量子力学の様々な構成方法 第2部 第3章 §2.3.5 ★★ 非線形の系でも演算子の方程式は古典と同じ形だが、期待値は古典の1本の軌道に従わない。行列力学の式 (2.3.6) で時間発展を計算し、崩れと復活を見る
演算子の方程式は閉じるが、期待値の方程式は閉じない
1次元の非調和振動子
H^=2mp^2+2mω2q^2+λq^4(2.3.17)
の Heisenberg 方程式は、定理 2.3.4 により q^˙=p^/m、p^˙=−mω2q^−4λq^3 で、古典の Hamilton 方程式に帽子を付けた形である。ところが期待値を取ると dtd⟨p^⟩=−mω2⟨q^⟩−4λ⟨q^3⟩ で、⟨q^3⟩ は ⟨q^⟩3 に等しくない。⟨q^3⟩ の方程式には ⟨q^2p^⟩ などが現れ、モーメントの方程式は有限個では閉じない。2.3.3 節の線形の場合との違いはここにある。この先は Ehrenfest の定理の話題で、展開 ⟨V′(q^)⟩=V′(⟨q^⟩)+21V′′′(⟨q^⟩)(Δq)2+⋯ は解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第4部第3章で扱った。この節では方程式を近似せず、行列力学の式で厳密に解く。
行列で解く
式 (2.3.6) によれば、H^ の固有値 En と、その基底での q^ の行列要素 qnm さえ分かれば、時刻 t の表は qnmeiωnmt である。時刻0の状態をエネルギーの基底で ∣ψ⟩=∑ncn∣n⟩ と書くと
⟨q^(t)⟩=n,m∑cn∗cmqnmeiωnmt(2.3.18)
で、これは Bohr の振動数 ωnm の重ね合わせである。En と qnm を求めるには、調和振動子の数の基底 ∣k⟩(k=0,1,…,99 の100個)でH^ の行列を作って対角化する。行列は q^=ℏ/(2mω)(a^+a^†) の表 (2.3.12) から作れるので、計算は行列力学の内部で完結する。
ℏ=m=ω=1 の単位で λ=0.01 とし、時刻0の状態を調和振動子のコヒーレント状態 ∣α=2⟩(⟨q^⟩=22≈2.83、⟨p^⟩=0、Δq=Δp=1/2)にとる。対角化すると基底のエネルギーは E0=0.50726、隣り合う準位の角振動数はω10=1.0284、ω21=1.0552、ω32=1.0802、ω43=1.1038、ω54=1.1261 である。基底を140個に増やしても ⟨q^(t)⟩ は 10−8 より小さくしか変わらない。
図 2.3.2 に、式 (2.3.18) の ⟨q^(t)⟩ と、2つの古典の計算を並べた。1つは初期値 (q,p)=(22,0) から出た1本の古典軌道、もう1つは初期値をコヒーレント状態と同じ平均と分散の Gauss 分布で選んだ古典の集団の平均(Gauss–Hermite 求積の 24×24 点)である。量子の ⟨q^(t)⟩ は1本の軌道からは最大 2.76 ずれるが、古典の集団の平均とは t≤60 の範囲で 0.10 以内で一致する。振幅が小さくなるのは、軌道ごとに振動数が違う(λ>0 では振幅が大きいほど速い)ため、集団の位相がそろわなくなるからである。t=60 では ∣⟨q^⟩∣<0.05 まで崩れる。

図 2.3.2 4次の項を持つ振動子 (2.3.17)(ℏ=m=ω=1、λ=0.01)の ⟨q^(t)⟩。点線(青)は式 (2.3.18) の厳密な値、実線の赤はコヒーレント状態と同じ Gauss 分布から出た古典の集団の平均、細い灰色は1本の古典軌道。量子の値は集団の平均に沿って崩れ、1本の軌道からは離れる。
古典の振動数と Bohr の振動数、崩れと復活
式 (2.3.18) の中で ⟨q^⟩ に寄与するのは、主に隣り合う準位の項 qn+1,neiωn+1,nt である。コヒーレント状態の cn は、ほぼ平均 α2=4・標準偏差 α=2 の Poisson 分布の重みを持つので、n=2∼6 あたりの ωn+1,n が混ざる。例題 2.3.5 で示すように、ωn+1,n は古典の軌道の角振動数 ω(J) を作用 J=(n+1)ℏ で測ったものにほぼ等しい。古典の集団では作用が連続に分布するので位相は崩れたままだが、量子では振動数が飛び飛びの値なので、ある時刻に位相がそろい直す。隣どうしの振動数の差は n とともに小さくなり(ω21−ω10=0.0268 から ω54−ω43=0.0223 へ)、例題 2.3.5 の1次の摂動の値 3λ=0.03 より小さい。1次の値のままなら位相がそろい直す時刻は 2π/(3λ)≈209 だが、⟨q^⟩ に寄与する項の重み ∣cncn+1qn+1,n∣ で差を平均すると 0.0214 で、時刻は 2π/0.0214≈293 になる。実際に式 (2.3.18) を計算すると、t=291 で ∣⟨q^⟩∣=2.00 まで戻る(復活)。古典の集団の平均には復活が無い。崩れまでは量子と古典の集団が一致し、復活で違いがはっきり現れる。
近似の裏付け
型 A(射影) | 小さいもの 調和振動子の基底100個の部分空間(λ=0.01) | 証明 証明済み(Rayleigh–Ritz の上界と基底を増やしたときの単調性。140個との差 10−8 未満で確認) | 行き先 近似の数理 第4章
近似の裏付け
型 B(極限) | 小さいもの ℏ/(軌道の作用)→0(波束の幅が軌道の大きさに比べて小さい) | 証明 要確認(K. Hepp (1974), Commun. Math. Phys. 35, 265–277 の要旨で、ℏ−1/2 に中心を置いたコヒーレント状態での Weyl 演算子の期待値が古典の軌道の値に収束し、ずれが軌道のまわりで線形化した運動に従うことまでは確かめた。ポテンシャルの滑らかさと時間の範囲の前提は本文を読めておらず未確認) | 行き先 近似の数理 第7章
例題 2.3.5 Bohr の振動数と古典の振動数 ★★
オリジナル式 (2.3.17) で λ が小さいとする(ℏ=m=ω=1 の単位)。
- (1) 1次の摂動 En≈n+21+λ⟨n∣q^4∣n⟩ と ⟨n∣q^4∣n⟩=41(6n2+6n+3) から、ωn+1,n≈1+3λ(n+1) を示せ。
- (2) 古典の振幅 A の軌道で q4 の時間平均は 83A4、作用は J≈A2/2 である。1次で E(J)=J+23λJ2、ω(J)=dJdE=1+3λJ を示し、(1) と比べよ。
- (3) 本文の数値 ω10、ω21 と (1) の値の差を求めよ。また、コヒーレント状態 ∣α=2⟩ で振動数のばらつきが位相を約1ラジアンずらす時刻を見積もれ。
解答
(1) En+1−En≈1+4λ(6(n+1)2+6(n+1)−6n2−6n)=1+4λ(12n+12)=1+3λ(n+1)。
(2) λ=0 の軌道 q=Acost で cos4=83 だから q4=83A4。1次では作用を変えずにエネルギーに λq4 を足せばよく、A2=2J を入れて E(J)=J+83λ(2J)2=J+23λJ2、ω(J)=1+3λJ。(1) と比べると ωn+1,n=ω(J)J=(n+1)ℏ で、量子の振動数は古典の振動数を2つの準位の作用 (n+21)ℏ と (n+23)ℏ の中点で測ったものに等しい。これは 第2部第1章の対応原理の具体例で、1次の範囲では中点を取ることで差の式が厳密に一致する。
(3) n=0 で 1.03 と 1.0284(差 0.0016)、n=1 で 1.06 と 1.0552(差 0.0048)。差は2次の摂動の分で、n とともに増える。∣α=2⟩ の n の標準偏差は 2 なので、振動数のばらつきは (1) から 3λ×2=0.06 の程度で、位相が約1ラジアンずれる時刻は 1/0.06≈17 である。図 2.3.2 で振幅が t≈20∼40 にかけて大きく減っていることと桁が合う。
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