量子力学の様々な構成方法 第9部 第4章 §9.4.3 ★★★ 量子ビットの状態空間(球)と効果(2重の円錐)を求め、共通例題②の Rabi 振動を球の回転、緩和を球の縮小として解く。正値性だけから T2≤2T1 を出す
状態空間と効果
量子ビットの密度行列は Bloch ベクトル r=Tr(ρ^σ) を使って ρ^=21(1^+r⋅σ) と書ける(第4部第1章)。その固有値は 21(1±∣r∣) なので、ρ^≥0 は ∣r∣≤1 と同じである。一般確率論の言葉では、量子ビットの状態空間は R3 の単位球 {r:∣r∣≤1} で、K=4 である。端点は球面全体で、無数にある。
効果は r の affine な関数 e(r)=a+b⋅r(a∈R、b∈R3)で、値が球全体で [0,1] に入るものである。球の上の最小値と最大値は a−∣b∣ と a+∣b∣(r=∓b/∣b∣ で達する)なので、
e(r)=a+b⋅r が効果⟺∣b∣≤a≤1−∣b∣(9.4.3)
である。(a,b)∈R4 の中でこの集合は、頂点が (0,0) と (1,0) にある2重の円錐をなす。端点は2つの頂点と、a=21、∣b∣=21 の球面(e(r)=21(1+n⋅r)、射影の測定の結果)である。
命題 9.4.4(量子ビットの N ★★)
Bloch 球の一般確率論で、1回の測定で誤りなく区別できる状態は2個までである(N=2)。
証明
r1,r2,r3 と効果 e1,e2,e3 で ek(rl)=δkl になったとする。e1=a1+b1⋅r が r1 で 1 をとるので a1+∣b1∣≥1、(9.4.3) と合わせて a1+∣b1∣=1 で、b1=0(b1=0 なら e1 は定数で、1 と 0 の両方はとれない)。最大値 1 をとる点は r1=b1/∣b1∣ だけである。同じように e1 が r2 と r3 で 0 をとるので a1=∣b1∣ で、最小値 0 をとる点は −b1/∣b1∣ だけである。すると r2=r3 となり、e2(r2)=1 と e2(r3)=0 が両立しない。
可逆な変換は球の回転
可逆な変換は、球を球へ写す affine な全単射である。このような写像は球の中心を中心へ写す(中心は球の重心で、affine な全単射は重心を重心へ写す)ので線型で、単位球を単位球へ写す線型写像は直交行列である。したがって Bloch 球の一般確率論の可逆な変換は直交群 O(3) の元である。量子力学のユニタリ変換 ρ^↦U^ρ^U^† は、このうち行列式 +1 の回転 SO(3) に当たる。行列式 −1 の反転(例えば r↦(rx,−ry,rz)、すなわち転置 ρ^↦ρ^T)は1つの量子ビットの状態空間を状態空間へ写すが、もつれた相手がいると正値性を壊すので、物理的な変換から除かれる。回転の群は連結なので、どの純粋な状態からどの純粋な状態へも、純粋な状態のまま連続に移ることができる。古典の単体の可逆な変換は頂点の置換だけで、連続には移れない。この違いが 第9部第5章 で連続な可逆変換の公理として回収される。
共通例題②:Rabi 振動は球の回転
共通例題②のハミルトニアン H^=−2ℏΔσz−2ℏΩσx を H^=2ℏh⋅σ、h=(−Ω,0,−Δ) と書く。von Neumann 方程式 iℏdρ^/dt=[H^,ρ^] に ρ^=21(1^+r⋅σ) を入れ、[h⋅σ,r⋅σ]=2i(h×r)⋅σ を使うと
dtdr=h×r(9.4.4)
となる。Bloch ベクトルは −h の向き、すなわち n=(Ω,0,Δ)/Ω′ の軸のまわりを角速度 Ω′=Ω2+Δ2 で回る。時間発展は球の回転の1径数群で、上の小節の SO(3) の中の連続な道である。∣g⟩(r(0)=(0,0,−1))から始めると、(9.4.4) の解は
rx=−Ω′22ΔΩsin22Ω′t,ry=−Ω′ΩsinΩ′t,rz=−1+2(Ω′Ω)2sin22Ω′t(9.4.5)
である(第9部第2章 で求めた形と同じ。微分して (9.4.4) を満たすことと、t=0 の値を検算で確かめた)。回転なので ∣r∣=1 と、軸への射影 r⋅n=−Δ/Ω′ が保たれる。励起状態 ∣e⟩ を見つける測定の効果は、(9.4.3) で a=21、b=21ez とした eex(r)=21(1+rz) である。これを (9.4.5) に当てると
Pe(t)=eex(r(t))=(Ω′Ω)2sin22Ω′t(9.4.6)
となり、共通例題②の正答と同じ形が出る。一般確率論の言葉では、Rabi 振動は「状態空間の点が回転で動き、固定した affine な関数の値を読む」ことである。
例題 9.4.3 共通例題②:離調があるときの Rabi の軌道 ★★★
オリジナルΔ=Ω とする。
- (1) 回転軸 n と、軌道が乗る平面 r⋅n=一定 の値を求めよ。
- (2) Ω′t=π での r と Pe を求め、(1) の平面に乗っていることを確かめよ。
- (3) Pe の最大値が 21 に止まる理由を、状態空間の幾何で説明せよ。
解答
(1) Ω′=2Ω、n=(1,0,1)/2。r⋅n は保たれ、t=0 の値 (0,0,−1)⋅n=−21 のままである。
(2) sin22π=1、sinπ=0、2ΔΩ/Ω′2=1、(Ω/Ω′)2=21 を (9.4.5) に入れて r=(−1,0,0)。Pe=21(1+0)=21。(−1,0,0)⋅n=−21 で (1) の平面に乗る。
(3) 軌道は球面と平面 r⋅n=−21 の交わり(小円)である。Pe=21(1+rz) は rz の大きい点ほど大きいので、小円の上で rz が最大になる点が最大値を与える。小円の中心は −21n=(−21,0,−21)、半径は 1−21=21 で、小円の面内で z 方向に最も伸びる向きは (−1,0,1)/2 の向きである。その点の rz は −21+21⋅21=0 なので、Pe の最大値は 21。北極 (0,0,1) は軌道の平面に乗らないので、離調があると完全な反転は起きない。
緩和は球の縮小:正値性から T2≤2T1
次に共通例題②に緩和を入れる。Lindblad 方程式で L^=Γσ−(自然放出)と L^ϕ=γϕ/2σz(純粋な位相緩和)を入れると、駆動のないときの Bloch 方程式は
dtdrx=−T2rx,dtdry=−T2ry,dtdrz=−T1rz+1,T11=Γ,T21=2Γ+γϕ(9.4.7)
となる(γϕ=1/Tϕ。Lindblad 方程式の導出は 第4部第5章)。時刻 t までの発展は affine な写像
Φt(r)=(λrx, λry, −1+μ(rz+1)),λ=e−t/T2,μ=e−t/T1(9.4.8)
で、球を南極 (0,0,−1)(∣g⟩)に向かって縮める。
一般確率論の要請 (G4) は、変換が状態空間を状態空間の中へ写すことだけを求める。この要請を (9.4.8) に課すと、T1 と T2 の関係が出てくる。
命題 9.4.5(球を球へ写す条件 ★★★)
0<λ,μ<1 のとき、(9.4.8) の Φt が単位球を単位球の中へ写すための必要十分条件は λ2≤μ である。これがすべての t>0 で成り立つことは T2≤2T1 と同値である。
証明
Φt は affine で、ノルムは凸関数なので、球面の点で ∣Φt(r)∣≤1 を確かめれば球全体で成り立つ。球面の点を rz=z、rx2+ry2=1−z2 と書くと
∣Φt(r)∣2=f(z):=λ2(1−z2)+(μz+μ−1)2,−1≤z≤1
である。f(−1)=1 なので f(z)−1=(z+1)g(z) と因数分解でき、g は1次式で g(−1)=f′(−1)=2(λ2−μ)、g(1)=21(f(1)−1)=21((2μ−1)2−1)=2μ(μ−1) である。
必要性:λ2>μ なら g(−1)>0 で、z が −1 の少し上では f(z)>1 となり、像が球の外へ出る。十分性:λ2≤μ なら g(−1)≤0、また 0<μ<1 から g(1)<0 で、1次式 g は [−1,1] で 0 以下である。z+1≥0 なので f(z)≤1。
λ2≤μ は e−2t/T2≤e−t/T1、すなわち 2/T2≥1/T1 で、t によらず T2≤2T1 と同じである。
(9.4.7) の 1/T2=1/(2T1)+1/Tϕ は、1/Tϕ≥0 である限り T2≤2T1 を自動的に満たす。逆に、現象論として T1 と T2 を勝手に与えた Bloch 方程式は、T2>2T1 だと純粋な状態を球の外(負の固有値を持つ「密度行列」)へ運ぶ。命題 9.4.5 はこの制限を、完全正値性も Lindblad の形も使わず、一般確率論の (G4) だけから出した。量子ビット1つのこの族では、正値性の条件と完全正値性の条件が同じ不等式になる(検算で Choi 行列の正値性と比べて確かめた。近似の数理 第14章の GKSL の定理による T2≤2T1 と一致する)。

図 9.4.2 Bloch 球の ry=0 の断面(灰色の円)と、緩和の写像 (9.4.8) による時刻 t=T1 での像。実線は T2=1.5T1 の像で、球の内側に収まる。破線は T2=10T1 の像で、南極の近くで球の外へ出る(像の長さの最大は 1.139)。南極での楕円の曲率 μ/λ2 が円の曲率 1 以上であることが、命題 9.4.5 の条件 λ2≤μ に当たる。
例題 9.4.4 測った T1・T2 が状態空間の中に収まるか ★★
オリジナルある量子ビットで T1=10 μs が測られた。
- (1) T2=15 μs のとき、純粋な位相緩和の時間 Tϕ を求めよ。
- (2) 誤って T2=25 μs と報告されたとする。t=10 μs で、像の長さ ∣Φt(r)∣ が最大になる純粋な状態 r と、その長さを求めよ。
- (3) (2) の像を密度行列に直したときの小さい方の固有値を求め、何が起きているかを述べよ。
解答
(1) 1/Tϕ=1/T2−1/(2T1)=151−201=601 μs−1 で、Tϕ=60 μs。T2=15≤2T1=20 なので命題 9.4.5 の条件を満たす。
(2) μ=e−1≈0.3679、λ2=e−0.8≈0.4493>μ。f(z)=λ2(1−z2)+(μz+μ−1)2 は z2 の係数 μ2−λ2<0 の2次式なので、頂点 z∗=−μ(μ−1)/(μ2−λ2)≈−0.7406 で最大になる。そのときの純粋な状態は r=(1−z∗2,0,z∗)≈(0.672,0,−0.741) で、像の長さは f(z∗)≈1.0105 である。
(3) 像の Bloch ベクトルの長さが 1.0105 なので、固有値は 21(1±1.0105)、小さい方は ≈−0.0053 である。負の確率を持つ「状態」になっていて、この T2 の値は Lindblad 方程式からも一般確率論からも許されない。報告値は測定か解析の誤りを含む。
近似の裏付け
型 B(極限) | 小さいもの 原子と放射場の結合 →0、時間を結合の2乗で伸ばす(van Hove 極限) | 証明 条件付き(有限次元の系・無限の浴・浴の相関関数が時間について可積分。Davies 1974) | 行き先 近似の数理 第14章
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