相対エントロピーから情報と物理を組み立てる 第5部 第2章 §5.2.6 ★★ 統計力学の Landau 理論の「局所的な秩序変数で見分けられる縮退」と、トーリック符号の「局所的には見分けられない縮退」を同じ D で並べ、トーリック符号を電磁気の Gauss の法則と磁束の格子版として読む
対称性の破れの縮退は局所的に見分けられる
統計力学の授業では、強磁性の Ising 模型
H^Is=−Ji∑ZiZi+1(5.2.17)
の低温相を、磁化 m=⟨Zi⟩ が 0 でない値を取る対称性の破れとして習う。Landau の理論は、自由エネルギーを秩序変数 m で展開し、m=0 の相と m=0 の相を区別する(解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第3部第10章)。2つの基底状態 ∣↑⋯↑⟩ と ∣↓⋯↓⟩ は、ただ1つのサイトの Zi を測るだけで見分けることができる。1サイトに制限した縮約状態は ∣↑⟩⟨↑∣ と ∣↓⟩⟨↓∣ で直交し、
D(ρ^{i}∥σ^{i})=+∞
である。定理 5.2.1 の条件は1サイトの領域ですでに破れている。
この Ising 鎖は、第3部第9章のビット反転符号(繰り返し符号)を N 量子ビットに伸ばしたものの安定化群 ⟨ZiZi+1⟩ を Hamiltonian にしたものである。その論理演算子は Xˉ=∏iXi(重み N)と Zˉ=Z1(重み 1)で、X の誤りに対する距離は N だが、Z の誤りに対する距離は 1 である。横磁場 −λ∑iXi による縮退の分裂は N 次まで現れないが、縦磁場 −λ∑iZi は1次で縮退を解く(例題 5.2.5 の (3))。対称性の破れの縮退が守られるのは、摂動がその対称性(ここでは ∏iXi)を保つときに限られる。トーリック符号の縮退は、X と Z の両方に対して距離が L なので、対称性を仮定せずに守られる。
| 対称性の破れ(Ising 強磁性) | 位相秩序(トーリック符号) |
| 縮退を見分ける量 | 局所的な秩序変数 Zi | 一周する輪 Zˉ1,Xˉ1 |
| 1サイトの D(ρ^A∥σ^A) | +∞ | 0 |
| 符号として | X には距離 N、Z には距離 1 | X にも Z にも距離 L |
| 縮退が守られる摂動 | 対称性 ∏Xi を保つものだけ | すべての局所的な摂動 |
| 縮退の数を決めるもの | 破れた対称性の群 | 空間の形(トーラスで4、種数 g で 4g) |
格子の上の Gauss の法則と磁束
電磁気学の授業で習う静電場と静磁場の法則を、トーリック符号と並べる。辺の Xe を辺に沿った電場の向き(±1)、辺の Ze を辺に沿ったベクトルポテンシャルの位相 eiqAeℓ/ℏ(ℓ は辺の長さ)と読む。すると、頂点に流れ込む電場の和を数える Av は Gauss の法則、面を囲む Z の積 Bp は面を貫く磁束の位相になる:
∇⋅E=ε0ρ ⟷ Av=(−1)Ne(v),exp(ℏiq∮∂pA⋅dl)=eiqΦp/ℏ ⟷ Bp=(−1)Nm(p).(5.2.18)
e は電荷、m は磁束で、e を m の周りに回したときの −1 は Aharonov–Bohm の位相 eiqΦ/ℏ の格子版である。トーリック符号は、場の値が ±1 しか取らない Z2 ゲージ理論の、電荷と磁束が1つも無い状態を基底状態にしたものと読むことができる。
この読み替えで、秩序変数が無い理由がはっきりする。Av は頂点 v のまわりの局所的なゲージ変換で、基底状態はすべての Av で不変である。ゲージ変換で不変でない局所的な量(1本の辺の Ze など)は、基底状態の中で期待値が 0 になり、秩序変数になることができない。これは Elitzur の定理(局所的なゲージ対称性は自発的に破れない)の格子の上の姿である1S. Elitzur (1975), Phys. Rev. D 12, 3978。格子の Z2 ゲージ理論が局所的な秩序変数なしに相転移を持つことは F. J. Wegner (1971), J. Math. Phys. 12, 2259 が先に示した。。ゲージ不変な量は閉じた輪の積(Wilson ループ)で、縮退を区別できるのはトーラスを一周する輪 Zˉ1,Zˉ2 だけである。連続のゲージ理論のゲージ不変性は 解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第2部第8章、バンドのトポロジー(Berry 曲率と Chern 数)は ハミルトニアンの選び方で固体を考える 第5部第5章で扱う。後者は相互作用の無い電子のトポロジーで、この章の位相秩序(多体のもつれのトポロジー)とは別のものだが、どちらも局所的な秩序変数で書けない相を区別する。
例題 5.2.6 Ising 鎖の基底状態を部分系で比べる ★★
オリジナル4サイトの周期的な Ising 鎖 (5.2.17) の基底状態の空間は ∣⇑⟩=∣↑↑↑↑⟩ と ∣⇓⟩=∣↓↓↓↓⟩ が張る。∣±⟩=21(∣⇑⟩±∣⇓⟩) とおく。
- (1) ∣⇑⟩ と ∣+⟩ を1サイトに制限した縮約状態を求め、D を計算せよ。
- (2) ∣+⟩ と ∣−⟩ を1・2・3サイトに制限した縮約状態はどうなるか。
- (3) (1)(2) から、この基底状態の空間が定理 5.2.1 の条件を満たさないことを説明し、トーリック符号との違いを述べよ。
解答
(1) ∣⇑⟩ の1サイトは ∣↑⟩⟨↑∣。∣+⟩ の1サイトは、残りの3サイトの ∣↑↑↑⟩ と ∣↓↓↓⟩ が直交するので 21(∣↑⟩⟨↑∣+∣↓⟩⟨↓∣)=211。D(∣↑⟩⟨↑∣∥211)=Tr[∣↑⟩⟨↑∣(ln∣↑⟩⟨↑∣−ln21)]=ln2。
(2) ∣±⟩ のどちらも、m サイト(m≤3)に制限すると残りの 4−m サイトの ∣↑⋯⟩ と ∣↓⋯⟩ が直交するので、21(∣↑⋯↑⟩⟨↑⋯↑∣+∣↓⋯↓⟩⟨↓⋯↓∣) になり、2つは一致する(D=0)。∣+⟩ と ∣−⟩ を見分けるには4サイト全部の X⊗4 が要る。
(3) 定理の条件はすべての基底状態の組で D=0 を要求する。∣+⟩ と ∣−⟩ の組は満たすが、∣⇑⟩ と ∣+⟩ の組(あるいは ∣⇑⟩ と ∣⇓⟩ の組)は1サイトで D>0 なので、条件は破れる。符号の言葉では、Xˉ=X⊗4 の重みは 4 だが Zˉ=Z1 の重みは 1 で、距離は 1 である。トーリック符号では X 側と Z 側の論理演算子がどちらも長さ L の輪なので、すべての組で小さな領域の D が 0 になる。
1 S. Elitzur (1975), Phys. Rev. D 12, 3978。格子の Z2 ゲージ理論が局所的な秩序変数なしに相転移を持つことは F. J. Wegner (1971), J. Math. Phys. 12, 2259 が先に示した。
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