量子力学の様々な構成方法 第4部 第4章 §4.4.2 ★★★ エネルギーの期待値を決めたときエントロピーを最大にする状態、温度を決めたとき自由エネルギーを最小にする状態が、どちらも ρ^β である。差は相対エントロピー D(ρ^∥ρ^β) で測られる
エントロピーは混ぜ方の不確かさの最小値
密度演算子 ρ^ の固有値を λk とし、von Neumann エントロピーを
S(ρ^)=−Tr(ρ^lnρ^)=−k∑λklnλk(4.4.6)
で定義する。固有値だけで決まるので、ユニタリな時間発展 ρ^↦U^ρ^U^† で変わらず、von Neumann 方程式に従う孤立系では一定である。純粋状態で 0、d 次元で d11 のとき最大値 lnd をとる。
第4部第3章(第4部第3章)では、同じ ρ^ を与えるアンサンブル {pi,∣ψi⟩} の重みが固有値に多数化され、重みの Shannon エントロピーについて H(p)≥S(ρ^) が成り立ち、等号が固有アンサンブルで成り立つことを示した。2つを合わせると
S(ρ^)={pi,∣ψi⟩}: ∑ipi∣ψi⟩⟨ψi∣=ρ^minH(p)(4.4.7)
である。ρ^ を純粋状態の混合として作るとき、どの純粋状態を何回引くかの不確かさは少なくとも S(ρ^) あり、固有状態で混ぜたときにちょうど S(ρ^) になる。アンサンブルの選び方は観測できなかった(第4部第3章)が、その最小値 S(ρ^) は ρ^ だけで決まる量になっている。熱平衡状態ではエネルギー固有状態の混合 pn=e−βEn/Z が固有アンサンブルなので、S(ρ^β) は Boltzmann の重みの Shannon エントロピー H(p) に等しい。
Klein の不等式
量子相対エントロピーを D(ρ^∥σ^)=Trρ^(lnρ^−lnσ^) と書く(σ^ は正定値とする)。
補題 4.4.2(Klein の不等式)
密度演算子 ρ^、σ^ について D(ρ^∥σ^)≥0 で、等号は ρ^=σ^ のときに限る。
証明
ρ^=∑iri∣ri⟩⟨ri∣、σ^=∑jsj∣sj⟩⟨sj∣ と固有分解し、Pij=∣⟨ri∣sj⟩∣2 と置く。Pij≥0 で、∑jPij=∑iPij=1 である。Trρ^lnρ^=∑irilnri=∑ijPijrilnri、Trρ^lnσ^=∑ijPijrilnsj なので
D(ρ^∥σ^)=ij∑Pij(rilnri−rilnsj).
正の r,s について rlnr−rlns≥r−s が成り立つ(ln(s/r)≤s/r−1 に r を掛ける。r=0 でも 0≥−s で成り立つ)。等号は r=s のときに限る。これを各項に当てると D≥∑ijPij(ri−sj)=∑iri−∑jsj=0。等号なら Pij>0 のすべての組で ri=sj で、σ^∣ri⟩=∑jsj∣sj⟩⟨sj∣ri⟩=ri∣ri⟩ となり、ρ^=σ^ である。
自由エネルギーの変分原理
任意の密度演算子 ρ^ について、自由エネルギーの汎関数を
F[ρ^]=Tr(ρ^H^)−kBTS(ρ^)(4.4.8)
と置く(角括弧は汎関数の印)。熱平衡状態ではこれが F=−kBTlnZ になる。
定理 4.4.3(Gibbs の変分原理)
Tre−βH^<∞ のとき、任意の密度演算子 ρ^ について
F[ρ^]−F=kBTD(ρ^∥ρ^β)≥0,F=−kBTlnZ(4.4.9)
が成り立ち、等号は ρ^=ρ^β のときに限る。とくに Tr(ρ^H^)=Tr(ρ^βH^) の ρ^ の中では S(ρ^)≤S(ρ^β) で、等号は ρ^=ρ^β のときに限る。
証明
lnρ^β=−βH^−lnZ なので
D(ρ^∥ρ^β)=−S(ρ^)+βTr(ρ^H^)+lnZ=β(F[ρ^]−F).
Klein の不等式(補題 4.4.2)から前半が出る。後半は、ρ^β にも同じ式を当てて S(ρ^β)=βU+lnZ(U=Trρ^βH^)とし、引き算すると
S(ρ^β)−S(ρ^)=D(ρ^∥ρ^β)−β(Tr(ρ^H^)−U)(4.4.10)
となるので、エネルギーが等しければ右辺の第2項が消えて D≥0 に帰着する。
定理 4.4.3 は、第4.4.1節とは別の道で同じ ρ^β を選んでいる。前の節は熱浴の状態数を数える力学的な導出で、こちらは「エネルギーの期待値だけを知っているとき、それ以外については最も偏りの少ない状態を選ぶ」という推論の原理(最大エントロピー原理)である。古典の確率分布での同じ定理と、その情報理論からの読み方は相対エントロピーから情報と物理を組み立てる 第2部第1章・第2部第2章にあり、解析力学の巻では同じ式を量子統計力学の出発点に使っている(解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第5部第1章)。
熱力学の量は分配関数から出る。U=Trρ^βH^=−∂lnZ/∂β、F=−kBTlnZ で、熱力学のエントロピーは
S熱=TU−F=kB(βU+lnZ)=kBS(ρ^β)(4.4.11)
と von Neumann エントロピーの kB 倍に一致する。(4.4.9) は、熱浴の温度で測った自由エネルギーの余り F[ρ^]−F が kBTD に等しいことを言っている。この余りは、状態 ρ^ から熱浴だけを使って取り出せる仕事の上限で、その読み方は相対エントロピーから情報と物理を組み立てる 第4部第5章で扱われている。
例題 4.4.2 量子ビットの純粋状態の自由エネルギーの余り ★★
オリジナル量子ビット H^=2ℏω0σz が βℏω0=ln3 の熱浴に触れている。
- (1) ρ^β の励起確率 Pe、Z、S(ρ^β) を求めよ。
- (2) 状態 ∣+⟩=(∣e⟩+∣g⟩)/2 について F[∣+⟩⟨+∣]−F を2通り(F[ρ^] と F を別々に計算する方法、D を計算する方法)で求めよ。
解答
(1) 固有値 ±ℏω0/2 の Boltzmann 因子の比は e−βℏω0=31 なので Pe=41、Pg=43。Z=e−ln3/2+eln3/2=1/3+3=4/3、lnZ=0.8370。S(ρ^β)=hb(41)=0.5623 である。
(2) ∣+⟩ では ⟨σz⟩=0 なので Tr(ρ^H^)=0、純粋なので S=0、よって F[∣+⟩⟨+∣]=0。F=−kBTlnZ だから F[∣+⟩⟨+∣]−F=kBTlnZ=0.8370kBT。D の方では、∣+⟩⟨+∣ の固有値の対数の項は 0 で、−⟨+∣lnρ^β∣+⟩=−21ln41−21ln43=21ln316=0.8370。2つは一致する。熱平衡より自由エネルギーが 0.837kBT 高い分は、∣+⟩ の持つ重ね合わせ(σz の基底での非対角要素)と、エネルギー固有状態への重みの偏り(Pe=21 と 41 の差)の両方に由来する。
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