光学と量子エレクトロニクス 第21章 §21.6 ★★ 近似は2つの断熱消去(コヒーレンスと速い準位)と、均一な広がり・空間的に一様な強度の2つの仮定。測る量は蛍光の寿命・飽和強度・小信号利得・反転のしきい値。授業の周波数 ν の形と係数の 2π の違い
何を近似したか
コヒーレンスを消した。 21.2 節の断熱消去は、時間の尺度が分かれた2つの変数の組で、速い変数を遅い変数の関数に置き換える操作である。第V巻の言葉では、小さいパラメータ ϵ=T2(2W+1/T1) が時間微分の前に掛かる特異摂動の問題で、ϵ→0 の極限の方程式(遅い多様体の上の方程式)を使う B 型(極限)の近似にあたる。数学的な裏付けは、速い変数の方程式の固定点が一様に漸近安定であることを前提に、時間 O(ϵ) の初めの層の後で解が遅い多様体の上の解に近づくことを示す Tikhonov の定理の型で与えられる1A. N. Tikhonov (1952), Matematicheskii Sbornik 31(73), 575.。(21.9) は ρeg について線形で、減衰の割合 1/T2 を持つので、この前提を満たす。近似が外れるのは ΩT2≳1 の強い光と、T2 より短いパルスで、そこでは図 21.1 の右のように Rabi 振動が残る。短いパルスの増幅(第23章のモード同期のパルス)でも、パルスの長さが T2 より長ければレート方程式を使うことができる。
速い準位を消した。 準位3(と4準位の準位1)を消したのも同じ型の近似である。速い準位の方程式は占有について線形で、割合 A32 や 1/τ1 で減衰するので、前提は同じく満たされる。誤差は A21/A32 の1次で、例題 21.4 の (4) のように小さい。
線の広がりを均一とし、強度を空間的に一様とした。 すべての原子が同じ線の形を持つとしたので、飽和は線全体で同じ割合で起きる。原子ごとに中心がずれる不均一な広がりでは、強い光は自分の角周波数の原子だけを飽和させる(第24章)。また、ビームの断面や共振器の定在波の中で強度は場所ごとに違い、反転も場所ごとに違う飽和を受ける(定在波の腹と節で反転の減り方が違う空間的なホールバーニング)。この章の式は強度が一様な場合で、場所ごとに違う場合は (21.27) を場所ごとに使う。
自然放出をビームに入れなかった。 (21.6) では自然放出の光子はビームに入らないとした。実際には、ビームの立体角に入るわずかな自然放出が増幅されて雑音になる(増幅された自然放出)。発振の線幅を決めるのはこの雑音で、第22章で扱う。
近似の裏付け
型 B(極限) | 小さいもの ΩT2→0 かつ T2/T1→0(Rabi 振動の周期と占有の寿命に比べてコヒーレンスが速く消える) | 証明 条件付き(Tikhonov の定理の前提:速い変数の方程式が一様に漸近安定。光 Bloch 方程式では線形で減衰の割合 1/T2 を持つので満たす。T2 より短いパルスでは使うことができない) | 行き先 近似の数理 第7章
近似の裏付け
型 B(極限) | 小さいもの A21/A32→0、τ1/τ2→0(ポンプの準位と下の準位が速く空になる) | 証明 条件付き(速い準位の占有の方程式が線形で減衰するので Tikhonov の定理の前提を満たす。誤差は A21/A32 の1次で、例題 21.4 の (4) の大きさ) | 行き先 近似の数理 第7章
何の実験の量で確かめるか
この章の式は、次の量の測定で確かめる。
蛍光の寿命 τ2。 短いパルスでポンプしたあと、準位2からの蛍光の強度が e−t/τ2 で減る速さを測る。(21.24) の τ2 はこの寿命そのもので、飽和強度と小信号利得の両方に入る。
断面積と線の形。 蛍光のスペクトルの形を S(ω) とし、自然放出の割合を寿命と分岐の割合から出して (21.4) に入れると、誘導放出の断面積が光を増幅させずに得られる。この手順を Füchtbauer–Ladenburg の関係と呼ぶ。吸収のスペクトルからは σ12 が得られ、縮退度の比 g2/g1 で σ21 と比べることができる。
飽和強度。 2準位の吸収体なら、入口の強度を変えて透過率を測り、(21.17) に合わせると α0L と Isat が別々に決まる(例題 21.3)。
小信号利得と反転のしきい値。 ポンプした媒質に弱いプローブ光を1回通し、G0L=ln(I(L)/I(0)) を測る。3準位の媒質では、ポンプを強くしていくと、プローブの吸収が Wpτ=1 で利得に変わる。そのポンプの強さと蛍光の寿命から、(21.22) の形を確かめることができる。
授業で習った形との対応
学部のレーザー工学・量子エレクトロニクスの授業では、角周波数 ω でなく周波数 ν=ω/2π を使い、屈折率 n の結晶の中で書くことが多い。この章の式との対応は次のとおりである。
| 量 | この章(ω 基準) | よく見る別の形(ν 基準) |
| 線の形 | S(ω)、∫Sdω=1 | g(ν)=2πS(2πν)、∫gdν=1 |
| B 係数 | B21(u(ω) 基準) | B21(ν)=B21/(2π)(uν=2πu(ω)) |
| A と B の比 | B21A21=π2c3ℏω3n3 | B21(ν)A21=c38πhν3n3 |
| 断面積 | σ21=4n2λ02A21S(ω) | σ21=8πn2λ02A21g(ν) |
| 誘導放出の割合 | W=σ21Φ | W=σ21I/(hν) |
| 利得係数 | G=σ21(N2−g1g2N1) | γ(ν)=σ21(N2−g1g2N1) |
屈折率 n の媒質の中では、2つの所が変わる。1つは、モードの数が n3 倍になるので A と B の比に n3 が掛かること、もう1つは、エネルギーが速さ c/n で運ばれるので、強度 I のビームのエネルギー密度が utot=nI/c になることである。これを (21.4) の導出に入れると σ21=(ℏωn/c)B21S=λ02A21S/(4n2) になる(λ0 は真空の波長。検算スクリプト)。表の2つの断面積の式は、g(ν)=2πS を代入すると同じ値を与える。授業の多くは光の遷移を初めから「上の準位の原子が下りる割合 W」で書き、レート方程式を出発点にする。この章の 21.2 節は、その出発点が光 Bloch 方程式から T2 の短い極限で出ることを示した。
例題 21.6 周波数の形で断面積を出す ★
オリジナル屈折率 n=1.82 の結晶の中のイオンの遷移で、真空の波長 λ0=1064nm、光の遷移への自然放出の割合 A21=388s−1、線は Lorentz 形で周波数の半値の全幅 Δν=120GHz とする(模型の値)。
- (1) 授業の形 σ21=λ02A21g(ν0)/(8πn2) で中心の断面積を求めよ。Lorentz 形の g(ν0)=2/(πΔν) を使う。
- (2) この章の形 σ21=λ02A21S(ω0)/(4n2) で同じ値になることを確かめよ。
- (3) 線幅に対応する T2 を求めよ。
解答
(1) g(ν0)=2/(π×1.2×1011)=5.31×10−12s で、
σ21=8π×1.822(1.064×10−6)2×388×5.31×10−12=2.80×10−23m2
である。例題 21.5 の (2) で使った値になる。
(2) 角周波数の半値の全幅は 2πΔν なので S(ω0)=2/(π⋅2πΔν)=g(ν0)/(2π)。これを入れると λ02A21g(ν0)/(8πn2) になり、(1) と同じ 2.80×10−23m2 を得る。
(3) (21.2) の角周波数の半値の全幅 2/T2 が 2πΔν に等しいので、T2=1/(πΔν)=2.65ps である。寿命 τ2=230μs との比は 10−8 で、21.2 節の断熱消去の条件 T2≪T1 を十分に満たす。
1 A. N. Tikhonov (1952), Matematicheskii Sbornik 31(73), 575.
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com