解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第3部 第8章 §3.8.1 ★★★ 選ぶのは H=∑aH1(ra,pa)+∑a<bϕ(∣ra−rb∣) と、ρ を粒子1つ分に縮めた f(r,p,t)
第1章(第3部第1章)では、N 粒子の相空間の確率密度 ρ が Liouville 方程式 ∂ρ/∂t={H,ρ} に従い、Gibbs のエントロピーが時間によらず一定であることを示した。一方で、気体を容器に入れて放っておくと平衡に近づき、電気抵抗のある導線に電圧をかければ一定の電流が流れて熱が出る。こうした「平衡へ向かう」現象を計算するには、6N 次元の ρ を追う代わりに、1粒子の位置と運動量の分布 f(r,p,t) だけを追う方程式が要る。それが Boltzmann 方程式である。
この章で選ぶのは、2体の相互作用を持つ N 粒子の Hamiltonian と、そこから作る1粒子分布 f の組である(3.8.1節)。当てる道具は第1章の Liouville 方程式で、これを粒子1つ分を残して積分すると、左辺に1粒子の Hamiltonian H1 の Poisson 括弧 {H1,f} が、右辺に2粒子分布を含む相互作用の項が残る(3.8.2節)。出てくるものは3つある。第一は、希薄な気体で右辺を2体の散乱として数え直した衝突の項で、ここで初めて近似(分子的混沌)が入る(3.8.3節)。第二は、衝突の前後で保たれる量(衝突不変量)と、1粒子分布から計算したエントロピーが増え続けるという H 定理である(3.8.4節)。第三は、衝突の項を緩和の形に置き換えて電気伝導度を計算する緩和時間近似で、Drude の伝導度 ne2τ/m がここから出る(3.8.5節)。最後に、気体分子運動論と Drude 模型の授業で習った形と並べ(3.8.6節)、まとめと総合問題で終える。緩和時間近似で金属の伝導を詳しく計算し、熱電効果や Wiedemann–Franz 則まで進むのは固体の巻(ハミルトニアンの選び方で固体を考える 第4部第2章・第4部第3章)で行い、Boltzmann 方程式から流体方程式を導く段とその数学的な正当化は第V巻(近似の数理 第8章)で扱う。
記号は記法の正本に従う。Poisson 括弧は {q,p}=1 の流儀で、Liouville 方程式は ∂ρ/∂t={H,ρ} と書く(第1部第11章)。この章には温度が出てくるので、運動エネルギーは ∣p∣2/(2m) と書き、周期に T を使わない。1粒子分布 f と紛れないように、自由度の数には記号を使わず 3N と書く。2体の散乱断面積には添字 s を付けて σs とし、伝導度 σij と区別する。
N 粒子の Hamiltonian
同じ種類の N 個の粒子が、外力のポテンシャル U(r) の中を動き、2つずつ距離だけで決まるポテンシャル ϕ(∣ra−rb∣) で相互作用する系を選ぶ。Hamiltonian は
H=a=1∑NH1(ra,pa)+a<b∑ϕ(∣ra−rb∣),H1(r,p)=2m∣p∣2+U(r)(3.8.1)
である。H1 は粒子1つだけがあるときの Hamiltonian で、この章では1粒子の Hamiltonian と呼ぶ。第1章の式(第3部第1章)で U とまとめていたポテンシャルを、外力の部分と2体の部分に分けた形である。
ϕ は粒子の間の距離が 力の到達距離 r0 より大きければほぼ 0 になるものとする。剛体球では r0 は球の直径 d で、ϕ は距離が d 未満で +∞、d 以上で 0 である。この章で扱う気体は希薄、すなわち粒子の間の平均の距離 n−1/3(n は数密度)が r0 よりずっと大きいとする。希薄な気体では、粒子はほとんどの時間を H1 だけに従って自由に飛び、ときどき他の1つの粒子と r0 の距離まで近づいて短い時間で向きを変える。3つ以上の粒子が同時に r0 の範囲に入る確率は、2つが入る確率よりさらに nr03 倍だけ小さい。
1粒子分布
N 粒子の相空間の確率密度 ρ(r1,p1,…,rN,pN,t) は、粒子の番号の入れ替えについて対称であるとする(同じ種類の粒子なので、どれを1番と呼ぶかに意味はない)。粒子1つ分の変数だけを残して積分し、N を掛けたもの
f(r,p,t)=N∫ρ(r,p,r2,p2,…,rN,pN,t)d3r2d3p2⋯d3rNd3pN(3.8.2)
を1粒子分布と呼ぶ。fd3rd3p は、位置が r の近くの d3r に、運動量が p の近くの d3p にある粒子の数の期待値である。同じように、2つの粒子の変数を残した
f(2)(r1,p1,r2,p2,t)=N(N−1)∫ρd3r3d3p3⋯d3rNd3pN(3.8.3)
を2粒子分布と呼ぶ。f を運動量で積分すると数密度 n(r,t)=∫fd3p になり、全体で積分すると N になる。ρ は 6N 次元の関数だが、f は6次元の関数である。数密度・流れの速度・温度・電流のように実験で測る量の多くは f だけで決まるので、f の従う方程式があれば輸送を計算することができる。
熱平衡にある理想気体の1粒子分布は、第3章(第3部第3章)のカノニカル分布を粒子1つに当てはめた Maxwell 分布
fM(p)=n(2πmkBT)−3/2exp(−2mkBT∣p∣2)(3.8.4)
である。h3f は相空間の升目1つ(体積 h3)あたりの粒子の数で、p=0 での値は nλT3(λT=h/2πmkBT は熱的 de Broglie 波長)になる。これが 1 よりずっと小さいとき、升目を2つの粒子が取り合うことはほぼ無いので、量子統計の区別(Fermi 粒子か Bose 粒子か)を気にせず古典の f で扱ってよい。
例題 3.8.1 標準状態の窒素の長さの尺度 ★★
オリジナル0∘C(T=273.15K)、1atm(P=101325Pa)の窒素を、直径 d=0.37nm の剛体球の理想気体とみなす。分子の質量は m=28.01u(1u=1.6605×10−27kg)とする。
- (1) 数密度 n=P/(kBT) と、分子の間の平均の距離 n−1/3 を求めよ。
- (2) 分子が占める体積の割合 n⋅πd3/6 を求め、気体が希薄であることを確かめよ。
- (3) 熱的 de Broglie 波長 λT と nλT3 を求め、古典の分布で扱ってよいことを確かめよ。
解答
(1) n=101325/(1.3806×10−23×273.15)=2.69×1025m−3。平均の距離は n−1/3=3.34×10−9m=3.34nm で、直径の約9倍である。
(2) nπd3/6=2.69×1025×π×(0.37×10−9)3/6=7.1×10−4。分子が占める体積は全体の 0.07% にすぎず、分子は大部分の時間を他の分子から離れて飛んでいる。3つの分子が同時に接触する確率は、2つが接触する確率のさらにこの程度の割合である。
(3) m=28.01×1.6605×10−27=4.651×10−26kg で、λT=h/2πmkBT=6.626×10−34/2π×4.651×10−26×1.3806×10−23×273.15=2.00×10−11m。nλT3=2.69×1025×(2.00×10−11)3=2.1×10−7 で、1 よりずっと小さい。相空間の升目のほとんどは空で、古典の1粒子分布で扱ってよい。金属の伝導電子では事情が逆で、n∼1029m−3、質量が分子の約 5×104 分の1なので nλT3≫1 になり、f の平衡の形は Fermi 分布になる(3.8.5節)。(検算 scripts/verify_ch3-08.py)
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com