量子力学の様々な構成方法 第2部 第4章 §2.4.3 ★★★ [J^x,J^y]=iℏJ^z と正値性から、j(j+1)ℏ2・m=−j,…,j・半整数を出す。スピンは微分演算子でなくこの代数の表現として入り、2準位系の準位もその1つである
交換関係と梯子
3つのエルミートな演算子 J^x,J^y,J^z が
[J^x,J^y]=iℏJ^z,[J^y,J^z]=iℏJ^x,[J^z,J^x]=iℏJ^y(2.4.10)
を満たすとする。軌道角運動量 L^=r^×p^ は正準交換関係からこれを満たし(第2部第2章の例題)、古典の {Lx,Ly}=Lz を写したものになっている。行列力学では、(2.4.10) だけを要請し、それを満たす演算子を「角運動量」と呼ぶ。こうすると、位置と運動量で書けないスピンも同じ枠に入る。
J^2=J^x2+J^y2+J^z2 は3成分すべてと交換する(たとえば [J^z,J^x2]=iℏ(J^xJ^y+J^yJ^x) と [J^z,J^y2]=−iℏ(J^xJ^y+J^yJ^x) が打ち消す)。そこで J^2 と J^z の同時固有ベクトル ∣λ,μ⟩(J^2∣λ,μ⟩=λℏ2∣λ,μ⟩、J^z∣λ,μ⟩=μℏ∣λ,μ⟩)をとる。J^±=J^x±iJ^y と置くと
[J^z,J^±]=±ℏJ^±,[J^+,J^−]=2ℏJ^z,J^∓J^±=J^2−J^z2∓ℏJ^z(2.4.11)
である。最初の式は梯子の補題の形で、J^± は μ を ±1 ずらし、J^2 と交換するので λ を変えない。3つ目の式は J^∓J^±=J^x2+J^y2±i[J^x,J^y] から出る。
スペクトルを決める
定理 2.4.4(角運動量の表現 ★★★)
(2.4.10) を満たす有限次元の既約な表現は、j=0,21,1,23,… で番号づけられる。その表現ではJ^2=j(j+1)ℏ2 で、J^z の固有値は mℏ(m=−j,−j+1,…,j)の 2j+1 個、それぞれ縮退しない。基底 ∣j,m⟩ をとると
J^±∣j,m⟩=ℏj(j+1)−m(m±1)∣j,m±1⟩(2.4.12)
である。
証明
(2.4.11) の3つ目の式と正値性から
∥J^±∣λ,μ⟩∥2=⟨λ,μ∣J^∓J^±∣λ,μ⟩=ℏ2(λ−μ(μ±1))≥0
(J^±†=J^∓ を使った)。μ を上げ続けると μ(μ+1) がいくらでも大きくなるので、上りの梯子は止まらなければならない。止まる所の μ=j では J^+∣λ,j⟩=0 で、ノルムの式から λ=j(j+1)。同じく下りの梯子が止まる μ=j′ では λ=j′(j′−1)。2式から (j+j′)(j−j′+1)=0 で、j′≤j なので j′=−j。下端 −j から上端 j へ1ずつ上がって届くので、2j は非負の整数である。係数 (2.4.12) はノルムの式の平方根で、位相を正の実数に選んだものである。既約なら ∣j,j⟩ から J^− で作った 2j+1 個が全体を張るので、各 m に1つずつである(∣j,j⟩ が2つあれば調和振動子の定理 2.4.3 (iii) と同じ議論で既約性に反する)。
調和振動子と違い、角運動量の梯子は上にも下にも止まる。正値性の不等式 λ≥μ(μ±1) が両側から μ を押さえるためで、そのため表現は有限次元になる。第2部第3章の例題で、2次元等方振動子のエネルギー ℏω(N+1) の準位の中に角運動量の代数が現れ、その次元 N+1 が 2j+1(j=N/2)であることを予告した。定理 2.4.4 がその答えである。
スピンは代数の表現として入る
j=21 の表現は2次元で、∣21,21⟩=(1,0)T、∣21,−21⟩=(0,1)T と並べると、(2.4.12) からJ^+=ℏσ+、J^−=ℏσ−、J^z=2ℏσz で、
J^=2ℏσ(2.4.13)
を得る。Pauli 行列は「交換関係 (2.4.10) のいちばん小さい自明でない表現」として、代数から決まる。軌道角運動量 L^z=−iℏ∂φ では、方位角を 2π 回したとき波動関数が元に戻ることから m が整数に限られ、j は整数だけが現れる(解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第4部第5章)。半整数の表現は、波動関数の1価性という制約を持たない行列力学の側から自然に出てくる。第2部第2章で「スピンを角運動量の交換関係の表現として扱う」と書いたのは、この意味である。スピンを球面という相空間の量子化として出し直すのは第10部(第10部第5章)である。
例題 2.4.3 j = 1 の行列と、3次元の回転の生成子 ★★
オリジナル
- (1) j=1 の基底 ∣1,1⟩,∣1,0⟩,∣1,−1⟩ で J^x,J^y,J^z を 3×3 行列で書け。
- (2) (1) が (2.4.10) を満たし、J^2=2ℏ2 であることを確かめ、J^x の固有値を求めよ。
- (3) 3次元の回転の生成子 (S^k)il=−iℏϵkil(i,l=x,y,z の添字の行列)も (2.4.10) を満たすことを確かめ、S^z の固有値を求めよ。(1) と (3) は同じ表現か。
解答
(1) (2.4.12) から J^+∣1,0⟩=2ℏ∣1,1⟩、J^+∣1,−1⟩=2ℏ∣1,0⟩ なので、J^x=(J^++J^−)/2、J^y=(J^+−J^−)/(2i) より
J^x=2ℏ010101010,J^y=2ℏ0i0−i0i0−i0,J^z=ℏ10000000−1.
(2) 行列の積を計算すると [J^x,J^y]=iℏJ^z などが成り立ち、J^x2+J^y2+J^z2=2ℏ2⋅1=j(j+1)ℏ2。J^x の固有値は、特性方程式 λ(λ2−ℏ2)=0 から ℏ,0,−ℏ で、J^z と同じである。軸の向きを変えても m の値の並びは変わらない。
(3) (S^xS^y−S^yS^x)il=−ℏ2∑k(ϵxikϵykl−ϵyikϵxkl)=−ℏ2(δiyδxl−δixδyl)=iℏ(S^z)il(∑kϵaikϵbkl=δalδib−δabδil を使った)。S^z=ℏ0i0−i00000 の固有値は ℏ,0,−ℏ、S^2=2ℏ2。定理 2.4.4 により 3 次元の既約な表現は j=1 だけなので、(1) と (3) は基底の取り替え(ユニタリ変換)で移り合う同じ表現である。∣1,±1⟩∝(ex±iey) に当たり、ベクトルは j=1 を運ぶ。
2準位系の準位と、同じ代数でのスピン j
共通例題②のハミルトニアン
H^=−2ℏΔσz−2ℏΩσx=−Ω′n⋅J^,J^=2ℏσ,Ω′=Ω2+Δ2,n=Ω′(Ω,0,Δ)(2.4.14)
(回転座標で回転波近似をした形。導出は光学と量子エレクトロニクス 第18章)は、スピン21の表現の中の「向き n の軸のまわりの角運動量」である。n⋅J^ は回転で J^z に移るので、定理 2.4.4 により固有値は ±ℏ/2、準位は ∓ℏΩ′/2 で間隔は ℏΩ′ である。行列で確かめるなら、Pauli 行列の反交換関係 {σi,σk}+=2δik から (n⋅σ)2=∣n∣2=1 で、固有値 ±1 がすぐ出る。この準位の間隔を ℏ で割ったものが Rabi 振動
Pe(t)=(Ω′Ω)2sin22Ω′t(2.4.15)
の角振動数 Ω′ である(∣e⟩ は σz=+1、∣g⟩ は σz=−1)。(2.4.15) の時間発展は第2部第3章で Pauli 行列の Heisenberg 方程式(歳差)から出したので、ここでは結果を引用する。この節で付け加えるのは、準位の側を表現論で出したことと、次に示すように同じ代数を使えば答えがほかの j へそのまま持ち上がることである。
近似の裏付け
型 B(極限) | 小さいもの Ω/ω0→0 かつ ∣Δ∣/ω0→0(反回転の項を時間平均で捨てる) | 証明 条件付き(時間 1/Ω の桁の範囲で誤差 O(Ω/ω0)。周期的な係数の常微分方程式に対する平均化の定理による。判定は光学と量子エレクトロニクス 第18章に揃えた) | 行き先 近似の数理 第7章
スピン j の粒子を同じ場の中に置き、
H^j=−Ω′n⋅J^(J^ はスピン j の表現)(2.4.16)
とする。n⋅J^ の固有値は mℏ(m=−j,…,j)なので、準位は Em=−ℏΩ′m の等間隔な 2j+1 本である。
命題 2.4.5(Majorana の公式 ★★)
(2.4.16) のもとで、∣j,−j⟩ から出発して時刻 t に ∣j,j⟩ にいる確率は
P−j→j(t)=[Pe(t)]2j(2.4.17)
で、Pe は (2.4.15) である。
証明
スピン21を 2j 個並べ、各々の Pauli 行列を σ(k) として J^=2ℏ∑k=12jσ(k) と置く。これは (2.4.10) を満たし(違う k どうしは交換する)、入れ替えについて対称な状態の部分空間を保つ。その部分空間で ∣e⋯e⟩ は J^z=jℏ の最大で J^+∣e⋯e⟩=0 を満たすので、J^− を当てて作る 2j+1 個の状態がスピン j の表現になる(対称な部分空間の次元も 2j+1 なので、これで全部である)。∣j,j⟩=∣e⋯e⟩、∣j,−j⟩=∣g⋯g⟩ である。H^j=−2ℏΩ′∑kn⋅σ(k) の各項は互いに交換するので、時間発展はスピン21の U^(t)=e−iH^t/ℏ(H^ は (2.4.14))の積 U^j(t)=U^(t)⊗2j に分かれ、⟨e⋯e∣U^j∣g⋯g⟩=⟨e∣U^∣g⟩2j。絶対値の2乗をとれば (2.4.17) を得る。

図 2.4.2 共鳴(Δ=0)で ∣j,−j⟩ から ∣j,j⟩ へ移る確率。どれも厳密な式 (2.4.17)(点線)で、sin2(Ωt/2) の 2j 乗である。Ωt=π ではどの j も完全に反転する。
例題 2.4.4 スピン1の反転確率 ★★
オリジナルΔ=0.6Ω とする。
- (1) Ω′ と、Pe の最大値を求めよ。
- (2) Ωt=2 のとき、j=21,1,23 について P−j→j を数で求めよ。
- (3) j=1 で ∣1,−1⟩ から ∣1,0⟩ へ移る確率は 2Pe(1−Pe) であることを、命題 2.4.5 の証明と同じ組み立てで示せ。
解答
(1) Ω′=1+0.36Ω=1.1662Ω、Pe の最大値は (Ω/Ω′)2=1/1.36=0.735。
(2) Ω′t/2=1.1662 で sin2(1.1662)=0.8450、Pe=0.735×0.8450=0.6213。j=1 では 0.62132=0.3861、j=23 では 0.62133=0.2399。
(3) j=1 はスピン21の2個の対称な部分空間で、∣1,−1⟩=∣gg⟩、∣1,0⟩=(∣eg⟩+∣ge⟩)/2。1個あたりの振幅を u=⟨e∣U^∣g⟩、v=⟨g∣U^∣g⟩ と書くと U^⊗U^∣gg⟩ の ∣eg⟩, ∣ge⟩ の成分はどちらも uv なので、∣1,0⟩ への振幅は 2uv、確率は 2∣u∣2∣v∣2=2Pe(1−Pe)(ユニタリ性から ∣u∣2+∣v∣2=1)。3つの確率 Pe2、2Pe(1−Pe)、(1−Pe)2 の和は 1 で、2個のスピン21が独立に反転するときの二項分布になっている。
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