ハミルトニアンの選び方で固体を考える 第1部 第3章 §1.3.4 ★★ X 線は電子密度、中性子は原子核、電子線は静電ポテンシャルの Fourier 変換を見る。同じ Laue 条件の上で、何を見るかが違う
構造因子 (1.3.9) に入る原子1個の振幅 sj(q) は、探り針ごとに違う。ここで3つを並べる。
X 線:電子密度の Fourier 変換
X 線の電場 E0e−iωt の中で、自由な電子(電荷 −e)は加速度 r¨=−eE0e−iωt/me で振動し、双極子放射を出す。距離 r の点での放射の電場は、電荷 q の加速度 a に対する式 4πε0c2rqn×(n×a) に入れて
Esc=4πε0mec2e2rn×(n×E0)=−rerE0⊥,re:=4πε0mec2e2(1.3.12)
となる(n は観測方向の単位ベクトル、E0⊥ は E0 の n に垂直な成分)。re=2.8179403262×10−15m は古典電子半径で(CODATA 2018:Tiesinga et al. (2021), Rev. Mod. Phys. 93, 025010)、電子1個の散乱振幅は −re に偏光の因子を掛けたものである。これが Thomson 散乱である。量子力学では、電磁場との最小結合 (p^+eA^)2/(2me) を展開した A^2 の項の1次の摂動として同じ結果が出る(解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第4部第12章)。
結晶の中の電子は個数密度 n(r) で分布している。それぞれの点の電子が出す散乱波を、Born 近似と同じ位相 e−iq⋅r で足し合わせると、振幅は −rePn~(q)(P は偏光の因子)になる。原子1個の電子密度 nat(r) について
fX(q):=∫nat(r)e−iq⋅rd3r,fX(0)=Z(1.3.13)
を原子形状因子(X 線の原子散乱因子)と呼ぶ。Z は原子(イオンなら電子の数)の電子の数で、前方散乱では全部の電子が同じ位相で散乱するので Z になる。q が電子雲の大きさの逆数を超えると、雲の中の異なる場所からの散乱の位相がずれて打ち消し合い、fX は減っていく。したがって X 線の回折線は、2θ が大きくなるほど系統的に弱くなる。X 線が見ているのは原子核でなく電子密度であり、電子の少ない水素はほとんど見えない。
中性子:原子核の点のポテンシャル
中性子は電荷を持たず、主に原子核と核力で相互作用する。核力の到達距離(10−15m 程度)は熱中性子の波長(10−10m 程度)よりずっと短いので、相互作用を点で置き換えた Fermi の擬ポテンシャル
vj(r)=mn2πℏ2bjδ(3)(r)(1.3.14)
で書く。bj は散乱長と呼ばれる長さで、核ごと・同位体ごとに実験で決める値である。式 (1.3.3) に入れると原子1個の振幅は −bj になり、q によらない。中性子の回折線が 2θ の大きい所でも弱くならないのはこのためである。
散乱長は原子番号とともに単調に変わる量ではなく、符号まで変わる。たとえば束縛された核の干渉性散乱長は、水素 1H で −3.7390fm、重水素 2H で +6.671fm、バナジウムで −0.3824fm である(V. F. Sears (1992), Neutron News 3(3), 26)。水素と重水素で符号まで違うので、試料の一部を重水素に置き換えると、その部分だけを目立たせることができる。バナジウムは干渉性の散乱がほとんど無いので、中性子実験の試料の容器に使われる。また中性子は磁気モーメントを持つので、磁性体ではスピンの並びによる散乱も加わる(磁気構造の決定。第5部第3章 で扱う)。
電子線:静電ポテンシャルの Fourier 変換(Mott–Bethe の式)
電子線(電荷 −e)は原子の静電ポテンシャル ϕ(r) を感じ、ポテンシャルエネルギーは v(r)=−eϕ(r) である。原子の電荷密度は、原子核の +Zeδ(3)(r) と電子雲の −enat(r) の和なので、Poisson 方程式 −∇2ϕ=ρ/ε0 を Fourier 変換するとq2ϕ~(q)=e[Z−fX(q)]/ε0 である。これを式 (1.3.3) に入れると
fe(q)=2πℏ2meε0q2e2[Z−fX(q)]=a0q22[Z−fX(q)],a0=mee24πε0ℏ2(1.3.15)
を得る(Mott–Bethe の式。a0 は Bohr 半径)。電子線の原子散乱振幅は、X 線の原子形状因子で書くことができる。中性の原子では q→0 で Z−fX→0 となり、原子の外から見ると電荷が打ち消し合っていることを表す。
3つの探り針の振幅の大きさを比べる。X 線は電子1個あたり re≈2.8fm なので、Z=29 の原子でも前方で 80fm 程度、中性子は数 fm、電子線は次の例題のとおり a0≈5×104fm の程度である。電子線は X 線より3桁ほど強く散乱されるので、薄い膜や表面の数原子層しか通らず、そこを調べるのに使う。電子の回折は C. J. Davisson と L. H. Germer がニッケルの単結晶で初めて観測し、電子の波動性の実験的な証拠になった(C. Davisson and L. H. Germer (1927), Phys. Rev. 30, 705)。
例題 1.3.4 水素原子の X 線と電子線の形状因子 ★★
オリジナル水素原子の基底状態の電子密度は nat(r)=e−2r/a0/(πa03) である。
- (1) X 線の原子形状因子が fX(q)=1/[1+(qa0/2)2]2 であることを示せ。
- (2) Mott–Bethe の式 (1.3.15) から電子線の振幅 fe(q) を求め、q→0 の値が a0 になることを示せ。
- (3) qa0=4 で、fX と fe/a0 はそれぞれ前方の値の何割まで減っているか。
解答
(1) 球対称なので角度の積分を先に行うと ∫e−iq⋅rdΩr=4πsin(qr)/(qr)。したがってfX=πa03q4π∫0∞re−2r/a0sin(qr)dr。公式 ∫0∞re−αrsin(qr)dr=2αq/(α2+q2)2 に α=2/a0 を入れてfX=a03q4⋅(4/a02+q2)2(4/a0)q=(4+q2a02)216=[1+(qa0/2)2]21。
(2) Z=1 なので fe=a0q22{1−[1+(qa0/2)2]−2}=(4+q2a02)22a0(8+q2a02)。2つ目の形は、x=q2a02 として 1−16/(4+x)2=(x2+8x)/(4+x)2 を使って整理したものである。q→0 で 2a0⋅8/16=a0。
(3) qa0=4 では fX=1/(1+4)2=0.04、fe/a0=2⋅24/400=0.12。X 線は 4%、電子線は 12% まで減る。電子線のほうが減り方がゆるいのは、大きな q で fe≈2Z/(a0q2) と原子核の点電荷の Rutherford 散乱が残るからである。X 線は電子雲だけを見るので、大きな q では急速に消える(図 1.3.4)。
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com