相対エントロピーから情報と物理を組み立てる 第7部 第5章 §7.5.4 ★★★ 仮定1を捨てて I(B;C)=0 にすると、落ちる観測者は1つのモードあたり nˉ(nˉ+2) 個以上の粒子を数える。地平面の近くではそのエネルギーが青方偏移で発散し、ファイアウォールになる
落ちる観測者が数える粒子
AMPS は、3つの仮定の中で仮定1を捨てるのが最も穏当だと論じた。純粋性(仮定3)を保ち、外の場の理論(仮定2)も保つと、定理 7.5.1 から I(B;C)=0、つまり ρ^BC=ρ^B⊗ρ^C になる。このとき落ちる観測者が何を見るかを計算する。
落ちる観測者が「粒子」と数えるのは、Minkowski 真空を消すモードの量子である。第5部第12章の式から、熱場二重状態 (7.5.2) を消す演算子は
d^=1−q2b^−qc^†,[d^,d^†]=1,d^∣ΨBC⟩=0(7.5.11)
である(b^、c^ は B、C の消滅演算子。この形の演算子は Unruh のモードと呼ばれる)。地平面の真空では ⟨d^†d^⟩=0 で、落ちる観測者は粒子を見ない。
命題 7.5.3(積の状態での粒子数 ★★★)
ρ^B が平均の占有数 nˉ の熱状態で、ρ^BC=ρ^B⊗ρ^C(I(B;C)=0)なら、m=⟨c^†c^⟩ とおいて
⟨d^†d^⟩=nˉ(nˉ+m+2)≥nˉ(nˉ+2)(7.5.12)
が成り立つ。等号は C が自分の真空(m=0)にあるとき。ρ^C も同じ熱状態(m=nˉ)なら ⟨d^†d^⟩=2nˉ(nˉ+1) である。
証明
(1−q2)d^†d^=b^†b^−qb^†c^†−qc^b^+q2c^c^†。積の状態では ⟨c^b^⟩=⟨c^⟩⟨b^⟩ で、熱状態は占有数の基底で対角なので ⟨b^⟩=0。交差の項は消え、⟨c^c^†⟩=m+1 から (1−q2)⟨d^†d^⟩=nˉ+q2(m+1)。nˉ=q2/(1−q2) から 1/(1−q2)=nˉ+1、q2(nˉ+1)=nˉ なので
⟨d^†d^⟩=(nˉ+1)nˉ+q2(nˉ+1)(m+1)=nˉ(nˉ+1)+nˉ(m+1)=nˉ(nˉ+m+2).
m≥0 から下界が出る。
この結果の意味はこうである。外の観測者には、B はどちらの場合も同じ熱状態に見える。外の観測だけでは、B が C ともつれているか R ともつれているかは区別できない。区別がつくのは、地平面の両側にまたがる演算子 d^ を測る落ちる観測者で、彼にとって真空だった状態が、もつれを R に移したとたんにモード1個あたり nˉ(nˉ+2) 個以上の粒子を含む状態になる。2つの状態の違いを相対エントロピーで測ると、D(∣ΨBC⟩⟨ΨBC∣∥ρ^B⊗ρ^C)=I(B;C)=2S(B) で、捨てた相関の量がそのまま違いの大きさになる(逆の順の D(ρ^B⊗ρ^C∥∣ΨBC⟩⟨ΨBC∣) は、純粋状態の台に入らないので +∞ である)。
青方偏移とファイアウォール
粒子の数が O(1) でも、それだけでは「壁」にはならない。壁になるのは、その粒子のエネルギーが地平面の近くで大きくなるからである。地平面から固有の距離 ϱ だけ外で止まっている観測者の固有加速度は c2/ϱ で、その観測者にとっての局所的な温度は Unruh 温度
Tloc(ϱ)=2πkBϱℏc(7.5.13)
である(Tolman の関係で遠方の TH と結ばれる。解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第5部第12章)。ν∼0.2 の典型的なモードの量子は、その場所で kBTloc 程度のエネルギーを持つ。ϱ を小さくすると、そこに局在したモードの量子のエネルギーは 1/ϱ で大きくなり、エネルギー密度は (kBTloc)4/(ℏc)3∝ϱ−4 で増える。地平面の真空ではこれらすべてのモードについて ⟨d^†d^⟩=0 が保たれて打ち消しあっているが、Page 時間の後に仮定1を捨てると、地平面のすぐ近くの短い波長のモードまで O(1) 個ずつ粒子が現れ、落ちる観測者は地平面で Planck 程度のエネルギーの量子にぶつかる。これがファイアウォールである。

図 7.5.4 I(B;C)=0 にしたときに落ちる観測者が1つのモードで数える粒子の数(式 (7.5.12))。地平面の真空なら 0(対数の目盛りに乗らない)。振動数の低いモードほど多く、ν=0.2 で約1個
近似の裏付け
型 B(極限) | 小さいもの ϱ/rs→0(地平面からの距離がブラックホールの大きさより十分小さい) | 証明 証明済み(地平面の近くの計量の Taylor 展開。誤差は (ϱ/rs)2 の程度) | 行き先 近似の数理 第7章
近似の裏付け
型 B(極限) | 小さいもの ℓP/rs→0(計量を古典のまま場だけを量子化する外場近似) | 証明 要確認(重力の量子的なゆらぎを無視する。仮定2そのもの) | 行き先 近似の数理 第7章
例題 7.5.4 落ちる観測者が見る粒子とその温度 ★★
オリジナル
- (1) ν=0.2 のモードについて、I(B;C)=0 で C も同じ熱状態のときの ⟨d^†d^⟩ と、C が真空のときの値を求めよ。
- (2) 式 (7.5.11) の d^ が ∣ΨBC⟩ を消すことを、∣ΨBC⟩ の係数 cn=1−q2qn で確かめよ。
- (3) 地平面から ϱ=1fm と ϱ=ℓP=1.616×10−35m の所の局所的な温度 (7.5.13) を求めよ。
解答
(1) nˉ=0.3978。C も熱状態なら 2nˉ(nˉ+1)=2×0.3978×1.3978=1.112、C が真空なら nˉ(nˉ+2)=0.3978×2.3978=0.954。どちらでも落ちる観測者はこのモードに1個程度の粒子を見る。
(2) b^∣ΨBC⟩=∑ncnn∣n−1⟩B∣n⟩C、c^†∣ΨBC⟩=∑mcmm+1∣m⟩B∣m+1⟩C。後者で m=n−1 とおくと ∑ncn−1n∣n−1⟩B∣n⟩C。cn=qcn−1 なので b^∣ΨBC⟩=qc^†∣ΨBC⟩、つまり d^∣ΨBC⟩=0。交換関係は、B と C の演算子が交換することと [c^†,c^]=−1 から [d^,d^†]=([b^,b^†]+q2[c^†,c^])/(1−q2)=(1−q2)/(1−q2)=1。
(3) ℏc/(2πkB)=3.644×10−4Km なので、ϱ=10−15m で Tloc=3.64×1011K(約 31MeV)、ϱ=ℓP で Tloc=2.25×1031K。地平面に近づくほど、捨てた相関の代償は高いエネルギーの量子として現れる。
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com