ハミルトニアンの選び方で固体を考える 第5部 第5章 §5.5.2 ★★★ 副格子の準位の差 Δ による質量は2つの谷で同じ符号、第2近接の複素数の飛び移り t2eiϕ による質量は逆符号になる。2つの谷の質量の符号が逆なら Chern 数は ±1 で、磁場なしで Hall 伝導度が e2/h になる
選ぶ H^
第2部第9章では、グラフェンの π 電子に最近接の飛び移り −t だけを残した模型を選び、K と K′ の2つの谷に質量 0 の Dirac コーンが現れることを見た。そこで副格子 A と B の準位に差 Δ を付けると、両方の谷に同じ大きさのギャップが開いた。このとき空間反転は破れるが時間反転は保たれるので、5.5.1節の5つめの制約から σxy=0 である。Hall 伝導度を 0 でなくするには、時間反転を破る項が要る。磁場をかけるのが普通の方法だが、Haldane は磁場の正味の流束を 0 に保ったまま時間反転を破る模型を作った(F. D. M. Haldane (1988), Phys. Rev. Lett. 61, 2015)。この章ではこの模型を選ぶ。
H^=2Δ(j∈A∑c^j†c^j−j∈B∑c^j†c^j)−t⟨jl⟩∑(c^j†c^l+h.c.)−t2⟨⟨jl⟩⟩∑eiνjlϕc^j†c^l(5.5.8)
第1項は副格子の準位の差(A を +Δ/2、B を −Δ/2 にずらす)、第2項は第2部第9章の最近接の飛び移り(t>0)である。第3項が新しい項で、⟨⟨jl⟩⟩ は同じ副格子の第2近接の組(共通の最近接を1個はさむ組)を、向きを区別して全部数える。νjl=±1 は、電子が l から共通の隣を経て j へ移るとき、経路が左に曲がる(反時計回り)なら +1、右に曲がるなら −1 とする。νlj=−νjl なので第3項はエルミートである。スピンは考えない(スピンを戻すことは5.5.5節で扱う)。
eiϕ の位相は、第2近接の経路に沿った Peierls の位相(解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第4部第10章の Peierls 置換)とみなせる。A の副格子の小さな三角形(第2近接の3辺)を反時計回りに1周すると、3回とも左に曲がるので位相は 3ϕ である。これは三角形を貫く磁束 Φ の Aharonov–Bohm 位相 −eΦ/ℏ にあたる。六角形の1つの胞を見ると、中心の部分と三角形の外の部分で逆向きの磁束になるよう配置でき、単位胞の正味の磁束は 0 である。最近接の経路は六角形の縁をなぞるだけなので、Peierls の位相を持たない。Haldane はこのように、平均すると 0 だが場所で向きが変わる磁場を想定した。磁束の正味が 0 なので Landau 準位はできず、バンドの描像のまま時間反転だけが破れる。
Bloch 行列
第2部第9章の取り方(A の原子を格子点 R、B の原子を R+δ1、最近接のベクトル δ1,2,3、格子定数 a)を使う。第2近接のベクトルを η1=δ2−δ3、η2=δ3−δ1、η3=δ1−δ2 とおく。3本は長さ a で互いに 120∘ をなし、和は 0 である。副格子ごとの Bloch 和で H^ を 2×2 にすると、式 (5.5.5) の形の
g0=−2t2cosϕi=1∑3cos(k⋅ηi),gx−igy=−tf(k),gz=2Δ−2t2sinϕi=1∑3sin(k⋅ηi)(5.5.9)
を得る(f(k)=∑jeik⋅δj は第2部第9章と同じ)。A の原子から見ると、ηi の向きへの飛び移りは左に曲がる経路、−ηi の向きへは右に曲がる経路になる。前者の振幅 −t2eiϕ と後者の振幅 −t2e−iϕ に位相 e±ik⋅ηi を掛けて足すと −2t2cos(k⋅ηi+ϕ) になり、これを展開すると g0+gz の t2 の項が出る。B の原子から見ると左右が入れ替わるので、sinϕ の項の符号が逆になり、gz の t2 の項として σz に入る。
cosϕ の項 g0 は2つのバンドを一緒に動かすだけで、Berry 曲率に関係しない。時間反転を破るのは sinϕ の項である。実際 ϕ=0 なら H^ の行列要素はすべて実数で時間反転対称、ϕ=π/2 なら eiϕ=i の純虚数の飛び移りになる。
2つの谷の質量と Chern 数
K =(4π/(3a),0) では K⋅η1=4π/3、K⋅η2=K⋅η3=−2π/3 なので、∑isin(K⋅ηi)=−33/2、∑icos(K⋅ηi)=−3/2 である。K′=−K では正弦の和の符号が反転する。第2部第9章の展開 gx−igy≈ℏv(qx−iqy)(K のまわり)、−ℏv(qx+iqy)(K′ のまわり)を合わせると、谷の添字 ξ=±1(K で +1、K′ で −1)を使って
Hξ(q)=3t2cosϕ1+ℏv(ξqxσx+qyσy)+2Δξσz,Δξ=Δ+63ξt2sinϕ,v=2ℏ3ta(5.5.10)
となる。K′ のまわりで gx=−ℏvqx となる符号は、第2部第9章の HK′=ℏv(−qxσx+qyσy) と同じである。副格子の差 Δ による質量は2つの谷で等しく、t2sinϕ による質量は2つの谷で符号が逆になる。2つの谷の局所的なギャップは ∣ΔK∣ と ∣ΔK′∣ である。
例題 5.5.1 の (2)(3) により、K の谷は +21sgnΔK、K′ の谷は(kx の向きが逆なので)−21sgnΔK′ を下のバンドの Chern 数に与える。Brillouin 域のそれ以外の場所では ∣g∣ が大きく n は谷の外側の値にほぼ固定されているので、球面を覆う回数への寄与は谷の近くに集まる。こうして
C−=21(sgnΔK−sgnΔK′)={sgn(sinϕ)0∣Δ∣<63t2∣sinϕ∣∣Δ∣>63t2∣sinϕ∣(5.5.11)
を得る。2つの谷の質量の符号がそろっていれば半分ずつが打ち消し合い、逆なら足し合って ±1 になる。Δ=0、ϕ=0 のグラフェンのように Dirac 点の質量が 0 のときは n が定まらない点があり、Chern 数は定義されない。この式は Dirac 点のまわりの展開から出したが、Brillouin 域を 48×48 の格子に区切って Berry 位相を足し上げる Fukui–Hatsugai–Suzuki の方法(T. Fukui, Y. Hatsugai and H. Suzuki (2005), J. Phys. Soc. Jpn. 74, 1674)で式 (5.5.9) の格子の模型を数えると、境目のすぐ近くを除いて同じ整数になる(verify_ch5-05.py で8点を確かめた)。図 5.5.1 が相図である。

図 5.5.1 Haldane 模型の相図(式 (5.5.11))。横軸は飛び移りの位相 ϕ、縦軸は副格子の準位の差 Δ(t2 単位)。2本の曲線 Δ=±63t2sinϕ の上でどちらかの谷の質量が 0 になってギャップが閉じ、それを横切ると下のバンドの Chern 数が変わる。ϕ>0 の側の上の曲線は K′、下の曲線は K の谷が閉じる線である。
例題 5.5.2 副格子の差を大きくしていくと Hall 伝導度はどうなるか ★★★
オリジナルt2=0.1t、ϕ=π/2 の Haldane 模型で、電子は下のバンドをちょうど満たしているとする。
- (1) Δ=0.3t のとき、2つの谷の質量 ΔK、ΔK′ と Chern 数、Hall 伝導度 σxy、Hall 抵抗率の大きさ ∣ρyx∣ を求めよ(σxx=0 とする)。
- (2) Δ=1.2t ではどうなるか。
- (3) Δ を 0.3t から 1.2t へ連続に増やすとき、どこで何が起きるか。そのときのギャップの大きさの変化を述べよ。
解答
(1) 63t2=1.039t なので、ΔK=0.3t+1.039t=1.339t、ΔK′=0.3t−1.039t=−0.739t である。符号が逆なので式 (5.5.11) から C−=1。σxy=−e2/h=−3.874×10−5S で、σxx=0 なら伝導度の行列の逆をとって ρyx=1/σxy、∣ρyx∣=h/e2=25.8kΩ である。ϕ=π/2 では g0=0 なので、格子の模型のギャップは2つの谷の小さいほう ∣ΔK′∣=0.739t に等しい(Brillouin 域を数値で走査しても同じ値になる)。
(2) ΔK=2.239t、ΔK′=1.2t−1.039t=+0.161t で、符号がそろうので C−=0、σxy=0 である。ギャップは 0.161t で、普通の絶縁体(hBN と同じ種類)になる。
(3) ΔK′ は Δ=63t2=1.039t で 0 を横切る。そこで K′ の谷のギャップが閉じて質量 0 の Dirac コーンが1つだけ現れ、その両側で Chern 数が 1 から 0 へ跳ぶ。ギャップの大きさは ∣ΔK′∣ で、0.739t から直線的に減って 1.039t で 0 になり、そこから 0.161t まで増える。Hall 伝導度はギャップが開いている間は整数のまま変わらず、閉じた点でだけ変わる。整数が連続に変われないことを、この模型は具体的な形で示している。(検算 scripts/verify_ch5-05.py)
ほかの巻では
- 近似の数理 第13章:Hall 伝導度の量子化が乱れと相互作用があっても成り立つ指数定理の筋が読める
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com