相対エントロピーから情報と物理を組み立てる 第1部 第4章 §1.4.6 ★★ 統計学の十分統計量・因子分解定理・Fisher 情報の不等式、情報理論の講義のデータ処理不等式、確率過程の定常分布への収束を、この章の式と並べる
統計学の十分統計量
学部の数理統計学の授業では、十分統計量を定義 1.4.4 と同じく「T(X)=t を与えたときの X の条件付き分布が θ によらないこと」として定義し、判定には次の Fisher–Neyman の因子分解定理を使うのが標準的である。
T が十分⟺L(θ;x)=g(T(x);θ)h(x).
ここで L(θ;x)=pθ(x) は尤度関数で、連続分布なら確率密度である。これは定理 1.4.5 の (a)⇔(c) にあたる。この章が付け加えたのは (b) で、「十分統計量とは、どの2つのパラメータの間の相対エントロピーも減らさない統計量である」という言い方である。式 (1.4.19) は、十分でない統計量でどれだけ見分ける力が失われるかを、条件付き分布の相対エントロピーとして数える。
統計学の授業では次に Fisher 情報を習う。相対エントロピーは近いパラメータの間で D(pθ∥pθ+δ)=21J(θ)δ2+O(δ3) と展開され、係数 J(θ) が Fisher 情報である(統計学では I(θ) と書くが、この巻では相互情報量と区別するために J と書く)。式 (1.4.18) を δ2/2 で割って δ→0 とすると
JT(θ)≤JX(θ)(1.4.24)
が得られる(第1部第7章で命題 1.7.2 としてまとめ直す)。「統計量の Fisher 情報はデータの Fisher 情報を超えない。十分統計量なら等しい」という授業で習う定理は、データ処理不等式の2次の項である。この展開と Cramér–Rao の不等式は 第1部第7章 で扱う。
推定量を十分統計量で条件付けて θ~=⟨θ^∣T⟩ とすると平均2乗誤差が下がる、という Rao–Blackwell の定理も同じ構造を持つ。十分性から ⟨θ^∣T⟩ は θ を含まないので推定量として使うことができ、2乗誤差については Jensen の不等式 ⟨(θ^−θ)2∣T⟩≥(⟨θ^∣T⟩−θ)2 が成り立つ。条件付き期待値をとる操作が「T を通さない雑音を平均で消す処理」になっている点が、相対エントロピーの単調性と共通している。
情報理論の授業のデータ処理不等式
情報理論の授業では、データ処理不等式を相互情報量の形 I(X;Z)≤I(X;Y) で述べ、1.4.3節の2つ目の証明(相互情報量の連鎖律 (1.4.15))で示すことが多い。単位はビットで、I(X;Y)=∑p(x,y)log2p(x)p(y)p(x,y) と書く。この章の値を ln2 で割ればビットになる。相対エントロピーの形 D(Wp∥Wq)≤D(p∥q) は、授業では「相対エントロピーの凸性」や「対数和不等式」の応用として演習に回されることが多いが、この巻では逆にこちらを基本に置き、相互情報量の形はその特別な場合として出した(1.4.3節の1つ目の証明)。量子情報でも同じ順番をとる。量子の相互情報量の不等式は量子相対エントロピーの単調性から出す(第3部第3章)。
確率過程の定常分布への収束
確率過程の授業では、有限状態の Markov 連鎖が既約かつ非周期なら pn→π となることを、Perron–Frobenius の定理(W の固有値 1 以外の絶対値が 1 より小さい)で示す。収束の速さは2番目に大きい固有値の絶対値で決まる。この章の H 定理は、収束までは言わない代わりに、どの時刻でも D(pn∥π) が増えないことを、行列の固有値を一切使わずに言う。例題 1.4.5 の 1−a−b=0.7 は2状態の連鎖の2番目の固有値で、D(pn∥π) の減り方 0.72n はこの固有値の2乗で決まる。
例題 1.4.6 正規分布の標本平均は十分 ★★
オリジナルX=(X1,…,Xn) を、分散 σ2 が既知で平均 μ が未知の正規分布 N(μ,σ2) からの独立な標本とする。連続分布の相対エントロピーは確率密度 f,g で D(f∥g)=∫f(x)ln(f(x)/g(x))dx と書く。
- D(N(μ,σ2)∥N(μ′,σ2))=(μ−μ′)2/(2σ2) を示せ。
- 尤度を因子分解し、標本平均 Xˉ=n1∑iXi が十分統計量であることを示せ。
- n 個の標本の相対エントロピーと、Xˉ∼N(μ,σ2/n) の相対エントロピーが等しいことを確かめよ。
- 1つ目の標本 X1 だけを使うと相対エントロピーは何分の1になるか。μ の Fisher 情報 J について式 (1.4.24) を確かめよ。
解答
- lng(x)f(x)=2σ2(x−μ′)2−(x−μ)2=2σ2(μ−μ′)(2x−μ−μ′)。f のもとで ⟨x⟩=μ なので平均は 2σ2(μ−μ′)(μ−μ′)=2σ2(μ−μ′)2。
- ∑i(xi−μ)2=∑i(xi−xˉ)2+n(xˉ−μ)2(交差項は ∑i(xi−xˉ)=0 で消える)なので
L(μ;x)=g(xˉ;μ)exp(−2σ2n(xˉ−μ)2) h(x)(2πσ2)−n/2exp(−2σ2∑i(xi−xˉ)2).
第2因子は μ を含まないので、因子分解定理により Xˉ は十分である。3. 独立な標本の相対エントロピーは和になる(連鎖律)ので n(μ−μ′)2/(2σ2)。Xˉ については (1) の σ2 を σ2/n に替えて(μ−μ′)2/(2σ2/n)=n(μ−μ′)2/(2σ2) で、等しい。4. X1 だけでは (μ−μ′)2/(2σ2) で、1/n になる。D=21Jδ2 と比べると、Fisher 情報は JX=JXˉ=n/σ2、JX1=1/σ2 で、JX1≤JXˉ=JX が成り立つ。
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com