光学と量子エレクトロニクス 第6章 §6.1 ★★★ 自由な空間では横の波数 q ごとの平面波が位相 eikzz を回すだけで混ざらない。∣q∣>k のモードは伝わらない
第1部では光を光線として扱い、波長 λ→0 の極限で結像と収差を調べた。第3章で見たとおり、収差が無い理想のレンズでも点の像は点にならず、波長と開口の大きさで決まる広がりを持つ。光線の理論はこの広がりを扱えない。光線は向きを1つしか持たないが、有限の大きさの開口を通った光は、向きの違う平面波をいくつも重ね合わせたものになるからである。この章では、光線の代わりに平面波を基本の対象にとり、開口を通った光がどう広がるかを調べる。
この章で取り出すモードは、光軸に垂直な面の上の横の波数 q で番号を付けた平面波である。物質のモデルは開口(光を通す穴と通さない板)で、光との結合は「開口の面の上で、入射した場に開口の透過の関数を掛ける」ことに尽きる。6.1節で、自由な空間を伝わる間は各モードが位相を回すだけで混ざらないことを示し、横の波数が k=2π/λ を超えるモードは伝わらずに減衰することを見る。6.2節では、このモードの伝わり方を位置の言葉に戻して Rayleigh–Sommerfeld の積分を作り、円開口の軸上の場を厳密に求めて、Fresnel 近似と Fresnel 数 NF を導入する。6.3節と6.4節が「出てくるもの」で、遠方(NF≪1)の回折像が開口の透過の関数の Fourier 変換になること、スリットと回折格子の像、円開口の Airy 円盤と回折限界を順に出す。6.5節で置いた近似を札にまとめ、レーザーで髪の毛の太さを測る実験で確かめ方を述べる。6.6節で学部の光学で習う Huygens–Fresnel の原理と Fresnel 帯の形と並べる。
Helmholtz 方程式とスカラーの場
光の電場の1つの成分を、角周波数 ω の複素振幅 U(r) で Re[U(r)e−iωt] と書く(この本の流儀)。真空中(空気もほぼ同じ)では波動方程式に e−iωt を入れて
(∇2+k2)U(r)=0,k=cω=λ2π(6.1)
を得る。これを Helmholtz 方程式と呼ぶ。電場は本当はベクトルで、3つの成分は ∇⋅E=0 で結ばれているが、この章では1つの成分だけを独立に扱う(スカラー近似。6.5節)。光の強度は ∣U∣2 に比例するので、入射光の振幅を 1 に規格化し、強度を入射光の強度 I0 との比 I/I0=∣U∣2 で書く。
光軸を z にとり、光軸に垂直な面の上の位置を x=(x,y) と書く。開口は z=0 の面に置き、光は z<0 の側から来て、z>0 の側で観測する。z>0 には光源も物体も無い。
平面波のモードと角スペクトル
z>0 で Helmholtz 方程式を満たす最も簡単な解は平面波 ei(q⋅x+kzz) で、式 (6.1) に入れると ∣q∣2+kz2=k2 が要る。q=(qx,qy) を横の波数と呼ぶ。∣q∣<k なら kz=k2−∣q∣2 は正の実数で、平面波は光軸と角 θ(sinθ=∣q∣/k)をなす向きに進む。第3章の光線の運動量 p=nsinθ(の横の成分)と比べると、空気中(n=1)では q=kp で、横の波数は光線の運動量を 1/k で割ったものに当たる。光線の理論の ℏ の役を 1/k が持つ、という第3章の見立てがここで式になる。
z=0 の面の上の場 U(x,0) を横の位置について Fourier 変換し、
U~(q;0)=∫d2xU(x,0)e−iq⋅x,U(x,0)=∫(2π)2d2qU~(q;0)eiq⋅x(6.2)
と書く(2π は逆変換の側に置く。この本の流儀)。U~(q;0) を場の角スペクトルと呼ぶ。z=0 の場を、横の波数 q の平面波のモードに分けたときの各モードの振幅である。z>0 では、各モードを z の向きに進む平面波として延ばせば Helmholtz 方程式の解になる。
命題 6.1(角スペクトルの伝わり方 ★★★)
z>0 に光源が無く、場が z→+∞ で発散しないとき、z>0 の場は
U(x,z)=∫(2π)2d2qU~(q;0)eikzzeiq⋅x,kz={k2−∣q∣2i∣q∣2−k2(∣q∣<k)(∣q∣>k)(6.3)
で与えられる。つまり U~(q;z)=U~(q;0)eikzz で、各モードは z を進む間に互いに混ざらず、伝達関数 eikzz が掛かるだけである。
証明
式 (6.1) を横の位置について Fourier 変換すると、∇2 の横の部分が −∣q∣2 になるので、各 q について常微分方程式 ∂z2U~+kz2U~=0 を得る。解は e+ikzz と e−ikzz の重ね合わせである。∣q∣<k では e−ikzz は −z の向きに進む波で、z>0 に光源が無いので含めない。∣q∣>k では eikzz=e−κz(κ=∣q∣2−k2)が減衰し、もう一方の e+κz は発散するので含めない。どちらも eikzz だけが残り、z=0 で U~(q;0) に合わせれば式 (6.3) になる。
∣q∣>k のモードは z の向きに 1/κ の長さで減衰する。これをエバネッセント波と呼ぶ。開口の場の中で、波長より細かい構造(∣q∣>2π/λ の Fourier 成分)を運ぶのはこのモードで、開口から波長の数倍も離れるとほぼ消える。遠くで見る像が波長より細かい構造を持つことができないのは、伝わるモードの横の波数が ∣q∣<k に限られることの言い換えであり、6.4節の回折限界はここで既に決まっている。エバネッセント波を開口のすぐ近くで拾って限界を越える方法(近接場)は第8章(第8章)で扱う。
近軸の伝達関数は2次元の自由粒子の伝搬
光軸に近い向きのモードだけを考え、∣q∣≪k として kz を展開すると
kz=k−2k∣q∣2+O(∣q∣4/k3),eikzz≈eikze−i∣q∣2z/(2k)(6.4)
となる。後ろの因子 e−i∣q∣2z/(2k) は、質量 m の自由粒子の運動量表示の時間発展 e−i∣p∣2t/(2mℏ) で p/ℏ→q、t/m→z/k と置いたものと同じ形である。つまり近軸では、光の横の分布は z を時刻とする2次元の自由粒子の波動関数のように広がる。これを方程式の形に書いたものが近軸波動方程式で、第4章(第4章)でガウスビームを出す出発点になる。波動関数の広がりが不確定性関係 ΔxΔp≳ℏ で決まるのと同じく、幅 a の開口を通った光は横の波数に Δq∼1/a の幅を持ち、角度にして Δθ∼1/(ka)=λ/(2πa) 程度に広がる。これが回折の広がりの大きさの見積もりである。
例題 6.1 周期的な開口の角スペクトル ★★
オリジナル波長 λ=0.633μm の平面波が、x の向きに周期 Λ で透過率が変わる薄い板(回折格子)に垂直に入る。透過した場は周期 Λ の周期関数なので、角スペクトルは qx=2πm/Λ(m は整数)にだけ値を持つ。
- (1) Λ=2μm のとき、m=1 のモードが進む向き θ を求めよ。
- (2) Λ=0.5μm のとき、m=±1 のモードは伝わるか。伝わらないなら、強度でなく振幅が 1/e になる長さ 1/κ を求めよ。
- (3) Λ=2μm で、透過した場が m=0,±1 の3つのモードだけを持つとき(透過率が正弦波の格子)、z を進むと横の強度分布は周期的に元に戻る。その周期(Talbot 距離)zT を、厳密な kz と近軸の式 (6.4) の両方で求めよ。
解答
(1) sinθ=qx/k=λ/Λ=0.633/2=0.3165 で、θ=18.45∘。周期が細かいほど qx が大きく、回折の向きは光軸から離れる。
(2) qx=2π/Λ=12.57μm−1 は k=2π/λ=9.93μm−1 より大きいので、m=±1 のモードは伝わらない。κ=qx2−k2 から 1/κ=0.130μm で、波長の 1/5 の距離で振幅が 1/e になる。Λ<λ の格子を遠くから見ると、m=0 のモードしか伝わらず、縞は見えない。
(3) 3つのモードの z についての位相は eikz と、m=±1 の eikz1z(kz1=k2−(2π/Λ)2)である。強度分布は2種類の位相の差 (k−kz1)z だけで決まるので、それが 2π 進むごとに元に戻る:
zT=k−kz12π=12.3μm.
近軸の式では k−kz1≈(2π/Λ)2/(2k) なので zT≈2Λ2/λ=12.6μm。sinθ=0.32 の傾きでは近軸の式は2パーセントずれる。近軸の式では m 番目のモードの位相のずれが m2 に比例するので、すべての m が同時に 2π の整数倍に戻り、どんな周期的な開口でも 2Λ2/λ ごとに像が元に戻る(Talbot 効果)。厳密な kz ではこの揃い方は崩れる。
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