ハミルトニアンの選び方で固体を考える 第2部 第7章 §2.7.4 ★★★ ギャップのある結晶で熱励起される電子の数は NcNve−Eg/(2kBT)。半導体と絶縁体を分けるのは Eg/kBT だけである
金属では μ はほとんど動かない
金属では D(εF)>0 なので、温度を上げると Fermi 面の近くの幅 kBT ほどの電子が上へ移るだけで、μ は εF からほとんど動かない。ずれは (kBT/εF)2 の大きさで、Sommerfeld 展開で求める(第4部第1章)。εF は数 eV、室温の kBT は 0.026eV なので、ずれは 10−4 ほどである。励起される電子の数は D(εF)kBT の大きさで、温度に比例する。
ギャップのある結晶の電子と正孔
絶縁体では、絶対零度で価電子帯が満ち、伝導帯が空である。温度を上げると、価電子帯の電子が一部ギャップを越えて伝導帯に移る。伝導帯の電子の数密度を n、価電子帯の空き(正孔)の数密度を p とする。式 (2.7.4) を伝導帯と価電子帯に分けて書くと
n=∫εc∞Dc(ε)f(ε)dε,p=∫−∞εvDv(ε)[1−f(ε)]dε(2.7.7)
である。Dc・Dv はそれぞれ伝導帯と価電子帯の状態密度で、1−f(ε)=1/(eβ(μ−ε)+1) は状態が空いている確率である。電子の総数が変わらないので、熱で伝導帯に上がった電子の数と価電子帯の空きの数は等しく、不純物の無い結晶では
n=p(2.7.8)
が成り立つ。この条件で μ が決まる。
計算を進めるために2つの近似を入れる。1つめは、μ が両方のバンドの端から kBT に比べて十分離れている(εc−μ≫kBT、μ−εv≫kBT)とすることで、このとき伝導帯では f(ε)≈e−β(ε−μ)、価電子帯では 1−f(ε)≈e−β(μ−ε) と、Boltzmann 分布で置き換えられる(非縮退近似)。2つめは、積分に寄与するのがバンドの端から kBT ほどの範囲だけになるので、そこでバンドを放物線 εc+ℏ2k2/(2me∗)、εv−ℏ2k2/(2mh∗) で近似することである。me∗・mh∗ はバンドの端の有効質量(第2部第5章で見た曲率から決まる量)である。放物線のバンドの3次元の状態密度は、自由電子と同じ計算で Dc(ε)=2π21(ℏ22me∗)3/2ε−εc になる(第2部第6章)。
この2つの近似のもとで、x=ε−εc とおき、∫0∞xe−βxdx=2πβ−3/2 を使うと
n=Nce−(εc−μ)/(kBT),Nc=2(2πℏ2me∗kBT)3/2(2.7.9)
を得る。同様に p=Nve−(μ−εv)/(kBT)、Nv=2(mh∗kBT/2πℏ2)3/2 である。Nc は有効状態密度と呼ばれ、伝導帯の状態をすべてバンドの底 εc に集めたと思ったときの「実質的な状態の数」を表す。m∗=m、T=300K では Nc=2.51×1019cm−3 である。
2つを掛けると μ が消えて
np=NcNve−Eg/(kBT)(2.7.10)
になる。これを質量作用の法則と呼ぶ。右辺はギャップと温度とバンドの端の形だけで決まり、μ によらない。不純物を加えて μ を動かしても(第4部第5章)、この積は変わらない。中性の条件 (2.7.8) を入れると
n=p=ni=NcNve−Eg/(2kBT),μ=μi=2εc+εv+43kBTlnme∗mh∗(2.7.11)
である。ni を真性キャリア密度と呼ぶ。指数の分母が kBT でなく 2kBT なのは、μ がギャップのほぼ中央に来て、電子にとっても正孔にとっても越える高さが Eg/2 になるからである。μi の第2項は、μ が状態の多い方のバンドから離れた側にずれる補正で、室温では meV の大きさである。

図 2.7.3 真性キャリア密度 (2.7.11) の温度依存性(me∗=mh∗=m とし、ギャップの温度変化は入れない)。縦軸は対数で、直線の傾きが −Eg/(2kB) を与える。ギャップが 0.45eV 違うと、室温の ni は約4桁違う。Eg=5.5eV の線はこの図の下端よりはるか下(300K で 10−27cm−3 の大きさ)にある。
図 2.7.3 が示すとおり、半導体と絶縁体の違いはギャップと温度の比 Eg/kBT の違いだけで、式は同じである。指数関数の中にある比なので、ギャップが数倍違うと、キャリアの数は何十桁も違う。
例題 2.7.6 ギャップ 1.12 eV と 5.5 eV の真性キャリア密度 ★★★
オリジナルT=300K とする(kBT=0.02585eV)。
- (1) Eg=1.12eV、me∗=1.08m、mh∗=0.81m とした結晶の Nc・Nv・ni を求めよ(m∗=m の Nc=2.509×1019cm−3 を使ってよい)。
- (2) (1) の結晶で、μi はギャップの中央からどれだけずれるか。
- (3) Eg=5.5eV、me∗=mh∗=m の結晶の ni を求め、(1) との比を答えよ。
- (4) m∗=m のとき、1cm3 の中に熱で励起された電子がちょうど1個になるギャップを求めよ。
解答
(1) Nc∝(m∗)3/2 なので、Nc=2.509×1019×1.083/2=2.82×1019cm−3、Nv=2.509×1019×0.813/2=1.83×1019cm−3 である。NcNv=2.27×1019cm−3、Eg/(2kBT)=21.66、e−21.66=3.91×10−10 なので ni=8.9×109cm−3 である。1 cm3 の結晶には原子が 1022 個の大きさで含まれるので、伝導帯に上がっている電子は原子 1012 個あたり1個ほどである。
(2) 43kBTln(0.81/1.08)=43×25.85meV×(−0.288)=−5.58meV で、ギャップの中央より 5.6meV だけ価電子帯の側にある。伝導帯の方が有効質量が大きく状態が多いので、電子の数と正孔の数が等しくなる μ は伝導帯から少し離れた位置になる。
(3) Nc=Nv=2.509×1019cm−3、Eg/(2kBT)=106.4 で ni=1.6×10−27cm−3 である。(1) との比は 5.6×1036、約 1037 倍になる。1.6×10−27cm−3 は、地球の体積(1027cm3 の大きさ)の結晶に熱で励起された電子が1個ある程度の数で、熱励起による伝導は実質的に起きない。実在の絶縁体で測られるわずかな伝導は、不純物や欠陥による。
(4) Nce−Eg/(2kBT)=1cm−3 から Eg=2kBTln(2.509×1019)=2×0.02585×44.67=2.31eV である。室温で「ギャップが 2 eV 台より大きいと絶縁体らしくふるまう」という目安は、この計算の言い換えである。
例題 2.7.7 非縮退近似はどこまで使えるか ★
オリジナル放物線のバンドでは、Fermi–Dirac 分布のまま積分した電子の数は n=NcF(η)、F(η)=π2∫0∞ex−η+1xdx、η=(μ−εc)/(kBT) と書ける。
- (1) η→−∞ で F(η)≈eη となり、式 (2.7.9) に戻ることを示せ。
- (2) η=−3 と η=0 で F(η)/eη を数値で求め、非縮退近似の誤差を述べよ。
解答
(1) η→−∞ では、x≥0 のすべてで ex−η≫1 なので、分母の 1 を落として F(η)≈π2eη∫0∞xe−xdx=π2eη⋅2π=eη である。次の項まで書くと ex−η+11=eη−x−e2(η−x)+⋯ から F(η)=eη−2−3/2e2η+⋯ で、相対誤差は 2−3/2eη の大きさである。
(2) 数値積分で F(−3)/e−3=0.983、F(0)/e0=0.765 である。μ がバンドの端から 3kBT 離れていれば誤差は 2% 程度で、(1) の見積もり 2−3/2e−3=1.8% と合う。μ がバンドの端に重なると誤差は 24% になり、非縮退近似は使えない。不純物を多く入れて μ がバンドの中に入った半導体(縮退半導体)は、金属と同じく Fermi–Dirac 分布のまま扱う。
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