相対エントロピーから情報と物理を組み立てる 第1部 第1章 §1.1.3 ★★★ Shannon エントロピー・相互情報量・Fisher 情報は、比べる相手をそれぞれ一様分布・独立な分布・少しずらした分布に選んだ D である
Shannon エントロピー:一様分布と比べる
確率変数 X の Shannon エントロピー
H(X)=−x∑p(x)lnp(x)(1.1.5)
は、値を1つ知ったときの驚き −lnp(x) の平均である1C. E. Shannon (1948), Bell Syst. Tech. J. 27, 379–423 および 623–656。(驚きという読み方と、その意味づけは 第1部第2章)。値の個数を ∣X∣ とし、一様分布 u(x)=1/∣X∣ と比べると、式 (1.1.1) から
H(X)=ln∣X∣−D(p∥u)(1.1.6)
が出る。非負性から H(X)≤ln∣X∣ で、等号は一様分布のときに限る。エントロピーは「一様分布からどれだけ離れていないか」を測っていることになる。
相互情報量:独立な分布と比べる
2つの確率変数 X, Y の結合分布 pXY と、それぞれの周辺分布の積 pXpY を比べた
I(X;Y)=D(pXY∥pXpY)=x,y∑pXY(x,y)lnpX(x)pY(y)pXY(x,y)(1.1.7)
を相互情報量と呼ぶ。pXpY は「X と Y が独立だったら」という分布なので、I(X;Y) は独立という仮説から実際の結合分布を見分ける手がかりの量である。非負性から I(X;Y)≥0 で、等号は独立のときに限る。対数の中身を分けると I(X;Y)=H(X)+H(Y)−H(X,Y) と書くこともできる。通信路容量(第1部第6章)は、入力の分布を選んで I(X;Y) を最大にしたものである。
Fisher 情報:少しずらした分布と比べる
パラメータ θ を持つ分布の族 pθ を考え、pθ と、パラメータを δ だけずらした pθ+δ を比べる。D(pθ∥pθ+δ) は δ=0 で最小値 0 をとるので、δ の1次の項は無く、2次から始まる。
D(pθ∥pθ+δ)=21J(θ)δ2+O(δ3),J(θ)=⟨(∂θlnpθ(X))2⟩pθ(1.1.8)
の係数 J(θ) が Fisher 情報である(2次の係数がこの形になることは 第1部第7章 で示す)。J(θ) が大きいほど、パラメータを少し変えただけで分布が見分けやすくなるので、θ を精度よく推定することができる。この直観を不等式にしたものが Cramér–Rao の不等式 Var(θ^)≥1/J(θ) である。統計学の教科書では Fisher 情報を I(θ) と書くが、この巻では相互情報量 I(X;Y) と区別するため J(θ) と書く。
量子系でも同じ組み立てで、密度行列 ρ^, σ^ の量子相対エントロピー D(ρ^∥σ^)=Trρ^(lnρ^−lnσ^) を一様な状態・積状態・少しずらした状態と比べると、von Neumann エントロピー・量子相互情報量・量子 Fisher 情報が出る(第3部第2章)。
表 1.1.1 比べる相手を選ぶと出てくる情報量| 比べる2つの分布 | 出てくる量 | 非負性から言えること |
| p と一様分布 u | H(X)=ln∣X∣−D(p∥u) | H(X)≤ln∣X∣ |
| pXY と pXpY | I(X;Y) | I(X;Y)≥0(独立のときだけ 0) |
| pθ と pθ+δ | J(θ)(2次の係数) | J(θ)≥0 |
| 観測の経験分布 p^ と模型 qθ | 最尤推定(1.1.6節) | 最尤推定は D(p^∥qθ) の最小化 |
例題 1.1.3 雑音のある通信路の相互情報量と Fisher 情報 ★★
オリジナル
- (1) 公平な1ビット X(pX=Bern(1/2))を、例題 1.1.2 の反転確率 r=0.1 の通信路に通した出力を Y とする。結合分布を書き、I(X;Y) を式 (1.1.7) から求めよ。ビットでも答え、例題 1.1.1 の D(p∥q) と同じ値になる理由を述べよ。
- (2) 硬貨の族 pθ=Bern(θ) について Fisher 情報 J(θ) を求め、θ=0.5, δ=0.01 で D(pθ∥pθ+δ) と 21Jδ2 を比べよ。
解答
(1) 結合分布は pXY(0,0)=pXY(1,1)=0.5×0.9=0.45, pXY(0,1)=pXY(1,0)=0.5×0.1=0.05。周辺分布はどちらも Bern(1/2) で、積は4つとも 0.25 である。
I(X;Y)=2×0.45ln0.250.45+2×0.05ln0.250.05=0.9ln1.8+0.1ln0.2≈0.368 nat=0.531 ビット.
これは ln2−hb(0.1) に等しい(hb は二値エントロピー)。式 (1.1.7) の和を x ごとにまとめると、I(X;Y)=∑xpX(x)D(W(⋅∣x)∥pY) と書くことができる。入力が x のときの出力の分布 W(⋅∣x) は Bern(0.9) か Bern(0.1) で、pY は公平な硬貨なので、どちらの x でも D は例題 1.1.1 の D(Bern(0.9)∥Bern(0.5)) と同じ値になる。相互情報量は「入力ごとの出力の分布」と「出力全体の分布」を見分ける手がかりの平均である。
(2) lnpθ(1)=lnθ, lnpθ(0)=ln(1−θ) なので
J(θ)=θ(θ1)2+(1−θ)(1−θ−1)2=θ1+1−θ1=θ(1−θ)1.
θ=0.5 で J=4、21Jδ2=2×10−4。厳密な値は D=0.5ln0.510.5+0.5ln0.490.5≈2.0004×10−4 で、差は δ の高次の項の分だけである。J(θ) は θ=0.5 で最小で、θ→0,1 で大きくなる。表の確率が 0 に近い硬貨では、確率を少し変えると表の出方の割合が大きく変わるので見分けやすい。
1 C. E. Shannon (1948), Bell Syst. Tech. J. 27, 379–423 および 623–656。
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