出てくるもの(3):情報喪失のパラドックスと3つの立場
AI 生成・木下が未勉強
相対エントロピーから情報と物理を組み立てる 第7部 第2章 §7.2.5 ★★★ 純粋状態から混合状態への写像はユニタリでなく、すべての初期状態の組で D を 0 にする。3つの立場は、この結論を導く3つの仮定のどれを捨てるかで分かれる
ユニタリな時間発展は D を保つ
量子力学の閉じた系の時間発展はユニタリ で、 は固有値を変えない。したがって
で(第3部第2章のユニタリ不変性)、純粋状態は純粋状態にしか移らない。一般の量子チャネル は Stinespring 表示(第3部第1章)で( は系から系と環境 への等長写像)と書ける。純粋状態 を入れると は系と の純粋状態で、 は系と の間のエンタングルメント・エントロピーに等しい。純粋状態が混合状態へ移るなら、その混合の分は、どこかの環境 とのもつれの量である。
パラドックスの正確な言い方
次の3つを仮定する。
- (i) ブラックホールは、純粋状態 にある物質の崩壊でできた。
- (ii) 地平面の外の放射は、蒸発の最後の段階を除いて、Hawking の計算 (7.2.12) のとおり内側の相手とのもつれの片側にある。
- (iii) 蒸発し終えた後には放射だけが残り、相手のモードを含む系はどこにも残らない。
(i) と (ii) から、蒸発し終えたときの放射の状態 は の混合状態である。(iii) から、これが全体の状態である。始めの全体の状態 は純粋だったので、始めから終わりへの写像
はユニタリでない。Hawking(1976、Physical Review D 14、2460)はこの結論を、量子力学のユニタリな時間発展が重力の崩壊では成り立たない(予測可能性が破れる)と主張する根拠にした。
この巻の言葉で言い直す。Hawking の計算では、最終状態は質量・角運動量・電荷 だけで決まる。同じ を持つ異なる2つの初期状態 、 は、互いに直交していれば で完全に区別できたのに、最後には
となる。データ処理不等式は D が増えないことを言うだけで、どこまで減ってよいかは言わない。ユニタリな発展は式 (7.2.16) のとおり D を全く減らさない。情報喪失のパラドックスは、「ブラックホールの形成と蒸発という1つの物理過程が、D を保つ写像(量子力学)なのか、すべての組の D を 0 にする写像(Hawking の計算)なのか」という食い違いである。
蒸発の途中でも、ユニタリ性からの制約は既にある。全体が純粋状態でブラックホール(内側の自由度をまとめて B と書く)と放射 R に分かれているなら、第3部第2章の Schmidt 分解から で、B の状態の数が 個だと仮定すれば
が成り立つ。図 7.2.3 の赤い曲線は を過ぎるとこれを破る。ユニタリ性を保つなら、放射のエントロピーはどこかで増加から減少へ転じなければならない。その曲線(Page 曲線)を典型性から求めるのが第7部第3章(第7部第3章、式 (7.3.11))である。
3つの立場
Stinespring 表示で「環境 はどこにあるか」と問うと、3つの立場が並べて読める。
立場1:情報が消える。仮定 (i)〜(iii) をすべて認め、量子力学のユニタリ性のほうを捨てる。 は観測できる宇宙の外にあり(あるいはどこにもなく)、時間発展は密度行列から密度行列への一般の写像(Hawking の$ 行列)になる。Banks、Susskind、Peskin(1984、Nuclear Physics B 244、125)は、この種の非ユニタリな発展を日常の過程にまで広げると、局所性かエネルギー運動量の保存のどちらかが破れることを論じた。
立場2:残骸に残る。仮定 (iii) を捨てる。蒸発の最後に Planck 質量程度の残骸(remnant)が残り、相手のモードをすべて含む。=残骸である。最終的に放射とのもつれ を担うには、残骸は 個以上の内部状態を持つ必要がある。初期の質量 は任意なので、同じ質量の残骸の種類は際限なく多くなり、Giddings(1994、Physical Review D 49、947)が整理したように、通常の過程で残骸の対が際限なく作られるという問題に向き合うことになる。
立場3:放射に出る。仮定 (ii) を、細かいところで捨てる。Hawking の計算は1つ1つのモードの状態や平均の量については正しいが、多数のモードにまたがる細かい相関を取り逃がしている、と考える。 は要らず、蒸発し終えた放射全体は純粋状態に戻る。後から出た放射が、先に出た放射ともつれる形で情報を運ぶ。Mathur(2009、Classical and Quantum Gravity 26、224001)は、1つ1つの対の状態を式 (7.2.12) から少しずらすだけでは放射とブラックホールのもつれが減らないことを、強劣加法性を使って示した。立場3を取るなら、ずれは小さな補正ではすまない。この立場は AdS/CFT 対応(第7部第6章の定理 7.6.2)と、2019 年の島の公式による Page 曲線の導出(第7部第7章の式 (7.7.10))で支持されており、代わりに地平面がなめらかであることとの両立が問われる(第7部第5章の式 (7.5.9) のファイアウォール)。
置き換えのチャネルの Stinespring 表示
入力によらず決まった状態 を出すチャネル (置き換えのチャネル)は、Hawking の写像 (7.2.17) の最も簡単な模型である。環境を2つの系 に取り、 の純粋化( の側が )を用意して、系と を入れ替える(SWAP)ユニタリを掛け、 を捨てれば、どの入力に対しても出力は になる。入力の情報はすべて に移っている。立場1は が観測できないところにあると言い、立場2は が残骸だと言い、立場3はそもそも写像がこの形でないと言う。
例題 7.2.5 放射のエントロピーを残骸にしまうと質量はいくら要るか ★★
オリジナル太陽質量 のブラックホールが蒸発し終えたとき、放射の von Neumann エントロピーは例題 7.2.4 から nat である。立場2のとおり、これと同じ量のもつれを Planck 質量 ・大きさ の残骸に担わせる。1個の残骸がしまえるのは、第7部第1章の Bekenstein 上限から得た式 (7.1.14) により高々 nat とする。
- (1) 残骸は少なくとも何個要るか。
- (2) それらの質量の合計は何 kg か。初めの太陽質量の何倍か。
- (3) この結果から、1個の残骸に情報を残す立場について何が言えるか。
解答
(1) 個数を とすると、しまえるエントロピーは高々 nat なので
(2) なので、質量の合計は
で、初めの太陽質量の 倍になる。
(3) 蒸発の前に全部で しか無かったエネルギーから、その 倍の質量を作ることはできない。Bekenstein 上限を認めるかぎり、残骸は1個でも多数でも、放射とのもつれを担うことができず、立場2はエントロピーの勘定だけでなくエネルギーの帳尻でも成り立たない。立場2を取るには、Bekenstein 上限が Planck の大きさの物体では成り立たないか、残骸の大きさが外から見た大きさよりはるかに大きい(内側に大きな空間を持つ)と考える必要がある。
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