相対エントロピーから情報と物理を組み立てる 第1部 第3章 §1.3.6 ★★ 情報理論の授業の「ビットとベン図」、統計学の「KL ダイバージェンスと最尤法」を、この章の nat と D の形に並べる
情報理論の授業:底 2 とベン図
学部の情報理論の授業では、エントロピーを底 2 の対数で書き、単位をビットとすることが多い。条件付きエントロピー H(X∣Y) をあいまい度(equivocation)、相互情報量を「伝送情報量」とも呼び、図 1.3.3 と同じベン図で関係を覚える。相互情報量は H(X)−H(X∣Y) で定義されることが多く、非負性は「条件を付けるとエントロピーは減る」の証明を経て示される。この章では順序を逆にして、相互情報量を D で定義し、非負性を Gibbs の不等式から直接出した。両者の対応を表 1.3.1 に並べる。
表 1.3.1 授業でのビットの書き方と、この章の nat の書き方の対応| 量 | 授業の書き方(ビット) | この章の書き方(nat) |
| エントロピー | −∑xp(x)log2p(x) | H(X)=−∑xp(x)lnp(x) |
| 最大値 | log2∣X∣(一様分布) | ln∣X∣−D(p∥u) の最大 |
| あいまい度 | −∑p(x,y)log2p(x∣y) | H(X∣Y) |
| 相互情報量 | H(X)−H(X∣Y) で定義 | D(pXY∥pXpY) で定義 |
| 非負性の根拠 | 条件付けでエントロピーが減ること | Gibbs の不等式(Jensen) |
| KL ダイバージェンス | ∑plog2(p/q)(後半で登場) | D(p∥q)(最初に定義) |
数値を行き来するときは、nat の値を ln2≈0.6931 で割ればビットになる。例題 1.3.4 の 0.3681 nat =0.531 ビットはその例で、授業の式 1−h(ε)(h は底 2 の2値エントロピー)と同じ値である。
統計学と機械学習:最尤法は D の最小化
統計学の授業では、D(p∥q) を Kullback–Leibler 情報量(KL ダイバージェンス)と呼び、尤度比の対数の期待値として導入する。最尤法との関係は、序章の式 (1.1.13) と同じ恒等式で見える。データ x1,…,xn の経験分布を p^n と書けば
n1i=1∑nlnqθ(xi)=−H(p^n)−D(p^n∥qθ)(1.3.22)
で、この章の言葉では式 (1.3.2) を p=p^n に当てたものである。H(p^n) は θ によらないので、対数尤度を最大にする θ は、経験分布からの D(p^n∥qθ) を最小にする θ と同じである。機械学習で分類器の学習に使う交差エントロピー損失は、式 (1.3.22) の左辺の符号を変えたものである。ここで D の向きは「データ(実際の分布)が左、モデルが右」であり、平均をとる分布がデータの側に固定されている。推定量の精度を Fisher 情報で測る話(統計学では Fisher 情報を I(θ) と書くが、この巻では相互情報量と区別するため J(θ) と書く)は 第1部第7章 で、検定の誤り確率の指数は 第1部第8章 で扱う。
統計力学への予告
統計力学の授業では、カノニカル分布 peq(i)=e−βEi/Z の自由エネルギー F=−kBTlnZ が最小であることを、熱力学の議論で示す。この巻では、任意の分布 p について ⟨E⟩p−kBTH(p) と F の差が kBTD(p∥peq) に等しいことを示し、自由エネルギー最小の原理を Gibbs の不等式の言い換えとして読む。これは 第2部第2章 で扱う。
例題 1.3.6 正規分布の最尤推定を交差エントロピーで読む ★★
オリジナル5個のデータ 1.2, 0.7, 2.1, 1.5, 0.5 を、モデル qμ,σ=N(μ,σ2) で説明する。標本平均を xˉ、n で割った標本分散を s2:=n1∑i(xi−xˉ)2 と書く。
- (1) 交差エントロピー L(μ,σ):=−n1∑i=1nlnqμ,σ(xi) を xˉ と s2 で表し、式 (1.3.4) の D(N(xˉ,s2)∥N(μ,σ2)) と並べて、L を最小にするのが μ^=xˉ, σ^2=s2 であることを示せ。
- (2) このデータの xˉ, s2 と、L の最小値を求めよ。
- (3) n−1 で割った分散 σ2=0.41 を使うと、L は最小値よりいくら大きくなるか。
解答
(1) −lnqμ,σ(x)=21ln(2πσ2)+(x−μ)2/(2σ2) を平均する。n1∑i(xi−μ)2=s2+(xˉ−μ)2 なので
L(μ,σ)=21ln(2πσ2)+2σ2s2+(xˉ−μ)2=D(N(xˉ,s2)∥N(μ,σ2))lnsσ+2σ2s2+(xˉ−μ)2−21+21ln(2πes2)
となる。下括弧は式 (1.3.4) で μ1=xˉ, σ12=s2 とおいたもので、最後の項は μ,σ によらない。経験分布は密度を持たないので式 (1.3.22) をそのままは使えないが、L がデータの平均と分散だけで決まるため、「平均と分散を合わせた正規分布」が経験分布の代わりに左に入り、式 (1.3.22) と同じ形になる。Gibbs の不等式から D≥0 で、等号は2つの正規分布が等しいとき、つまり μ=xˉ, σ2=s2 のときに限る。よって最尤推定は μ^=xˉ、σ^2=s2(n で割った分散)である。
(2) xˉ=6.0/5=1.2。偏差は 0,−0.5,0.9,0.3,−0.7 で、2乗の和は 1.64、s2=1.64/5=0.328。最小値は D=0 のときの 21ln(2πes2)=21(ln(2π×0.328)+1)≈21(0.7231+1)≈0.8616 nat である。
(3) μ=xˉ のまま σ2=0.41 とすると、増える分は D そのもので、式 (1.3.4) で r=s2/σ2=0.328/0.41=0.8 とおいてD=21(r−1−lnr)=21(−0.2+0.2231)≈0.0116 nat。5個分の対数尤度にすると 0.058 小さい。n−1 で割った分散は不偏推定量だが、尤度を最大にするのは n で割ったほうである。
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