解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第4部 第11章 §4.11.6 ★★ 授業の半古典運動の式は Ωn=0 の場合。時間反転と空間反転が両方あれば Ωn=0 なので、多くの物質で Berry 項を落としてよい
半古典運動の式
固体物理の授業では、バンドの電子の運動を
r˙=ℏ1∇kεn(k),ℏk˙=−e(E+r˙×B)
の2本で教える。この章の式 (4.11.12) との違いは異常速度 −k˙×Ωn だけで、授業の式は Ωn=0 の場合に当たる。解析力学の言葉では、授業の式は (r,ℏk) を正準変数とみなした式であり、この章の式は1階の Lagrangian (4.11.3) から出した式である。多くの物質で授業の式が問題なく使えるのは、次の対称性の制約があるためである。
命題 4.11.3(対称性と Berry 曲率)
スピンを考えない電子について、
- 時間反転対称性(H^(−k)=H^(k)∗)があれば Ωn(−k)=−Ωn(k)。
- 空間反転対称性(H^(−k)=PH^(k)P−1、P はユニタリ)があれば Ωn(−k)=Ωn(k)。
両方あれば Ωn≡0 である。時間反転だけでも、式 (4.11.15) の積分は打ち消し合って σxy=0 になる。
証明は例題 4.11.6 で行う。異常 Hall 効果が強磁性体(時間反転が破れている)で見つかり、量子異常 Hall 効果に磁性が必要なのはこのためである。時間反転を保ったまま空間反転を破った物質(六方晶の窒化ホウ素のような副格子の異なる2次元結晶)では、Ωn は 0 でないが k について奇関数で、全体の Hall 伝導度は 0 になる。それでも k 空間の一部(谷)だけを取り出すと横向きの運動が残る。これが総合問題の主題である。
Hall 効果
授業の Hall 効果は Drude 模型で、Hall 係数 RH=−1/(nee)(電子の場合)を出す。Hall 抵抗率 ρxy=RHB は磁場に比例する。ハミルトニアンの選び方で固体を考える(ハミルトニアンの選び方で固体を考える 第4部第4章・第5部第5章)では電流を x 向きに流して y 向きの電場を測る量を ρyx=Ey/jx と書き、ρyx=RHB となる。この節の ρxy はその ρyx と同じ量である(伝導度 σxy の定義 jx=σxyEy は両巻で同じ)。強磁性体では、これに磁化 M に比例する項が加わり、ρxy=R0B+Rsμ0∣M∣ の形に整理されることが多い(R0 が普通の Hall 係数、Rs が異常 Hall 係数)。この章の式 (4.11.15) は、第2項のうち散乱によらない部分を Berry 曲率で与える。磁化が Berry 曲率に入るのは、スピンと軌道の結合を通して、磁化の向きがバンドの unk の形を変えるためである。散乱を伴う寄与(散乱の非対称性による skew 散乱、散乱の瞬間の横ずれによる side jump)は、この章の半古典の Lagrangian だけでは出ず、第3部第8章の衝突の項に Berry 位相を入れた扱いが要る(ハミルトニアンの選び方で固体を考える 第5部第5章、ハミルトニアンの選び方で固体を考える 第5部第5章)。
授業の量子 Hall 効果は、Landau 準位を ν 本詰めたときの σxy=−νe2/h(符号の流儀は上と同じ)で教える。この章の式 (4.11.17) は、Landau 準位に限らず、ギャップのある任意のバンド絶縁体の Hall 伝導度を Chern 数で与える。Landau 準位も(磁場の中の周期系として見ると)Chern 数 1 のバンドで、例題 4.11.5 (1) の一致はその一例である。磁場の無い格子の模型でも Chern 数が 0 でないバンドは作れて、図 4.11.2 はその例である(最初の例は F. D. M. Haldane (1988), Phys. Rev. Lett. 61, 2015 の六方格子の模型)。
実空間と k 空間の対応表
この章の式は、第2部第2章の磁場の中の粒子と、r↔k を入れ替えた対応になっている。
| 実空間の磁場(第2部第2章) | k 空間の Berry 曲率(この章) |
| ポテンシャル | A(r) | An(k)=i⟨unk∣∇kunk⟩ |
| Lagrangian の項 | −er˙⋅A(r) | ℏk˙⋅An(k) |
| 場 | B=∇×A | Ωn=∇k×An |
| 運動方程式の項 | ℏk˙∋−er˙×B | r˙∋−k˙×Ωn |
| 交換しない量 | {kx,ky}=−eB/ℏ2 | {x,y}=Ωn/ℏ |
| ゲージ変換 | A→A+∇Λ | An→An+∇kχ |
| 閉じた道の位相 | Aharonov–Bohm 位相 | Berry 位相 |
| 湧き出し | 無い(∇⋅B=0) | 縮退点(±21 の流束を出す Dirac 点) |
最後の行は、例題 4.11.1 と例題 4.11.4 で見たように、バンドが縮退する点が Berry 曲率の湧き出し(k 空間の磁気単極子)として振る舞うことを指す。ギャップが開いている限り湧き出しはバンドの中に無く、Chern 数は変わらない。
例題 4.11.6 時間反転と空間反転が Berry 曲率に課す制約 ★★
オリジナル命題 4.11.3 を証明せよ。バンドは縮退していないとし、ゲージは都合よく選んでよい(Ωn はゲージによらないので)。
解答
(1) H^(k)unk=εn(k)unk の複素共役をとると H^(k)∗unk∗=εnunk∗、すなわち H^(−k)unk∗=εn(k)unk∗。縮退が無いので un,−k は unk∗ に比例し、ゲージを選んで un,−k=unk∗ とすることができる。このとき
An(−k)=i⟨un,−k∣(∇un)(−k)⟩.
(∇un)(−k) は un の勾配を −k で評価したもので、un(k′)=un(−k′)∗ を k′ で微分して k′=−k とおくと(∇un)(−k)=−[(∇un)(k)]∗。よって An(−k)=−i⟨unk∗∣(∇unk)∗⟩=−i⟨unk∣∇unk⟩∗。⟨u∣∇u⟩=−iAn は純虚数なので、その共役は iAn で、An(−k)=−i⋅iAn(k)=An(k) となる。An が偶関数なら、その回転は奇関数である(k→−k で微分の向きが反転する)。よって Ωn(−k)=−Ωn(k)。Brillouin 域は k→−k で自分自身に移るので、奇関数の積分は 0、したがって Cn=0 で、f0(εn(k))=f0(εn(−k))(同じ計算で εn は偶関数)から σxy=0 も従う。
(2) 同様に H^(−k)Punk=PH^(k)unk=εnPunk なので、ゲージを選んで un,−k=Punk。P はユニタリで k によらないからAn(−k)=i⟨Pu∣(∇un)(−k)⟩ で、un(k′)=Pun(−k′) を微分すると (∇un)(−k)=−P(∇un)(k)。よって An(−k)=−i⟨Pu∣P∇u⟩=−An(k)(奇関数)、その回転は偶関数で Ωn(−k)=Ωn(k)。
両方あれば Ωn(k)=−Ωn(−k)=−Ωn(k) なので Ωn=0 である。数値でも確かめられる。図 4.11.2 の Qi–Wu–Zhang 模型は P=σz について空間反転対称で時間反転対称でなく、Ω(−k)=Ω(k) を満たす。副格子の段差のある六方格子の模型(時間反転対称・空間反転なし)では Ω(−k)=−Ω(k) で、Chern 数は 0 になる。
ほかの巻では
- ハミルトニアンの選び方で固体を考える 第4部第4章:Drude の伝導度テンソルから Hall 係数を出す。記号の対応:向こうの ρyx=Ey/jx はこの巻の ρxy
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com