解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第3部 第2章 §3.2.5 ★★ 高次元の球の体積はほとんど表面の近くにある。そのため殻の厚み ΔE も、殻と球の違いも、エントロピーの O(lnN) の項しか変えない
3つの候補
エントロピーの定義には、殻の体積 W(E)=g(E)ΔE を使うもの(式 (3.2.6))のほかに、球の体積 Φ(E) を使う S=kBlnΦ(E) もある。前の節では、理想気体で後者を使った。2つの定義の違いを理想気体で計算すると、Φ∝E3N/2 から g=23NΦ/E なので
lnW(E)−lnΦ(E)=ln2E3NΔE(3.2.21)
になる。lnΦ は N に比例する大きさ(式 (3.2.14))なのに対し、この差は lnN の程度にすぎない。ΔE/E を 10−10 のように小さく選んでも差は ln10−10≈−23 で、N=1023 の系の lnΦ≈1024 と比べれば無視できる。殻の厚み ΔE の選び方も、同じ理由でエントロピーを変えない。
高次元の体積は表面に集まる
なぜこうなるかは、高次元の球の体積の集まり方から分かる。Φ(E)∝E3N/2 なので、エネルギーが E(1−δ) 以下の部分の体積は全体の (1−δ)3N/2 倍である。3N/2 が大きいと、δ が小さくてもこの割合はほとんど 0 で、体積のほとんどは表面のすぐ内側の薄い殻にある。球の中のほとんどの点は表面の近くにいるので、球の体積と殻の体積は(対数で見て)ほとんど同じ数になる。
例題 3.2.7 高次元の球の体積の集まり方 ★★
オリジナルN 粒子の理想気体で、Φ(E) のうち E(1−δ)<H≤E の部分に入る割合を f(δ) とする。
- (1) f(δ)=1−(1−δ)3N/2 を示せ。
- (2) N=100 で δ=0.01 と δ=0.001 のときの f を求めよ。
- (3) N=6.02×1023 で δ=10−10 のとき、1−f を指数の形で見積もれ。
解答
(1) Φ∝E3N/2 なので Φ(E(1−δ))/Φ(E)=(1−δ)3N/2。その残りが外側の殻の割合である。
(2) 3N/2=150。δ=0.01 で f=1−0.99150=0.779、δ=0.001 で f=1−0.999150=0.139。粒子が100個でも、エネルギーの外側 1% の殻に体積の 78% が入っている。
(3) ln(1−f)=23Nln(1−δ)≈−23Nδ=−9.0×1013 なので 1−f≈exp(−9.0×1013)。外側の相対幅 10−10 の殻の外にある体積は、e−1014 の桁しかない。巨視的な系では、球の体積は全部が表面にあると思ってよい。
温度の定義のずれ
殻で数えるか球で数えるかで、温度の式もわずかにずれる。S=kBlnΦ なら式 (3.2.19) のとおり E=23NkBT で、S=kBln(gΔE) なら g∝E3N/2−1 から E=(23N−1)kBT になる。違いは自由度1つ分のエネルギー kBT で、23NkBT に比べれば 1/N の割合しかない。N が小さい系(数個の粒子)ではこの違いが見えるので、どちらの定義を使ったかを書いておく必要がある。この本では、N が大きい系の式は lnΦ と lnW を区別せずに書く。
Φ は断熱不変量
球の体積 Φ(E) を使う定義には、もう1つの利点がある。自由度1では Φ(E)=2πJ/h で、作用変数 J そのものである。第1部第14章で示したとおり、系のパラメータ(箱の幅、ばね定数)をゆっくり変えると J は変わらない。したがって Φ も S=kBlnΦ も変わらない。熱力学で「ゆっくりした断熱変化ではエントロピーが変わらない」と言うことの、自由度1の版である。多自由度の系でも Φ(E) が断熱不変量になること(P. Hertz の定理)は第3部第5章で扱う。
ここでは結論だけを理想気体に当てはめる。Φ∝VNE3N/2 が一定なら E∝V−2/3 で、ゆっくり圧縮したときの圧力は
P=−(∂V∂E)Φ=3V2E=VNkBT(3.2.22)
になり、前の節の式 (3.2.20) と一致する。壁を動かしたときに粒子からされる仕事として定義した圧力(力学)と、∂S/∂V から定義した圧力(統計)が同じものになっている。1粒子の箱での PV5/3= 一定(第1部第14章)は、この式で N=1 と置いたものにあたる。
近似の裏付け
型 B(極限) | 小さいもの 1/N→0(Stirling の公式の残り 21ln(2πN) と、殻と球の違い ln(3NΔE/2E) を O(N) の項に比べて捨てる) | 証明 条件付き(理想気体では本文の式で確かめた。相互作用のある系で lnΦ/N が N→∞ で極限を持つ条件は要確認) | 行き先 近似の数理 第7章
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com