解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第3部 第9章 §3.9.4 ★★★ 時間反転について対称な Hamiltonian でも、注目する座標に無数の振動子をつないで消去すると、摩擦と雑音が対になって現れる。雑音の強さは摩擦と温度で決まる(揺動散逸の第2種)
作用原理に摩擦が入らない理由
3.9.3節の Langevin 方程式 (3.9.16) の摩擦 −mγq˙ は、Lagrangian L(q,q˙) の Euler–Lagrange 方程式としては書けない。時間に陽によらない L から出る運動方程式は時間反転 t→−t で不変で、エネルギーを保存する(第1部第10章 の時間並進の Noether の定理)。摩擦は時間反転で符号を変え、エネルギーを減らすので、この枠に入らない。第2部第9章でも、抵抗と放射の反作用が時間対称な作用に入らないことを見た(第2部第9章)。では摩擦は解析力学の外の現象なのか。そうではなく、摩擦は Hamilton 系の一部分だけを見たときに現れる。その仕組みは、次の模型で具体的に計算することができる。
振動子の熱浴
注目する座標 Q(質量 M、ポテンシャル V(Q))に、N 個の調和振動子 xk(質量 mk、角振動数 ωk)をつなぐ。Hamiltonian を
H=2MP2+V(Q)+k=1∑N[2mkpk2+2mkωk2(xk−mkωk2ckQ)2](3.9.19)
と選ぶ。ck は結合の強さである。2乗の中に Q を入れた形にしたのは、振動子が Q に引きずられたときに Q のポテンシャルの形が変わらないようにするためで、展開すると ∑k(−ckxkQ) という線形の結合と、Q2 の補正項が出る。この H は時刻を含まず、pk→−pk, P→−P で不変である。この模型は Zwanzig (1973), J. Stat. Phys. 9, 215 と Caldeira and Leggett (1983), Ann. Phys. 149, 374 が散逸の研究に使った。
振動子の運動方程式 mkx¨k=−mkωk2xk+ckQ(t) は、Q(t) を与えられた関数とみなせば線形で、解は
xk(t)=xk(0)cosωkt+mkωkpk(0)sinωkt+mkωkck∫0tsinωk(t−s)Q(s)ds
である。積分を部分積分して Q を Q˙ に直し、Q の運動方程式 MQ¨=−V′(Q)+∑kck(xk−ckQ/(mkωk2)) に代入すると、Q(t) に比例する項は打ち消し合い
MQ¨=−V′(Q)−∫0tK(t−s)Q˙(s)ds+ξ(t),K(t)=k∑mkωk2ck2cosωkt(3.9.20)
を得る(検算スクリプトで、振動子の解の形と、この打ち消しを確かめた)。ここで
ξ(t)=k∑ck[(xk(0)−mkωk2ckQ(0))cosωkt+mkωkpk(0)sinωkt](3.9.21)
は振動子の初期値だけで決まる力である。式 (3.9.20) を一般化 Langevin 方程式、K(t) を記憶核と呼ぶ。近似はまだ1つも使っていない。
雑音の相関は記憶核で決まる
振動子の初期値は分からないので、Q(0), P(0) を固定したときのカノニカル分布で平均する。式 (3.9.19) の振動子の部分は xk−ckQ(0)/(mkωk2) と pk について独立な正規分布で、⟨(xk−ckQ/(mkωk2))2⟩=kBT/(mkωk2), ⟨pk2⟩=mkkBT である。したがって ⟨ξ(t)⟩=0 で、
⟨ξ(t)ξ(s)⟩=k∑ck2[mkωk2kBTcosωktcosωks+mkωk2kBTsinωktsinωks]=kBTK(t−s)(3.9.22)
を得る。摩擦を表す記憶核 K と、雑音の相関が同じ関数になった。式 (3.9.22) を揺動散逸定理の第2種と呼び、3.9.3節の式 (3.9.15)(第1種)と区別する。摩擦と雑音は同じ振動子から出ているので、片方だけを持つ系を作ることはできない。
振動子が無数にあると記憶が消える
振動子の分布をスペクトル密度 J(ω)=2π∑kmkωkck2δ(ω−ωk) でまとめると K(t)=π2∫0∞ωJ(ω)cosωtdω である。振動子が連続に分布し、遮断周波数 ωc までのあいだ J(ω)=Mγω(Ohm 型と呼ぶ)であるとすると、K(t)=π2Mγtsinωct で、ωc→∞ の極限では K(t)→2Mγδ(t) となる。式 (3.9.20) の積分は t=s の端でデルタ関数の半分を拾うので
MQ¨=−V′(Q)−MγQ˙+ξ(t),⟨ξ(t)ξ(s)⟩=2MγkBTδ(t−s)(3.9.23)
となり、式 (3.9.16) の Langevin 方程式が出る。摩擦の係数と雑音の強さの比が kBT に固定されていることが、熱浴を Hamiltonian に含めた結果である。
振動子が有限個のとき、H は時間反転について対称で、エネルギーは Q と振動子のあいだを行き来するだけである。図 3.9.3 は、等間隔 Δω に並んだ N=40 個の振動子で作った記憶核である。K(t) は t≈0 に幅 1/ωc 程度の山を持ち、その後は小さく揺れるが、時刻 2π/Δω で全部の cosωkt がそろって 1 に戻り、山が完全に再現する。このとき振動子に逃げたエネルギーが Q に戻ってくる。再帰までの時間 2π/Δω は振動子の数を増やして Δω→0 とすると無限に延びる。摩擦(エネルギーが戻ってこないこと)は、観測する時間が再帰の時間より短いという条件の下でだけ成り立つ性質で、第3部第1章で見た Poincaré の再帰(第3部第1章)と同じ構造を持っている。

図 3.9.3 等間隔の振動数 ωk=kΔω(k=1,…,40、ωc=40Δω=10。時間の単位は ωc=10 となるようにとった)に Ohm 型の重みを置いて作った記憶核 K(t)。t≈0 の山が摩擦にあたる。t=2π/Δω≈25.1 で山が完全に戻る。振動子が有限個なので、この曲線は近似でなく厳密である。
近似の裏付け
型 B(極限) | 小さいもの 熱浴の相関時間 1/ωc と系の時間 1/ω0 の比 ω0/ωc→0、および振動子の間隔 Δω→0(再帰時間 →∞) | 証明 条件付き(振動子が連続に分布し Ohm 型のスペクトル密度を持つこと。その前提の下では一般化 Langevin 方程式は厳密で、残る近似は ωc→∞ の極限だけ) | 行き先 近似の数理 第14章
Einstein の関係
ポテンシャルのない粒子(V=0)の Langevin 方程式 (3.9.23) を考える。平衡の速度の相関は ⟨v(0)v(t)⟩=MkBTe−γ∣t∣ である。長い時間の後の変位の2乗平均は ⟨ΔQ2⟩≈2Dt で、拡散係数は
D=∫0∞⟨v(0)v(t)⟩dt=MγkBT(3.9.24)
である(速度の相関の積分で輸送係数を書く式を Green–Kubo の公式と呼ぶ)。一方、一定の力 F をかけたときの終端速度は vd=F/(Mγ) で、これは久保の公式で A=Q, B=v とおいた∫0∞χvQ(t)dt=β∫0∞⟨v(0)v(t)⟩dt と同じである。2つを並べると
D=kBT×Fvd(3.9.25)
で、拡散(揺らぎ)と移動のしやすさ(応答)の比が温度で決まる。これが Einstein の関係である(Einstein (1905), Ann. Phys. (Leipzig) 17, 549)。
例題 3.9.4 水中の微粒子の拡散 ★★
オリジナル半径 a=0.5μm の球が、粘性率 η=1.0×10−3Pas の水の中で温度 300K にある。水が球に及ぼす抵抗を Stokes の式 ζ=6πηa(ζ=Mγ)で表す。
- (1) ζ と拡散係数 D を求めよ。
- (2) 1 秒間の変位(1方向)の2乗平均の平方根を求めよ。
- (3) 有限個の振動子の熱浴で、再帰時間が 1 秒より長くなるには、振動子の振動数の間隔 Δω をどれだけ小さくすればよいか。
解答
(1) ζ=6π×1.0×10−3×0.5×10−6=9.42×10−9kgs−1、D=kBT/ζ=1.381×10−23×300/(9.42×10−9)=4.40×10−13m2s−1。
(2) t≫1/γ では ⟨ΔQ2⟩=2Dt なので 2×4.40×10−13×1=9.4×10−7m=0.94μm。粒子の大きさと同じ程度に1秒で動き、光学顕微鏡で見える。(球の密度を 2×103kgm−3 とすると M=1.0×10−15kg 程度で、1/γ=M/ζ≈10−7s なので 1s≫1/γ は満たされる。)
(3) 再帰時間 2π/Δω>1s から Δω<2πs−1。実際の水は 1023 個程度の自由度を持ち、振動数の間隔は観測できる時間に比べて桁違いに細かいので、再帰は観測にかからない。有限個の振動子の熱浴で摩擦を再現するには、少なくとも観測したい時間の長さの逆数より細かく振動数を並べる必要がある。
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