光学と量子エレクトロニクス 第16章 §16.4 ★★ 反転対称な媒質でも電場の2乗で屈折率の差が生じる。液体では分極率の異方的な分子が電場の向きに揃うことが主な原因で、差は Δα2E02/(15kBT) に比例し温度に反比例する
Kerr 定数
等方的な媒質に静的な電場 E0 を掛けると、電場に平行な偏光と垂直な偏光の屈折率 n∥, n⊥ が分かれる。対称性から差は E0 の偶関数で、最低次は
n∥−n⊥=λKE02(16.17)
と書く(λ は真空中の波長)。K を Kerr 定数と呼ぶ。この形に書くと、長さ L を通った2つの偏光の位相差は Γ=2πKLE02 で、波長によらない。等方的な媒質は、電場の向きを光軸とする一軸性の結晶のように振る舞う。
原因は2つある。1つは 16.1節の非調和な振動子の b の項(電子の応答の非線形性)で、どの物質にもある。もう1つは、分極率が向きによって違う分子(棒状の分子など)が電場の向きに揃うことである。分極率の異方性が大きい分子の液体では、後者が前者より大きくなる(例題 16.7)。後者を計算する。
分子の向きの揃いから Kerr 定数を出す
分子の長い軸の向きの分極率を α∥、垂直な向きの分極率を α⊥ とし、Δα=α∥−α⊥>0 とする。分子は永久双極子を持たないとする。静的な電場 E0 が分子の軸と角 θ をなすとき、電場が誘起した双極子のエネルギーは
U(θ)=−21(α∥cos2θ+α⊥sin2θ)E02=定数−21ΔαE02cos2θ(16.18)
で、分子の軸が電場に平行になるほど低い。温度 T の熱平衡では、分子の向きの分布は e−U/(kBT) に比例する。ϵ=ΔαE02/(2kBT) と置き、ϵ の1次まで取ると
⟨cos2θ⟩=∫0πeϵcos2θsinθdθ∫0πcos2θeϵcos2θsinθdθ≈31+ϵ(⟨cos4θ⟩0−⟨cos2θ⟩02)=31+454ϵ(16.19)
になる(添字 0 は等方的な分布での平均で、⟨cos2θ⟩0=31, ⟨cos4θ⟩0=51)。
光の電場が E0 に平行なとき、分子の分極率のその向きの成分の平均は α⊥+Δα⟨cos2θ⟩ である。光の電場が E0 に垂直なとき(x 方向とする)、分子の軸の x 成分の2乗の平均は、E0 のまわりの方位角について平均して 21⟨sin2θ⟩=21(1−⟨cos2θ⟩) になるので、分極率の平均は α⊥+21Δα(1−⟨cos2θ⟩) である。両者の差は
αˉ∥−αˉ⊥=23Δα(⟨cos2θ⟩−31)=152ϵΔα=15kBTΔα2E02(16.20)
で、等方的な分布(E0=0)では 0 になる。希薄な媒質の屈折率 n≈1+Nαˉ/(2ε0)(第10章 第10章)を使うと
n∥−n⊥=30ε0kBTNΔα2E02,K=30ε0kBTλNΔα2(16.21)
を得る。分子の向きの揃いによる Kerr 効果は温度に反比例する。熱運動が向きを乱し、電場が向きを揃える、その釣り合いが ϵ の大きさを決めるからである。平行な向きと垂直な向きの変化の比は、式 (16.20) の導出から Δn∥:Δn⊥=1:(−21) で、垂直な向きの屈折率は下がる。電子の非線形性による Kerr 効果ではこの比が 3:1 になる(16.6節)ので、2つの比を測ると原因を分けることができる。
光 Kerr 効果
静的な場の代わりに光そのものの電場を使っても、同じ機構で屈折率が変わる。電子の χ(3) の応答では、強度 I の光が自分自身の屈折率を
n=n0+n2I,n2=4n02ε0c3χ(3)(16.22)
だけ変える(P=ε0χ(3)E3 と書いた直線偏光の場合。第17章 第17章 の流儀)。E=Re[Eωe−iωt] を入れると E3 の周波数 ω の成分は 43∣Eω∣2Eω なので Δχ=43χ(3)∣Eω∣2、Δn=Δχ/(2n0) と I=21n0cε0∣Eω∣2 から式 (16.22) が出る。強いパルスが自分の位相を時間とともに変える自己位相変調や、ビームが自分で絞られる自己収束は、この n2 の帰結で、第17章で扱う。
例題 16.4 棒状の分子の液体の Kerr 定数 ★★
オリジナル分極率の異方性が Δα/(4πε0)=1.0×10−29m3 の分子が、数密度 N=1.0×1028m−3 で並ぶ液体を考える。局所場の補正は無視し、式 (16.21) を使う。
- (1) T=300K, E0=1.0×106Vm−1 で、展開のパラメータ ϵ=ΔαE02/(2kBT) を求め、1次の展開が使えることを確かめよ。
- (2) 同じ条件で n∥−n⊥ と、波長 589nm での Kerr 定数 K を求めよ。
- (3) 温度を 350K に上げると n∥−n⊥ はいくらになるか。
解答
(1) Δα=4π×8.854×10−12×10−29=1.11×10−39Cm2V−1、kBT=4.14×10−21J からϵ=1.11×10−39×1012/(2×4.14×10−21)=1.34×10−7。ϵ≪1 で、向きの分布は等方的な分布からごくわずかしか変わらない。
(2) n∥−n⊥=30×8.854×10−12×4.14×10−211028×(1.11×10−39)2×1012=1.13×10−8、K=1.13×10−8/(589×10−9×1012)=1.9×10−14mV−2。電場 1kVmm−1 で屈折率の差は 10−8 の桁で、Pockels 効果(例題 16.1)より2桁ほど小さい。長さ 1m を通しても位相差は Γ=2πKLE02=0.12rad にとどまる。
(3) T に反比例するので 1.13×10−8×300/350=9.6×10−9。電子の非線形性による Kerr 効果は温度にほとんど依らないので、温度依存性も原因を分ける手がかりになる。
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