ハミルトニアンの選び方で固体を考える 第4部 第3章 §4.3.1 ★★★ 前の章と同じ H^ に、場所ごとに温度と化学ポテンシャルの違う局所平衡を入れ、線形化した Boltzmann 方程式を解く
前の章(第4部第2章)では、バンドの中の電子に不純物の散乱を足したハミルトニアンを選び、緩和時間近似の Boltzmann 方程式で電場に対する応答を求めて、電気伝導度 σ=ne2τ/m を得た。そこでは温度を結晶のどこでも同じとした。この章では、結晶の中に温度の勾配がある場合を扱う。選ぶハミルトニアンは前の章と同じで、新しく加えるのは「場所ごとに温度 T(r) と化学ポテンシャル μ(r) が少しずつ違う局所平衡の分布から出発する」ことだけである。
結論を先に書いておく。電場と温度勾配の両方があると、電流 J と熱流 JQ はどちらも両方に比例し、比例係数は 2×2 の行列になる。行列の4つの成分は、エネルギー ε の電子がどれだけ電気を運ぶかを表す1つの関数 σ(ε)(輸送関数)を、Fermi 準位のまわりで (ε−μ)0,(ε−μ)1,(ε−μ)2 の重みで平均した3つの積分だけで書くことができる。非対角の2つの成分は同じ積分で表され、これが Onsager の相反定理の固体での姿であり、Peltier 係数と Seebeck 係数を Π=TS で結ぶ。金属では kBT≪εF なので Sommerfeld 展開が使え、熱伝導率と電気伝導度の比が κ/(σT)=(π2/3)(kB/e)2 という物質によらない数になる(Wiedemann–Franz 則)。Seebeck 係数は σ(ε) の Fermi 準位での傾きで決まり(Mott 公式)、金属では kBT/εF の分だけ小さい。半導体では Fermi 準位がギャップの中にあるのでこの小ささが無く、Seebeck 係数が金属の数百倍になる。
選ぶ H^
この章で選ぶハミルトニアンは、前の章と同じく
H^=n,k,σ∑εn(k)n^nkσ+H^imp(4.3.1)
である。第1項は相互作用しない電子のバンド(第2部第7章)、第2項は不純物による弾性散乱で、電子の波数 k を変えるがエネルギー ε を変えない。外から加えるものは2つある。1つは電場 E、もう1つは結晶の両端の温度差である。温度は統計の側の量でハミルトニアンの中の力ではないので、温度差を H^ の中の項として書くことはできない。そこで温度差は、Boltzmann 方程式の出発点の分布に入れる。
局所平衡の分布
結晶の大きさに比べて小さいが、電子の平均自由行程に比べて大きい領域を考える。その領域の中では電子どうし・電子と格子の間でエネルギーのやりとりが十分に起きていて、電子の分布はその場所の温度 T(r) と化学ポテンシャル μ(r) の Fermi–Dirac 分布
f0(r,k)=e(ε(k)−μ(r))/(kBT(r))+11(4.3.2)
に近いと仮定する。これを局所平衡と呼ぶ。この章ではバンドを1本とし、添字 n を省く。f0 は ε と μ と T の組み合わせ (ε−μ)/(kBT) だけの関数なので、
∂μ∂f0=−∂ε∂f0,∂T∂f0=−Tε−μ∂ε∂f0(4.3.3)
が成り立つ。2つめの式は、温度が上がると ε>μ の状態の占有が増え、ε<μ の状態の占有が減ることを表している(−∂f0/∂ε>0 に注意)。
当てる道具:緩和時間近似の Boltzmann 方程式
道具は前の章と同じ Boltzmann 方程式である。Liouville 方程式に衝突の項を足して Boltzmann 方程式を作る手順は 解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第3部第8章で示した。電子の電荷を −e とし、半古典運動の式 r˙=v(k)=∇kε/ℏ、ℏk˙=−eE を使うと、定常状態の Boltzmann 方程式は
v⋅∇rf−ℏeE⋅∇kf=−τ(ε)f−f0(4.3.4)
になる。右辺は緩和時間近似で、衝突は分布を局所平衡 f0 へ時間 τ(ε) で戻す。τ が ε に依存してよい点が、この章で要る一般化である。
勾配と電場が小さいとき、f=f0+δf と分け、左辺では f を f0 で置き換える(1次の近似)。(4.3.3) を使って ∇rf0 を書き直すと∇rf0=(−∂f0/∂ε)[∇μ+(ε−μ)∇T/T]、∇kf0=ℏv∂f0/∂ε なので、
δf=−τ(ε)(−∂ε∂f0)v⋅[eE′+(ε−μ)T∇T],E′:=E+e∇μ(4.3.5)
を得る。E′ は電場に化学ポテンシャルの勾配を足したもので、電子を押す力は電場と化学ポテンシャルの勾配の和として現れる。電圧計が測るのは静電ポテンシャルの差でなく、電気化学ポテンシャル μ−eϕ の差を −e で割ったものであり、E′=∇(μ−eϕ)/e はその勾配に当たる。この章では E′ を単に電場と呼ぶ。
(4.3.5) の2つの項は性格が違う。電場の項はエネルギー ε によらない向きで電子を押し、−∂f0/∂ε のある所(Fermi 準位の上下 kBT ほどの幅)の電子をすべて同じ向きへずらす。温度勾配の項は ε−μ に比例するので、Fermi 準位より上の電子と下の電子を逆の向きへずらす。温度の高い側では ε>μ の電子が多く ε<μ の電子が少ないので、上の電子は高温側から低温側へ、下の電子(いわば空いた席)は逆向きへ流れる。熱電効果の大きさは、この2つの流れが電荷として打ち消し合うかどうかで決まる。
電流と熱流
電流密度は電子の速度に電荷 −e を掛けて足したもの、熱流の密度は各電子のエネルギーを μ から測った ε−μ を運ぶ流れである:
J=−V2ek∑vδf,JQ=V2k∑(ε−μ)vδf.(4.3.6)
熱流に ε でなく ε−μ を使う理由は熱力学にある。体積を変えない系で dU=TdS+μdN なので、熱 TdS はエネルギーの変化から μ と粒子数の変化の積を引いたものである。流れについても同じく、熱流 JQ はエネルギー流 JE から μ と粒子の流れ JN=−J/e の積を引いた JQ=JE−μJN になる。粒子が流れるだけで μ ずつのエネルギーが運ばれるが、それは熱ではない。
(4.3.5) を (4.3.6) へ入れると、k の和は ε の積分にまとめられる。そのためにエネルギーごとの輸送関数
σij(ε):=e2τ(ε)V2k∑vi(k)vj(k)δ(ε−ε(k))(4.3.7)
を定義する。σij(ε) は「Fermi 準位が ε にあり、温度が 0 だったときの電気伝導度」である。立方対称の結晶では σij(ε)=σ(ε)δij、σ(ε)=e2τ(ε)v(ε)2D(ε)/3 と書くことができる。ここで D(ε) は状態密度(単位体積・両スピンあたり)、v(ε)2 はエネルギー ε の面の上で平均した速さの2乗である。自由電子では v2D(ε)/3=n(ε)/m(n(ε) は Fermi 準位が ε のときの電子密度)なので σ(ε)=n(ε)e2τ(ε)/m になり、ε=εF で前の章の Drude の式に戻る。
例題 4.3.1 輸送関数が平らなら温度勾配で電流は流れない ★★
オリジナル輸送関数が μ のまわりで平らな場合 σ(ε)=σ0(定数)を考える。温度勾配 ∇T だけがあり E′=0 とする。x=(ε−μ)/(kBT) と置く。
- (1) 電流 J を ∫(−∂f0/∂ε)(ε−μ)dε の形の積分で書き、それが 0 になることを示せ。
- (2) Fermi 準位より上(ε>μ)の電子だけが運ぶ電流と、下(ε<μ)の電子だけが運ぶ電流を別々に求め、大きさが等しく向きが逆であることを確かめよ。
- (3) 熱流 JQ は 0 にならないことを示し、JQ=−κ∇T の κ を求めよ。積分 ∫−∞∞x2(ex+1)2exdx=π2/3 を使ってよい。
解答
(1) (4.3.5) で E′=0 とし (4.3.6) に入れると、立方対称のとき
J=−V2ek∑v[−τ(−∂ε∂f0)v⋅T(ε−μ)∇T]=eT∇T∫(−∂ε∂f0)(ε−μ)σ(ε)dε
である(e2τV2∑kvivjg(ε)=∫σij(ε)g(ε)dε を使った)。σ(ε)=σ0 なら被積分関数は −∂f0/∂ε(μ について偶関数)と ε−μ(奇関数)の積で奇関数なので、積分は 0、J=0 である。
(2) −∂f0/∂ε=kBT1(ex+1)2ex、dε=kBTdx なので、上半分の積分は
∫0∞(ex+1)2exxkBTdx=kBTln2
(部分積分で ∫0∞ex+1dx=ln2 に帰着する)、下半分は −kBTln2 である。したがって上の電子は J>=σ0ln2(kB/e)∇T、下の電子は J<=−J> を運ぶ。上の電子は ∇T と逆向き(高温側から低温側)に動き、電荷 −e を持つので電流は ∇T の向きになる。下の側では、低温側に多く高温側に少ない「Fermi 準位の下の空いた席」が逆に動く。2つの流れは大きさが同じなので電流は残らない。
(3) 熱流は
JQ=V2k∑(ε−μ)vδf=−e2T∇T∫(−∂ε∂f0)(ε−μ)2σ0dε=−e2Tσ03π2(kBT)2∇T
で、被積分関数は偶関数なので 0 にならない。上の電子は正のエネルギー ε−μ を高温側から低温側へ運び、下の空いた席が逆向きに動くことは、負のエネルギーが逆向きに動くことなので、やはり熱を高温側から低温側へ運ぶ。2つの寄与は電流では打ち消し合い、熱流では足し合わさる。κ=3π2e2kB2Tσ0 である。比 κ/(σ0T)=3π2(kB/e)2 は 4.3.3節の Wiedemann–Franz 則の最も簡単な形である。
ほかの巻では
- 近似の数理 第8章:局所平衡からのずれを勾配で展開する Chapman–Enskog 展開で、この章の勾配の1次の解き方の原型が読める
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