\mathrm D} ε c : = ℏ ω D と書く。
模型と、無限系の基底状態
1次元の格子 Z \mathbb{Z} Z の各点 k k k にスピン 1 2 \tfrac12 2 1 を置き、隣どうしを強磁性的に結ぶ Heisenberg 模型
H ^ Λ = − J ∑ k , k + 1 ∈ Λ S k ⋅ S k + 1 , S k = 1 2 σ ( k ) , J > 0 (8.5.1) \hat H_\Lambda=-J\sum_{k,\,k+1\in\Lambda}\bm{S}_k\cdot\bm{S}_{k+1},\qquad\bm{S}_k=\tfrac12\bm{\sigma}^{(k)},\qquad J>0\tag{8.5.1} H ^ Λ = − J k , k + 1 ∈ Λ ∑ S k ⋅ S k + 1 , S k = 2 1 σ ( k ) , J > 0 ( 8.5.1 )
を考える。Λ \Lambda Λ は有限の区間で、スピンは ℏ \hbar ℏ を単位にした無次元の量にした。固体の巻(ハミルトニアンの選び方で固体を考える 第5部第3章 )はH ^ = ∑ J S i ⋅ S j \hat H=\sum J\bm{S}_i\cdot\bm{S}_j H ^ = ∑ J S i ⋅ S j と書いて強磁性を J < 0 J<0 J < 0 にとるので、そちらの J J J はこの章の − J -J − J にあたる。観測量の代数は、有限個の点に台をもつスピンの演算子が生成する準局所代数 A \mathfrak A A である(第8部第3章 ・第8部第4章 と同じ)。
1本の結合のエネルギーは − J S k ⋅ S k + 1 -J\bm{S}_k\cdot\bm{S}_{k+1} − J S k ⋅ S k + 1 で、2つのスピンの合成スピンが 1 1 1 (三重項)なら − J / 4 -J/4 − J /4 、0 0 0 (一重項)なら + 3 J / 4 +3J/4 + 3 J /4 である。そこで h ^ k ≔ J ( 1 4 − S k ⋅ S k + 1 ) \hat h_k\coloneqq J(\tfrac14-\bm{S}_k\cdot\bm{S}_{k+1}) h ^ k : = J ( 4 1 − S k ⋅ S k + 1 ) とおくと、h ^ k \hat h_k h ^ k は三重項の上で 0 0 0 、一重項の上で J J J をとる正の演算子で、
H ^ Λ = E 0 , Λ + ∑ k h ^ k , E 0 , Λ = − J 4 × ( 結合の本数 ) (8.5.2) \hat H_\Lambda=E_{0,\Lambda}+\sum_k\hat h_k,\qquad E_{0,\Lambda}=-\frac J4\times(\text{結合の本数})\tag{8.5.2} H ^ Λ = E 0 , Λ + k ∑ h ^ k , E 0 , Λ = − 4 J × ( 結合の本数 ) ( 8.5.2 )
と書ける。すべてのスピンが同じ向き n \bm{n} n を向いた積状態 ∣ n ⟩ ⊗ | \bm{n} \rangle ^{\otimes} ∣ n ⟩ ⊗ では、どの隣どうしも三重項(合成スピンが最大)なので、すべての h ^ k \hat h_k h ^ k が 0 0 0 を返す。各 h ^ k ≥ 0 \hat h_k\ge0 h ^ k ≥ 0 だから、この状態はどの有限の Λ \Lambda Λ でも基底状態で、エネルギーは E 0 , Λ E_{0,\Lambda} E 0 , Λ である。向き n \bm{n} n は何でもよい。
無限系では H ^ Λ \hat H_\Lambda H ^ Λ そのものは代数の元にならないので、基底状態を状態の性質として定義する。時間発展 α t \alpha_t α t の生成子を δ ( A ) = lim Λ [ H ^ Λ , A ] \delta(A)=\lim_\Lambda\left[\hat H_\Lambda,\,A\right] δ ( A ) = lim Λ [ H ^ Λ , A ] (A A A が局所的なら Λ \Lambda Λ を大きくすると値が変わらなくなる)とし、
ω ( A ∗ δ ( A ) ) ≥ 0 ( すべての局所的な A ) (8.5.3) \omega\bigl(A^*\delta(A)\bigr)\ge0\qquad(\text{すべての局所的な }A)\tag{8.5.3} ω ( A ∗ δ ( A ) ) ≥ 0 ( すべての局所的な A ) ( 8.5.3 )
を満たす状態を基底状態 と呼ぶ。A A A を状態に掛けて局所的に乱しても、エネルギーの期待値が下がらないという意味である。(8.4.5) の KMS 条件で β → ∞ \beta\to\infty β → ∞ とした極限もこの条件を満たす(Bratteli–Robinson の第2巻の結果。第8部第4章 で結果だけ引いた)。すべて上を向いた積状態 ω ↑ \omega_\uparrow ω ↑ がこれを満たすことは、GNS 表現で確かめることができる。ω ↑ \omega_\uparrow ω ↑ の巡回ベクトル ξ ↑ \xi_\uparrow ξ ↑ はどの h ^ k \hat h_k h ^ k でも消されるので、ω ↑ ( A ∗ [ H ^ Λ , A ] ) = ⟨ A ξ ↑ , ( H ^ Λ − E 0 , Λ ) A ξ ↑ ⟩ − ⟨ ξ ↑ , A ∗ A ( H ^ Λ − E 0 , Λ ) ξ ↑ ⟩ = ∑ k ⟨ A ξ ↑ , h ^ k A ξ ↑ ⟩ ≥ 0 \omega_\uparrow(A^*\left[\hat H_\Lambda,\,A\right])=\langle A\xi_\uparrow,\,(\hat H_\Lambda-E_{0,\Lambda})A\xi_\uparrow\rangle -\langle \xi_\uparrow,\,A^*A(\hat H_\Lambda-E_{0,\Lambda})\xi_\uparrow\rangle =\sum_k\langle A\xi_\uparrow,\,\hat h_kA\xi_\uparrow\rangle \ge0 ω ↑ ( A ∗ [ H ^ Λ , A ] ) = ⟨ A ξ ↑ , ( H ^ Λ − E 0 , Λ ) A ξ ↑ ⟩ − ⟨ ξ ↑ , A ∗ A ( H ^ Λ − E 0 , Λ ) ξ ↑ ⟩ = ∑ k ⟨ A ξ ↑ , h ^ k A ξ ↑ ⟩ ≥ 0 。同じ計算が、向き n \bm{n} n にそろえた積状態 ω n \omega_{\bm{n}} ω n でも成り立つ。H ^ Λ \hat H_\Lambda H ^ Λ がスピンの回転で変わらないからである。
向きの違う基底状態は別の表現にいる
ω n \omega_{\bm{n}} ω n はどれも積状態で、1点の状態は n \bm{n} n の向きの純粋状態、1点の観測量 σ z \sigma_z σ z の期待値は n \bm{n} n の z z z 成分 cos θ \cos\theta cos θ (θ \theta θ は n \bm{n} n と z z z 軸の角度)である。前々章の定理 8.3.5 (第8部第3章 )に A = σ z A=\sigma_z A = σ z を入れると、θ ≠ 0 \theta\ne0 θ = 0 なら ω n \omega_{\bm{n}} ω n と ω ↑ \omega_\uparrow ω ↑ の GNS 表現はユニタリ同値でなく、ω n \omega_{\bm{n}} ω n は ω ↑ \omega_\uparrow ω ↑ の表現の正規状態にもならない。巨視的な平均 M N = 1 N ∑ k σ z ( k ) M_N=\frac1N\sum_k\sigma_z^{(k)} M N = N 1 ∑ k σ z ( k ) が、一方では 1 1 1 、他方では cos θ \cos\theta cos θ に収束するからである。
有限の N N N 点で見ると、2つの状態の重なりは
∣ ⟨ ↑ ⊗ N ∣ n ⊗ N ⟩ ∣ = cos N θ 2 (8.5.4) \lvert \langle \uparrow^{\otimes N} | \bm{n}^{\otimes N} \rangle \rvert =\cos^N\frac\theta2\tag{8.5.4} ∣⟨ ↑ ⊗ N ∣ n ⊗ N ⟩∣ = cos N 2 θ ( 8.5.4 )
で、N → ∞ N\to\infty N → ∞ で 0 0 0 に行く。∣ n ⊗ N ⟩ | \bm{n}^{\otimes N} \rangle ∣ n ⊗ N ⟩ は ∣ ↑ ⊗ N ⟩ | \uparrow^{\otimes N} \rangle ∣ ↑ ⊗ N ⟩ を全スピン S 全 = ∑ k S k \bm{S}_{\text{全}}=\sum_k\bm{S}_k S 全 = ∑ k S k のまわりに回したもので、有限の N N N ではユニタリ e − i θ S ^ 全 y \mathrm{e}^{-\mathrm{i}\theta\hat S^y_{\text{全}}} e − i θ S ^ 全 y で結ばれる。基底状態の空間は全スピン N / 2 N/2 N /2 の多重項で N + 1 N+1 N + 1 次元あり、1つのヒルベルト空間の中にそろって住んでいる。N → ∞ N\to\infty N → ∞ でこの多重項がばらばらの表現に分かれる。∣ n ⊗ N ⟩ | \bm{n}^{\otimes N} \rangle ∣ n ⊗ N ⟩ の中で下を向いたスピンの数の平均は、1点あたり sin 2 ( θ / 2 ) \sin^2(\theta/2) sin 2 ( θ /2 ) なので
⟨ ∑ k 1 2 ( 1 − σ z ( k ) ) ⟩ n = N sin 2 θ 2 (8.5.5) \Bigl\langle\sum_k\tfrac12\bigl(1-\sigma_z^{(k)}\bigr)\Bigr\rangle_{\bm{n}}=N\sin^2\frac\theta2\tag{8.5.5} ⟨ k ∑ 2 1 ( 1 − σ z ( k ) ) ⟩ n = N sin 2 2 θ ( 8.5.5 )
で、N N N とともに発散する。ω ↑ \omega_\uparrow ω ↑ の GNS 空間は、すべて上向きの状態から有限個のスピンを裏返したベクトルの張る空間の閉包である(von Neumann の不完備テンソル積)。裏返ったスピンが無限個ある ω n \omega_{\bm{n}} ω n はそこに住むことができない。前々章で振動数を変えた振動子の鎖について、励起の総数 ∑ k sinh 2 r k \sum_k\sinh^2r_k ∑ k sinh 2 r k が発散すると表現が分かれることを見たが、ここでも同じ形の判定が成り立っている。
回転の対称性は、ω ↑ \omega_\uparrow ω ↑ の表現の中では実装することができない。証明は第8部第4章 の命題 8.4.5 と同じで、回転 γ \gamma γ を実装するユニタリ U U U があればω n = ω ↑ ∘ γ \omega_{\bm{n}}=\omega_\uparrow\circ\gamma ω n = ω ↑ ∘ γ が ω ↑ \omega_\uparrow ω ↑ の表現のベクトル状態になり、上の非同値と矛盾する。ハミルトニアンは回転で変わらないのに、基底状態は向きを1つ選び、その表現の中には回転の演算子が無い。これが強磁性の自発的対称性の破れの代数的な書き方である。Curie–Weiss 模型(第8部第4章 )では破れる対称性が裏返しの Z 2 \mathbb{Z}_2 Z 2 で相が2つだったが、ここでは回転群が連続なので相は球面の点の数だけある。また Curie–Weiss は熱平衡で、ここは基底状態(温度 0 0 0 )の話である。
例題 8.5.1 60 度傾けた強磁性の基底状態 ★★★
オリジナル (8.5.1) の鎖で、ω ↑ \omega_\uparrow ω ↑ と、z z z 軸から θ = 60 ∘ \theta=60^\circ θ = 6 0 ∘ 傾けた向き n \bm{n} n にそろえた ω n \omega_{\bm{n}} ω n を比べる。
(1) N N N 点に切り出した2つの状態の重なり (8.5.4) が 10 − 3 10^{-3} 1 0 − 3 より小さくなる最小の N N N を求めよ。
(2) ω n \omega_{\bm{n}} ω n で下を向いたスピンの数の平均 (8.5.5) を N N N で表せ。
(3) 1点の σ z \sigma_z σ z の期待値を2つの状態で比べ、無限系で表現が分かれる理由を前々章の定理の言葉で述べよ。
解答 (1) cos ( θ / 2 ) = cos 30 ∘ = 3 / 2 = 0.8660 \cos(\theta/2)=\cos30^\circ=\sqrt3/2=0.8660 cos ( θ /2 ) = cos 3 0 ∘ = 3 /2 = 0.8660 なので、N ln 0.8660 < ln 10 − 3 N\ln0.8660<\ln10^{-3} N ln 0.8660 < ln 1 0 − 3 、すなわち N > 6.908 / 0.1438 = 48.02 N>6.908/0.1438=48.02 N > 6.908/0.1438 = 48.02 。最小の N N N は 49 49 49 である(N = 48 N=48 N = 48 で 1.003 × 10 − 3 1.003\times10^{-3} 1.003 × 1 0 − 3 、N = 49 N=49 N = 49 で 0.869 × 10 − 3 0.869\times10^{-3} 0.869 × 1 0 − 3 )。重なりは1点ごとに 0.866 0.866 0.866 倍しか減らないが、数十点で 10 − 3 10^{-3} 1 0 − 3 を切る。
(2) 1点あたり sin 2 30 ∘ = 1 4 \sin^2 30^\circ=\tfrac14 sin 2 3 0 ∘ = 4 1 なので N / 4 N/4 N /4 。N → ∞ N\to\infty N → ∞ で発散し、ω ↑ \omega_\uparrow ω ↑ の GNS 空間(有限個だけ裏返したベクトルの閉包)には入らない。
(3) ω ↑ ( σ z ) = 1 \omega_\uparrow(\sigma_z)=1 ω ↑ ( σ z ) = 1 、ω n ( σ z ) = cos 60 ∘ = 0.5 \omega_{\bm{n}}(\sigma_z)=\cos60^\circ=0.5 ω n ( σ z ) = cos 6 0 ∘ = 0.5 。どちらも積状態なので、前々章の補題 8.3.4 により M N M_N M N はそれぞれの表現で 1 ⋅ 1 1\cdot1 1 ⋅ 1 と 0.5 ⋅ 1 0.5\cdot1 0.5 ⋅ 1 に強収束する。極限が違うので、定理 8.3.5 により2つの表現はユニタリ同値でない。M N M_N M N は単位体積あたりの磁化の z z z 成分で、磁化の向きが表現のラベルになっている。
1 J. Bardeen, L. N. Cooper and J. R. Schrieffer (1957), Phys. Rev. 108 , 1175.
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com