解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第3部 第9章 §3.9.2 ★★★ Liouville 方程式の1次の解から久保の公式 χBA(t)=β⟨A˙(0)B(t)⟩θ(t) が出る。応答は外力のない平衡の時間相関だけで書ける
1次の Liouville 方程式
時刻 t→−∞ では F=0 で、系はカノニカル分布 ρeq にあったとする。その後に F(t) をかけたときの相空間の密度 ρ(Γ,t) は、Liouville 方程式(第3部第1章)
∂t∂ρ={HF,ρ}={H,ρ}−F(t){A,ρ}(3.9.4)
に従う。ρ=ρeq+δρ と分け、δρ が F の1次の量であるとして Fδρ の項を捨てる。ρeq は H だけの関数なので {H,ρeq}=0 で、残るのは
∂t∂δρ−{H,δρ}=−F(t){A,ρeq}(3.9.5)
である。右辺の Poisson 括弧は、ρeq=e−βH/Z が H を通してしか Γ によらないことから、連鎖律で
{A,ρeq}=dHdρeq{A,H}=−βρeq{A,H}=−βρeqA˙(3.9.6)
となる。最後の等号では、外力のない運動での時間微分が A˙={A,H} であること(第1部第11章)を使った。式 (3.9.5) は δρ について線形で、左辺は「外力のない流れに乗って見た δρ の時間変化」である。実際、軌道 Γ(t)=φt(Γ0) に沿った全微分はdtdδρ(Γ(t),t)=∂tδρ+{δρ,H}=∂tδρ−{H,δρ} である。したがって式 (3.9.5) は「軌道に沿って δρ に βF(t)ρeqA˙ が湧き出す」と読め、時刻 s に湧き出した分は、その後は外力のない流れで運ばれる。t→−∞ で δρ=0 とし、時刻 s の湧き出しを時刻 t まで運んで足し合わせると
δρ(Γ,t)=β∫−∞tdsF(s)ρeq(Γ)A˙(φ−(t−s)(Γ))(3.9.7)
を得る。ρeq は流れで運んでも変わらないので、運ぶ操作は A˙ の引数を時間 t−s だけ巻き戻す形で現れる。
久保の公式
物理量 B の平均のずれは δ⟨B⟩(t)=∫B(Γ)δρ(Γ,t)dΓ である。式 (3.9.7) を入れ、積分変数を Γ=φt−s(Γ′) に取り替える。Liouville の定理から dΓ=dΓ′、ρeq は流れで不変なので ρeq(Γ)=ρeq(Γ′) で、
∫B(Γ)ρeq(Γ)A˙(φ−(t−s)(Γ))dΓ=∫ρeq(Γ′)A˙(Γ′)B(φt−s(Γ′))dΓ′=⟨A˙(0)B(t−s)⟩
となる。こうして
δ⟨B⟩(t)=∫−∞∞dsχBA(t−s)F(s),χBA(t)=β⟨A˙(0)B(t)⟩θ(t)(3.9.8)
を得る。θ(t) は階段関数で、s>t の外力(未来の外力)が現在の応答に入らないこと(因果律)を表す。χBA(t) を応答関数と呼ぶ。
平衡の時間相関は時刻の原点をずらしても変わらない(ρeq が流れで不変だから)。したがって ⟨A(s)B(t)⟩ は t−s だけの関数で、⟨A˙(0)B(t)⟩=∂s⟨A(s)B(t)⟩∣s=0=−∂t⟨A(0)B(t)⟩ と書き直せる。A, B の平均を引いた相関関数
CAB(t):=⟨A(0)B(t)⟩−⟨A⟩⟨B⟩(3.9.9)
を使えば、応答関数は
χBA(t)=−βdtdCAB(t)θ(t) (3.9.10)
となる。これを古典系の久保の公式と呼ぶ(Kubo (1957), J. Phys. Soc. Jpn. 12, 570 は量子系で一般の形を与えた。量子版は 3.9.6節)。外力をかけた後の運動を一度も解かずに、外力のない平衡の揺らぎの時間相関だけで応答が書けたことが要点である。
久保の公式の読み方
式 (3.9.10) の左辺は「外から押したときの応え方」、右辺は「押さないときに自然に起きている揺らぎが、時間とともにどう相関を失っていくか」である。左辺を求めるには本来、外力のある運動方程式を解く必要がある。右辺は平衡の性質だけで決まる。2つが等しくなるのは、外力が Hamiltonian の項 −FA として入り、カノニカル分布の Poisson 括弧が式 (3.9.6) の形 −βρeqA˙ になるからである。ρeq がカノニカル分布でなければ、この関係は成り立たない。
揺らぎの回帰
久保の公式からすぐに出る結果を1つ挙げる。時刻 t<0 のあいだ一定の力 F0 をかけ続け、時刻 0 で外す。t>0 の応答は式 (3.9.8) から
δ⟨B⟩(t)=F0∫−∞0χBA(t−s)ds=−βF0∫−∞0C˙AB(t−s)ds=βF0[CAB(t)−CAB(∞)]
で(積分変数を u=t−s に取り替えた)、相関が十分長い時間で消える系(CAB(∞)=0)では
δ⟨B⟩(t)=βF0CAB(t)(t>0)(3.9.11)
となる。t=0 では βF0CAB(0) で、これは静的な感受率 (3.9.3) による初めのずれである。その後のずれは、平衡の揺らぎの相関 CAB(t) と同じ形で 0 に戻る。外から作ったずれが戻っていく様子と、自然に起きた揺らぎが消えていく様子が同じである、という主張を Onsager の回帰仮説と呼ぶ(Onsager (1931), Phys. Rev. 37, 405)。Onsager は仮説として置いたが、外力が Hamiltonian の項であり初めの分布が HF のカノニカル分布である限り、式 (3.9.11) は線形の範囲の定理になっている。
静的な感受率が2つある
F をゆっくりかけた極限の応答は ∫0∞χBA(t)dt=β[CAB(0)−CAB(∞)] である。CAB(∞)=0 ならこれは等温の感受率 (3.9.3) に一致する。しかし A が保存量と相関を持つ系(例えば A=H そのもの)では、時間がたっても相関が残り CAB(∞)=0 となって、2つの感受率は一致しない。孤立した系を外力で押しても、エネルギーを外へ逃がす相手がいないので、温度を保ったまま押したときと同じ状態には行かないからである。等温の感受率を得るには、系が熱浴とつながっていて相関が消える必要がある。この区別は3.9.4節で熱浴を Hamiltonian に含めることで解消する。
近似の裏付け
型 B(極限) | 小さいもの 外力の強さ F→0(βFΔA が小さい。ΔA は A の揺らぎの幅) | 証明 要確認(有限の時間では F の1次の打ち切りは正則摂動として正当化できる。巨視的な時間にわたる打ち切りには van Kampen (1971), Phys. Norv. 5, 279 の批判があり、どの条件で正しいかの一般論は確かめられていない) | 行き先 近似の数理 第7章
例題 3.9.2 調和振動子の応答関数と回帰 ★★
オリジナル調和振動子 H=p2/(2m)+mω02q2/2 に力 F(t) をかける(A=B=q)。
- (1) 外力のない運動 q(t)=qcosω0t+mω0psinω0t を使い、カノニカル分布で Cqq(t)=⟨q(0)q(t)⟩ を求めよ。
- (2) 久保の公式 (3.9.10) から χqq(t) を求め、それが運動方程式 mq¨+mω02q=F(t) の Green 関数(F=δ(t) への応答)に一致することを確かめよ。
- (3) 時刻 t<0 で一定の力 F0 をかけ、t=0 で外す。式 (3.9.11) の形で t>0 の ⟨q⟩(t) を求め、力学の計算と比べよ。
解答
(1) ⟨q(0)q(t)⟩=⟨q2⟩cosω0t+⟨qp⟩sinω0t/(mω0)。カノニカル分布は q と p について独立な正規分布で ⟨qp⟩=0、⟨q2⟩=kBT/(mω02) なので Cqq(t)=mω02kBTcosω0t。
(2) χqq(t)=−βC˙qq(t)θ(t)=mω0sinω0tθ(t)。温度が消えたことに注意する。一方、F=δ(t) を与えると時刻 0 に運動量が 1 だけ増え、その後は自由振動するので、t>0 の解は q(0+)=0, q˙(0+)=1/m の解 sin(ω0t)/(mω0) である。2つは一致する。運動方程式が線形の系では、久保の公式は力学の Green 関数を厳密に再現する。
(3) ⟨q⟩(t)=βF0Cqq(t)=mω02F0cosω0t。力学では、t<0 で一定の力がかかった平衡では q の平均が F0/(mω02) だけずれ、平均の速度は 0 である。力を外すとこの位置から静かに放したのと同じなので、平均は mω02F0cosω0t で振動し続ける。2つは一致する。この系は摩擦がないので Cqq(t) は消えず、回帰は振動になる。ずれが 0 に戻るには、エネルギーを受け取る相手(3.9.4節の熱浴)が要る。
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