1925 年の夏と秋:行列力学
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量子力学の様々な構成方法 第1部 第4章 §1.4.2 ★★ 観測量の表から出発し、積の規則と交換関係にたどり着くまで。4か月で4本の論文が行列力学の骨格を作った
Heisenberg の読み替え(1925 年 7 月)
W. Heisenberg の論文「運動学と力学の関係の量子論的な読み替えについて」は 1925 年 7 月 29 日に Zeitschrift für Physik に受け付けられた1W. Heisenberg (1925), Zeitschrift für Physik 33, 879–893(1925 年 7 月 29 日受付)。下の脚注へ。Heisenberg は、電子の軌道は観測できない量なので理論に入れず、観測にかかる振動数 と、その光の強さを決める振幅 だけで理論を組むと宣言した。古典の Fourier 級数 の項を、2つの添字を持つ表
に読み替える。2つの表の積は、振動数の結合則 が成り立つように と決めた。この積は一般に順序によって違う。量子条件には、作用変数の条件 (1.4.2) を で微分して差に読み替えた総和則を使い、非調和振動子を摂動の1次まで解いた。調和振動子では、量子条件から準位が になり、零点エネルギーが自然に現れた。読み替えの手順は、Heisenberg の議論をこの巻の記号で組み立て直した第2部第1章に詳しい。
Born と Jordan、Dirac(1925 年 9〜11 月)
M. Born は Heisenberg の積の規則が行列の積であることに気づき、P. Jordan と書いた論文「量子力学について」(1925 年 9 月 27 日受付)で、Heisenberg の量子条件を対角成分に含む行列の関係
を立て、非対角成分も であることを運動方程式から示した2M. Born and P. Jordan (1925), Zeitschrift für Physik 34, 858–888(1925 年 9 月 27 日受付)。下の脚注へ。同じ論文で、運動方程式を行列の Hamilton 方程式として書き、エネルギーの行列が対角で時間によらないことを示した。Born・Heisenberg・Jordan の3人の論文(1925 年 11 月 16 日受付)は、これを多自由度・摂動論・角運動量へ広げた3M. Born, W. Heisenberg and P. Jordan (1926), Zeitschrift für Physik 35, 557–615(1925 年 11 月 16 日受付)。下の脚注へ。
これと独立に、P. A. M. Dirac は Heisenberg の論文の校正刷りを読み、2つの量子的な量の交換子が古典の Poisson 括弧に対応するという規則
を立てた4P. A. M. Dirac (1925), Proceedings of the Royal Society of London A 109, 642–653(1925 年 11 月 7 日受付)。下の脚注へ。 を入れると (1.4.4) が出る。Born と Jordan が行列の計算から交換関係にたどり着いたのに対し、Dirac は解析力学の構造から同じ式にたどり着いた。この対応が正準量子化の処方の出発点になる(解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第4部第1章・第2部第2章)。
1926 年 1 月 17 日には W. Pauli が、Lenz ベクトルの保存を行列で書き直して水素原子のスペクトルを行列力学だけで導いた5W. Pauli (1926), Zeitschrift für Physik 36, 336–363(1926 年 1 月 17 日受付)。下の脚注へ。Schrödinger の最初の論文が受け付けられる10 日前である。行列力学は、水素という古い量子論の最大の成功例を、軌道を使わずに取り戻していた。
行列力学に無かったもの
行列力学の基本の対象は物理量の行列で、「状態」を表す対象を持たなかった。系がどの状態にあるかは、行列の対角成分の添字 で指すだけである。そのため、周期運動の準位と遷移は扱えても、散乱のような周期的でない運動や、準位の重ね合わせの時間変化を書く手段が乏しかった。連続スペクトルの扱いも定まっていなかった。1925 年 12 月に C. Lanczos は行列の固有値問題を積分方程式に書き直せることを指摘し6C. Lanczos (1926), Zeitschrift für Physik 35, 812–830(1925 年 12 月 22 日受付)。下の脚注へ、1926 年 1 月には Born と N. Wiener が行列の代わりに演算子を使う形を出した7M. Born and N. Wiener (1926), Zeitschrift für Physik 36, 174–187(1926 年 1 月 5 日受付)。下の脚注へ。どちらも、行列の外側に「行列が作用する空間」を置く方向を指していたが、その空間が何であるかはまだ決まっていなかった。
行列力学の要請(1925 年 11 月の形)
(M1) 物理量は行列(添字は定常状態の番号)。(M2) 積は行列の積。(M3) 交換関係 。(M4) 運動方程式は で、 を対角にする添字が準位を与える。状態は要請に入っていない。
例題 1.4.3 有限の行列で切ると、交換関係は最後の行だけ壊れる ★★
オリジナル調和振動子の Born–Jordan の行列(長さの単位 )は、 を持つ行列 を使って、 と書ける。これを で切った行列(添字 )を考える。
- (1) 切った行列で を計算せよ。
- (2) 切った行列で を計算し、対角成分を正しい準位と比べよ。
- (3) 有限の行列では (1.4.4) が決して成り立たないことを、トレースで示せ。
解答
(1) 。、(ただし では、 が切り捨てられているので )だから
(2) と に出る と の項は打ち消し合い、 が残る。よって は対角で、()、最後だけ である。切った所から遠い準位は正しく、切り口の1行だけが壊れる。 なら対角は 。
(3) 有限の行列では なので 。一方 。(1) の結果は、壊れた最後の成分 がちょうどトレースを に戻していることを示している。交換関係 (1.4.4) を満たすには行列が無限次でなければならない。Born と Jordan の行列が最初から無限の表だったのはこのためで、無限の表をどう扱うかが、後で 1.4.5 節のヒルベルト空間の問題になる(無限次元でも少なくとも一方は非有界になることは第1部第2章の Wielandt の議論)。
1 W. Heisenberg (1925), Zeitschrift für Physik 33, 879–893(1925 年 7 月 29 日受付)。
2 M. Born and P. Jordan (1925), Zeitschrift für Physik 34, 858–888(1925 年 9 月 27 日受付)。
3 M. Born, W. Heisenberg and P. Jordan (1926), Zeitschrift für Physik 35, 557–615(1925 年 11 月 16 日受付)。
4 P. A. M. Dirac (1925), Proceedings of the Royal Society of London A 109, 642–653(1925 年 11 月 7 日受付)。
5 W. Pauli (1926), Zeitschrift für Physik 36, 336–363(1926 年 1 月 17 日受付)。
6 C. Lanczos (1926), Zeitschrift für Physik 35, 812–830(1925 年 12 月 22 日受付)。
7 M. Born and N. Wiener (1926), Zeitschrift für Physik 36, 174–187(1926 年 1 月 5 日受付)。
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