解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第5部 第5章 §5.5.3 ★★★ Dirac 場の Hamiltonian は ∑E(b†b−dd†) の形になり、交換関係では下に有界でなく、反交換関係で初めて陽電子が正のエネルギーを持つ
第5部第4章の最後で、Klein–Gordon 場の負の振動数の係数を反粒子の生成演算子と読むと、エネルギーが正、電荷が粒子数の差になることを見た。Dirac 場でも同じ読み方をするが、ここでは交換関係が使えず、反交換関係が必要になる。この節では Aμ=0 として自由な Dirac 場を量子化する。相互作用は5.5.4節で戻す。
正準運動量と Hamiltonian
式 (5.5.1) を時間微分と空間微分に分けると、γ0γ0=1, γ0γj=αj から
LD=iψ†∂tψ−ψ†hψ,h:=−iα⋅∇+βm(5.5.10)
である。ψ に共役な運動量は πψ=∂L/∂(∂tψ)=iψ† で、Hamiltonian 密度はH=πψ∂tψ−LD=ψ†hψ になる。LD が ∂tψ の1次式なので、第1部第7章の Legendre 変換で速度を消す段は無く、ψ と ψ† がそのまま正準変数の組になる。
体積 V の箱の中で、平面波で展開する。第5部第4章の正の振動数のスピノル us(p)(h(p)us=Epus)に加えて、e+ip⋅x=ei(Ept−p⋅x) を掛ける負の振動数のスピノル
vs(p)=(σ⋅pχs/Ep+mEp+mχs),h(−p)vs(p)=−Epvs(p)(5.5.11)
を使う(h(k):=α⋅k+βm、χs は2成分の正規直交なスピノル、Ep=p2+m2)。us†us′=vs†vs′=2Epδss′ と us(p)†vs′(−p)=0 が成り立つ。場を
ψ(x)=p,s∑2EpV1(bpsus(p)e−ip⋅x+dps†vs(p)eip⋅x)(5.5.12)
と書き、H=∫ψ†hψd3x と電荷 Q=q∫ψ†ψd3x に入れる。箱の上で積分すると運動量の等しい項だけが残り、h は b の項に +Ep、d† の項に −Ep を掛け、u と v の交差項は直交性で消える。その結果
H=p,s∑Ep(bps†bps−dpsdps†),Q=qp,s∑(bps†bps+dpsdps†)(5.5.13)
になる。ここまでは演算子の順序を入れ替えていないので、交換関係でも反交換関係でも同じ式である。
交換関係では下に有界でない
d に Bose の交換関係 [d,d†]=1 を課すと、−dd†=−d†d−1 なので H=∑E(b†b−d†d−1) になる。d† で作った粒子を1つ足すごとにエネルギーが Ep ずつ下がり、エネルギーに下限が無い。第5部第4章の Dirac の海が1粒子の理論で抱えていた問題が、場の理論で交換関係を使うとそのまま残る。
反交換関係で正になる
反交換関係
{bps,bp′s′†}+={dps,dp′s′†}+=δpp′δss′,ほかの反交換子は 0(5.5.14)
を課すと、−dd†=d†d−1 なので
H=p,s∑Ep(bps†bps+dps†dps)−p,s∑Ep,Q=qp,s∑(bps†bps−dps†dps)+qp,s∑1(5.5.15)
となる。定数の項は真空のエネルギーと電荷で、正規順序(消滅演算子を右に寄せ、そのとき反交換子なら符号を変える)で取り除く。残った式では b の粒子も d の粒子もエネルギー Ep>0 を持ち、電荷は b の粒子が q、d の粒子が −q である。電子(q=−e)なら d の粒子は電荷 +e の陽電子になる。真空のエネルギーの定数 −∑Ep は、第5部第3章の Bose 場の零点エネルギー +∑21ω と逆の符号を持つ。
反交換関係 (5.5.14) から (bps†)2=21{bps†,bps†}+=0 で、同じ状態に2つの粒子を入れることはできない。Pauli の排他原理が、エネルギーを下に有界にする要請から出てきた。場の演算子でいえば {ψa(x),ψb†(y)}+=δabδ(3)(x−y) で、Poisson 括弧の i 倍を交換子に置き換える第4部第1章の規則とは別の規則を課したことになる。整数スピンの場には交換関係、半整数スピンの場には反交換関係を課さなければ、エネルギーの正値性か局所性のどちらかが成り立たない。これがスピンと統計の定理である1W. Pauli (1940), Physical Review 58, 716–722.。その証明はこの章の範囲を超えるので、結果だけ引く。古典の Dirac 場が実験室で観測されない(電子の古典的な場の振幅が巨視的に積み上がらない)ことも、排他原理の帰結である。
例題 5.5.3 1つのモードの電子と陽電子 ★★★
オリジナル運動量とスピンを1つに固定し、b と d の2つのモードだけを残す。H=E(b†b−dd†)、Q=q(b†b+dd†)(式 (5.5.13))とする。
- (1) 反交換関係のもとで、状態 ∣0⟩, b†∣0⟩, d†∣0⟩, b†d†∣0⟩ の H と Q の値を求めよ(b∣0⟩=d∣0⟩=0)。
- (2) 正規順序をとった H′=E(b†b+d†d), Q′=q(b†b−d†d) で同じ表を作り、(1) との差を述べよ。
- (3) 交換関係を課した場合、状態 (d†)n∣0⟩ の H の値を求めよ。
解答
(1) 数演算子 nb=b†b, nd=d†d は反交換関係のもとで固有値 0,1 をとり、dd†=1−nd なので H=E(nb+nd−1), Q=q(nb−nd+1)。
| 状態 | (nb,nd) | H | Q |
| ∣0⟩ | (0,0) | −E | q |
| b†∣0⟩ | (1,0) | 0 | 2q |
| d†∣0⟩ | (0,1) | 0 | 0 |
| b†d†∣0⟩ | (1,1) | E | q |
(2) H′=E(nb+nd), Q′=q(nb−nd) で、値は順に (0,0), (E,q), (E,−q), (2E,0)。(1) との差は、すべての状態で H が E、Q が q だけずれていることで、状態の間の差は変わらない。正規順序は真空の値を 0 にそろえる定数の付け替えである。b†d†∣0⟩ は電荷 0・エネルギー 2E の「粒子と反粒子が1つずつある」状態になる。
(3) 交換関係では −dd†=−nd−1 で、nd は 0,1,2,… をとる。(d†)n∣0⟩ は nb=0, nd=n の状態なので H=−(n+1)E。n を大きくするといくらでも下がる。4つの状態で閉じた (1) と違い、状態空間も無限に大きい。
1 W. Pauli (1940), Physical Review 58, 716–722.
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com