解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第3部 第3章 §3.3.2 ★★★ Liouville の定理と未定乗数という第1部の道具だけで、e−βH の形が決まる
定常な分布は H の関数
熱浴と平衡にある系の分布は時間がたっても変わらない。相空間の密度 ρ(Γ,t) は Liouville 方程式∂ρ/∂t={H,ρ} に従うので(第3部第1章)、定常な分布は {H,ρ}=0 を満たす。これは ρ が運動の保存量であることと同じ条件で、H の任意の関数 ρ=f(H) は {H,f(H)}=f′(H){H,H}=0 により条件を満たす。容器に閉じ込められた粒子の系では、運動量や角運動量は壁との衝突で保存しないので、時間によらない保存量として残るのはエネルギーだけと考えてよい。そこで、この節では平衡の分布を ρ=f(H) の形に限る。
定常性の条件だけでは関数 f は決まらない。ミクロカノニカル分布(H がある値の近くでだけ 0 でない f)もカノニカル分布も、どちらも定常である。f を決めるには、もう1つの条件が要る。
独立な部分の掛け算の性質
系が2つの部分 1, 2 からなり、相互作用のエネルギーが各部分のエネルギーに比べて無視できるとする。するとH(Γ1,Γ2)=H1(Γ1)+H2(Γ2) で、2つの部分は統計的に独立とみなせるので、分布は積に分かれる。
ρ(Γ1,Γ2)=ρ1(Γ1)ρ2(Γ2).
対数をとると lnρ=lnρ1+lnρ2 で、lnρ はエネルギーと同じく足し算で組み合わさる量になる。各部分も定常なのでρ1=f1(H1), ρ2=f2(H2), ρ=f(H1+H2) と書くと
lnf(H1+H2)=lnf1(H1)+lnf2(H2)(3.3.5)
が、H1 と H2 のあらゆる値について成り立たなければならない。両辺を H1 で微分すると (lnf)′(H1+H2)=(lnf1)′(H1) で、左辺は H2 を変えても右辺は変わらないので、(lnf)′ は定数である。この定数を −β と書くと lnf=定数−βH、すなわち
f(H)∝e−βH
となる。同じ議論から (lnf1)′=(lnf2)′=−β も出るので、接している2つの部分は同じ β を持つ。この共通の β が温度の逆数 1/(kBT) にあたることは3.3.3節で示す。
この議論では、エネルギーが足し算で組み合わさり、独立な確率が掛け算で組み合わさる、という2つの性質を使った。足し算を掛け算に変える連続な関数は指数関数に限られる。
エントロピーの汎関数を最大にする
同じ分布を、第1部の未定乗数の方法(第1部第6章)でも導くことができる。第1部第6章では状態が離散的な場合を扱ったので、ここでは相空間の密度 ρ(Γ) を変数とする汎関数で行う。相空間の分布 ρ に対して Gibbs のエントロピーを
SG[ρ]=−kB∫ρ(Γ)lnρ(Γ)dΓ(3.3.6)
で定める(ρ は dΓ に関する密度で無次元なので、対数の中身に単位の問題は起きない)。ρ は dΓ に対する密度なので、第3部第1章の式 (3.1.18) と同じものである。規格化 ∫ρdΓ=1 と平均のエネルギー∫ρHdΓ=U の2つの拘束のもとで SG[ρ] を最大にする。乗数を α, β として汎関数
Φ[ρ]=kBSG[ρ]−α(∫ρdΓ−1)−β(∫ρHdΓ−U)
をつくり、汎関数微分(第1部第3章。ここでは δΦ=∫δρ(Γ)δΦδρ(Γ)dΓ で定める)を計算する。ρlnρ を ρ で微分すると lnρ+1 なので
δρ(Γ)δΦ=−lnρ(Γ)−1−α−βH(Γ)=0⟹ρ(Γ)=e−1−αe−βH(Γ).(3.3.7)
規格化から e1+α=Z となり、カノニカル分布 (3.3.3) が出る。2次の変分はδ2Φ=−21∫(δρ)2/ρdΓ<0 なので、停留点は最大点である。
自由エネルギーの汎関数と相対エントロピー
最大エントロピーの議論は「U を決めて S を最大」という形をしていたが、熱浴に接した系では U でなく温度 T が決まっている。温度を決めたときに対応する言い方は、次の汎関数を最小にすることである。任意の分布 ρ に対して
F[ρ]=∫ρHdΓ−TSG[ρ](3.3.8)
とおく。カノニカル分布での値を F=F[ρβ] と書くと、次が成り立つ。
定理 3.3.2(自由エネルギーの最小性 ★★★)
任意の分布 ρ について
F[ρ]−F=kBTD(ρ∥ρβ),D(ρ∥ρβ)=∫ρlnρβρdΓ ≥ 0,(3.3.9)
等号は ρ=ρβ のときに限る。また F=−kBTlnZ である。
証明
lnρβ=−βH−lnZ を使うと ∫ρlnρβdΓ=−β∫ρHdΓ−lnZ。よって
kBTD(ρ∥ρβ)=kBT∫ρlnρdΓ−kBT∫ρlnρβdΓ=−TSG[ρ]+∫ρHdΓ+kBTlnZ=F[ρ]+kBTlnZ.
ρ=ρβ を入れると左辺は 0 なので F=−kBTlnZ、これを戻すと式 (3.3.9) の等式になる。不等式は lnx≤x−1(等号は x=1 のときだけ)から出る。x=ρβ/ρ とおくと−D=∫ρln(ρβ/ρ)dΓ≤∫ρ(ρβ/ρ−1)dΓ=1−1=0 で、等号は ρβ/ρ=1 がほとんどいたるところで成り立つときである。
D(ρ∥ρβ) は相対エントロピー(Kullback–Leibler ダイバージェンス)と呼ばれる量で、2つの分布の隔たりを測る。定理 3.3.2 は、温度 T の熱浴に接した系では、カノニカル分布から外れた分布の自由エネルギーが、外れ具合の相対エントロピーに kBT を掛けた分だけ高いことを述べている。この関係を情報の言葉で読み直すことは 相対エントロピーから情報と物理を組み立てる 第2部第2章で、最大エントロピーの原理としての見方は 相対エントロピーから情報と物理を組み立てる 第2部第1章で扱う。
例題 3.3.2 温度を間違えた分布の自由エネルギー ★★
オリジナル1次元調和振動子(例題 3.3.1)が温度 T の熱浴に接している。分布として、温度を T′ と間違えたカノニカル分布ρβ′=e−β′H/Z(β′)(β′=1/(kBT′))を試す。x=T′/T とおく。
- ρβ′ での平均エネルギー ∫ρβ′HdΓ と Gibbs のエントロピー SG[ρβ′] を求めよ。
- F[ρβ′]−F=kBT(x−1−lnx) を示し、これが x=1 でだけ 0 になる最小値をとることを確かめよ。
- T′=2T と T′=T/2 のとき、(F[ρβ′]−F)/(kBT) を求めよ。
解答
(1) 例題 3.3.1 から、ρβ′ での平均エネルギーは kBT′。エントロピーはlnρβ′=−β′H−lnZ(β′) を式 (3.3.6) に入れて
kBSG[ρβ′]=β′kBT′+lnZ(β′)=1+lnℏωkBT′.
(2) 式 (3.3.8) に代入すると F[ρβ′]=kBT′−kBT(1+lnℏωkBT′)。一方 F=−kBTlnZ(β)=−kBTlnℏωkBT なので
F[ρβ′]−F=kBT′−kBT−kBTlnTT′=kBT(x−1−lnx).
g(x)=x−1−lnx は g′(x)=1−1/x、g′′(x)=1/x2>0 なので、x=1 でただ1つの最小値 g(1)=0 をとる(図 3.3.1)。これは定理 3.3.2 の D(ρβ′∥ρβ)=x−1−lnx を具体的に計算したものになっている。
(3) x=2 で 1−ln2≈0.307、x=1/2 で −21+ln2≈0.193。同じ倍率だけ温度を間違えても、高すぎる側のほうが自由エネルギーの上がり方が大きい。

図 3.3.1 温度を T′ と間違えたカノニカル分布の自由エネルギーの余分(例題 3.3.2。厳密な値なので点線)。T′=T でだけ 0 になる
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