相対エントロピーから情報と物理を組み立てる 第4部 第4章 §4.4.6 ★★ Kelvin の原理・Clausius の不等式・Jarzynski 等式・通信路の相互情報量が、測定のある場合にどう書き換わるか
熱力学の授業では、第二法則を Kelvin の原理「1つの熱浴と接して1周する過程で、系が外にする仕事は正にならない」として習う。式で書けば、1周の過程で
−W≤0(授業の形)⟶−⟨W⟩≤kBTI(X;Y)(この章の形)
である。右側は 1 周で ΔFy=0 とした式 (4.4.15) で、測定が無い(I=0)か、測った結果を使わない(操作が y によらない)なら左側に戻る。授業の形が仮定していたのは「操作が系の状態に依存しない」ことで、この章はその仮定を外したときの形である。
Clausius の不等式は、1つの熱浴(温度 T)について、1周で系が受け取る熱 Q に Q/T≤0 を課す。1周では ΔU=0 なので第一法則 ΔU=Q+W から Q=−W で、
TQ≤0⟶T⟨Q⟩≤kBI(X;Y)
になる。熱浴のエントロピーは平均で kBI(X;Y) だけ減ってよい。
1分子の等温膨張の仕事 kBTln(Vf/Vi) は、N 分子の理想気体の NkBTln(Vf/Vi) の N=1 の場合である。1 mol の気体を等温で体積2倍にすると RTln2(300K で 1729J)が出るが、これを Szilard エンジンで得るには NA ビットの情報が要る。
統計力学の授業や前の章で習う Jarzynski 等式 ⟨e−βW⟩=e−βΔF は、操作の手順を初めに決めておく過程の等式である。フィードバックのある過程では左辺に γ が掛かり(式 (4.4.18))、あるいは指数に −I を足すと 1 に戻る(式 (4.4.17)):
⟨e−β(W−ΔF)⟩=1⟶⟨e−β(W−ΔF)−I⟩=1,⟨e−β(W−ΔF)⟩=γ.
情報理論の授業で習う相互情報量 I(X;Y)=H(X)−H(X∣Y) は、「Y を見たことで X のあいまいさが減った量」である。この章では、同じ量が「測定で取り出せるようになった自由エネルギーを kBT で割ったもの」になる。2値対称通信路の I=ln2−hb(ε) は、誤りのある測定器を使う Szilard エンジンの最大の仕事そのもので(式 (4.4.6))、入力の分布を変えて I を最大にした通信路容量 C=maxpI(X;Y)(第1部第6章)は、仕切りを入れる位置まで選べるときの1回あたりの仕事の上限(kBT 単位)になる(総合問題の (5))。
例題 4.4.6 通常の Jarzynski 等式が成り立たない例 ★★
オリジナル誤りの無い測定器を使う Szilard エンジン(仕切りを分子のいない側の壁まで動かす)を考える。T=300K とする。
- 1回ごとの仕事 W を求め、通常の Jarzynski 等式 ⟨e−βW⟩=e−βΔF の両辺を計算せよ。
- 一般化 Jarzynski 等式 (4.4.17) と、γ の形 (4.4.18) が成り立つことを確かめよ。
- この機械を 1 マイクロ秒に1回まわすと、平均の仕事率はいくらか。
解答
(1) どの回も −βW=ln2 で、揺らぎが無い。左辺は ⟨e−βW⟩=eln2=2、右辺は ΔF=0 なので 1 で、等式は成り立たない。Jensen の不等式から出る ⟨W⟩≥ΔF も、⟨W⟩=−kBTln2<0 で破れている。通常の Jarzynski 等式は、手順が状態によらないこと(式 (4.4.10) の仮定)を使っているので、フィードバックのある過程には当てはまらない。
(2) 誤りの無い測定では p(y∣x)=1(y=x)、p(y)=1/2 なので、どの回も I(x;y)=ln2 である。−βW−I=ln2−ln2=0 で ⟨e−βW−I⟩=1 が成り立つ。逆回しの過程では、仕切りを壁の位置に入れる(分子は確実に y の側)ところから真ん中まで戻して測るので、結果は確率 1 で y である。γ=1+1=2 で、(1) の左辺 2 に一致する。
(3) 1回の仕事は kBTln2=2.87×10−21J なので、仕事率は 2.87×10−21/10−6=2.87×10−15W である。
実験
1粒子の Szilard 型の機械は実験で作られている。微粒子を回転させる系で測定とフィードバックによって自由エネルギーを上げ、一般化 Jarzynski 等式を確かめた実験(S. Toyabe, T. Sagawa, M. Ueda, E. Muneyuki and M. Sano (2010), Nat. Phys. 6, 988)や、単電子箱で Szilard エンジンを作った実験がある。測定値の詳しい読み方は 第4部第7章 で扱う。
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com