1925 年の手前:古い量子論の処方と、その行き詰まり
AI 生成・木下が未勉強
量子力学の様々な構成方法 第1部 第4章 §1.4.1 ★ 古い量子論は軌道を残したまま作用に整数条件を課した。何が合い、何が合わなかったかが、行列力学の出発点を決めた
この巻は、量子力学の構成を比べるための基準として、第1部第2章で状態ベクトルと演算子の公理 Q1〜Q6 を置いた。この基準は最初からあったわけではない。1925 年の夏に Heisenberg が観測量の表から行列力学を始め、半年後の 1926 年の冬に Schrödinger が固有値問題から波動力学を始めた。2つは出発点の要請も基本の対象も違い、作った人たちも別の理論だと考えていた。両者が同じ予言を与えることを Schrödinger 自身が 1926 年 3 月に示し、von Neumann がヒルベルト空間の言葉で 1927 年に組み直し、1932 年の本で今の教科書の公理の形にまとめた。この7年間は、この巻の主題である「別々の構成が同値になる」という出来事が初めて起きた例であり、同値を示すのに何が要るかが最も分かりやすく見える例でもある。
部の型(出発点の要請 → 基本の対象 → 基準との同値 → 共通例題 → 得意な問題 → 限界)で言えば、この章は第1部の締めくくりとして、基準そのものの「出発点の要請」がどこから来たかを歴史の側から受け持つ。1.4.1 節は 1925 年の手前の古い量子論を、1.4.2 節は行列力学の誕生を、1.4.3 節は波動力学の誕生を扱う。1.4.4 節で Schrödinger の同値の証明を式で再現し、それが片方の向きしか示していなかったことを確かめる。1.4.5 節は確率解釈・変換理論・ヒルベルト空間による統合を、1.4.6 節は橋の節として、2つの理論を基準の中で並べ直して同値を両向きに証明する。共通例題①(調和振動子)は、この7年間に行列力学・波動力学の両方で最初に解かれた問題なので、各節の例題でくり返し使う。
年と書誌はすべて原論文の書誌(雑誌・巻・頁)で確かめ、投稿日(受付日)は原論文の記載か、それを引く二次文献から取った。受付日を書くのは、この時期の論文が数週間おきに出ていて、誰が何をいつ知っていたかが受付日でしか決まらないからである。第1部第1章の構成の一覧表に出てくる年も、1.4.6 節の表 1.4.2 でまとめて書誌と照らした。
Bohr の定常状態と Sommerfeld の量子条件
N. Bohr は 1913 年の論文1N. Bohr (1913), Philosophical Magazine 26, 1–25.下の脚注へで、水素原子の電子が古典力学の軌道のうちとびとびのものだけを取り、その間を飛び移るときにだけ光を出すと仮定した。出す光の角振動数は、2つの定常状態のエネルギーの差で決まる。
これを Bohr の振動数条件と呼ぶ。古典の電子は軌道を回る角振動数とその整数倍の光を出すはずなので、(1.4.1) は古典電磁気学と真っ向から食い違う。それでも Bohr はこれを要請として置き、水素のスペクトルの Rydberg 定数を電子の質量と電荷から計算してみせた。
A. Sommerfeld は 1916 年に、この「とびとびの軌道」を選ぶ規則を、作用変数の整数条件に一般化した2A. Sommerfeld (1916), Annalen der Physik 51, 1–94.下の脚注へ。この巻の記法(作用角変数の流儀は記法の正本どおり Landau–Lifshitz 流)で書くと、周期運動の各自由度について
である。作用角変数の一般論と、Hamiltonian を の関数 に書けることは解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第1部第14章にある。調和振動子では なので、(1.4.2) から が出る。準位の間隔 は正しいが、今の量子力学の と比べると、零点エネルギー が欠けている。
合ったものと、合わなかったもの
古い量子論は、水素の Balmer 系列・Sommerfeld の微細構造・Stark 効果の一部を説明した。他方で、ヘリウムのような2電子の原子の準位、弱い磁場での異常 Zeeman 効果、スペクトル線の強さ(遷移確率)は、どう量子条件を工夫しても合わなかった。さらに、分子の振動の帯スペクトルを詳しく調べると、振動の量子数を でなく と数えないと同位体による帯のずれが合わないことを R. S. Mulliken が示した3R. S. Mulliken (1925), “The isotope effect in band spectra, II: The spectrum of boron monoxide”, Physical Review 25, 259–294(同位体効果の一般論は同じ題の Part I、同誌 25, 119–138)。同じ分子の帯スペクトルが BN でなく BO によることを論じた手紙は R. S. Mulliken (1924), Nature 114, 349–350。下の脚注へ。これは (1.4.2) の整数を半整数に取り替えること、つまり零点エネルギーがあることを実験の側から求めていた(例題 1.4.2)。
これらの行き詰まりに共通するのは、軌道 を確定したものとして残したまま、その軌道に後から整数条件を課したことである。(1.4.1) が示すように、観測にかかるのは軌道の振動数でなく準位の差の振動数 であり、2つの添字 を持つ。古典の軌道の Fourier 級数は添字を1つ(高調波の番号 )しか持たない。添字が1つの量から添字が2つの量へ移ることが、次の節の行列力学の出発点になった。
例題 1.4.1 Bohr の模型の数値と、量子条件が調和振動子に与える準位 ★
オリジナル
- (1) 水素の電子が半径 の円軌道を回り、角運動量が を満たすとする(円軌道では (1.4.2) と同じ条件)。エネルギー と、Rydberg 定数 を電子の質量 ・電荷 ・・・ で書き、数値を求めよ。
- (2) 原子核の運動を換算質量 で取り入れ、 の線(H)の真空中の波長を求めよ。
- (3) 調和振動子 で を計算し、(1.4.2) が与える準位を書け。
解答
(1) 円運動の向心力の式 と から を消すと、 を得る。エネルギーは運動エネルギーと位置エネルギーの和で、向心力の式から運動エネルギーは位置エネルギーの 倍なので
数値は 、 である。
(2) 換算質量にすると で、 から (真空中)。分光の表に載る H の真空波長と5桁まで合う。
(3) エネルギー の軌道は ()の間を往復する。 を1往復で積分すると、相平面で半軸 と の楕円の面積になり 。よって で、(1.4.2) から 。正しい準位 と比べると、間隔は合うが全体が だけ下にずれている。
例題 1.4.2 同位体による帯のずれで零点エネルギーを見る ★★
オリジナル2原子分子の振動を角振動数 の調和振動子とし、振動の準位を ()と書く。古い量子論なら 、今の量子力学なら である。電子の励起状態(振動の角振動数 )から基底状態()へ移る帯 の波数は、電子の準位の差 に振動の分を足して (波数の単位)と書ける。
- (1) 原子の1つを同位体に取り替えると、ばね定数と は変わらず、換算質量が から に変わる。振動数はすべて 倍になることを示し、帯のずれ を求めよ。
- (2) 帯のずれが だけで決まることを示せ。
- (3) BO と BO(原子の質量 , , )で を求め、振動の波数を、(この例題で与える丸めた値)として 帯のずれを と で比べよ。
解答
(1) 調和振動子の角振動数は なので、 が同じなら で、 と の両方が 倍になる。 は電子の状態だけで決まり同位体で変わらないので
(2) とおくと 。 なら 帯は同位体で全く動かず、 なら の分だけ動く。帯の系列の中でどれが 帯かは別の帯との間隔から決まるので、 帯が動くかどうかは、整数か半整数かを数の数え方によらずに判定する。
(3) 換算質量は BO で 、BO で 。重い方を同位体とすると。 ならずれは 、 なら である。帯の波数は より細かく測れるので、この差ははっきり見分けられる。Mulliken の判定は、この形の議論で半整数()を選んだものである(, はこの例題で与えた丸めた値で、BO の実測 〔X で 、A で 、B で 、NIST Chemistry WebBook〕に近い)。
近似の裏付け
型 B(極限) | 小さいもの (量子数が大きい) | 証明 条件付き(1自由度、ポテンシャルが滑らかで転回点が孤立。WKB の接続を正しく行うと になり、 が出る) | 行き先 近似の数理 第7章
1 N. Bohr (1913), Philosophical Magazine 26, 1–25.
2 A. Sommerfeld (1916), Annalen der Physik 51, 1–94.
3 R. S. Mulliken (1925), “The isotope effect in band spectra, II: The spectrum of boron monoxide”, Physical Review 25, 259–294(同位体効果の一般論は同じ題の Part I、同誌 25, 119–138)。同じ分子の帯スペクトルが BN でなく BO によることを論じた手紙は R. S. Mulliken (1924), Nature 114, 349–350。
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