量子力学の様々な構成方法 第9部 第3章 §9.3.6 ★★★ 局所性が非文脈性の特別な場合であることを両向きに証明し、この章の結果を基準・第9部第2章・第7部と並べて、共通例題②を解く
局所性は非文脈性の特別な場合
Bell の不等式(J. S. Bell (1964), Physics 1, 195–200)は、離れた2人 A・B がそれぞれ2つの測定 x,y∈{0,1} を選び、結果 a,b∈{±1} を得る状況を扱う。CHSH の形と、量子力学による破れは 相対エントロピーから情報と物理を組み立てる 第3部第5章 で扱った。この状況を文脈の言葉で書き直す。物理量は A^0⊗1^、A^1⊗1^、1^⊗B^0、1^⊗B^1 の4つで、文脈は {A^x⊗1^,1^⊗B^y} の4組である(別の系に作用するので交換する)。
命題 9.3.9(局所的な模型と非文脈的な模型の同値 ★★★)
上の4つの文脈の上の結果の分布 p(ab∣xy) について、次の2つは同値である。
- (a) 局所的な隠れた変数の模型がある:p(ab∣xy)=∫q(λ)pA(a∣x,λ)pB(b∣y,λ)dλ。
- (b) 非文脈的な隠れた変数の模型がある:4つの物理量の値の割り当て vμ=(a0,a1,b0,b1)∈{±1}4 と重み w(μ) があって、p(ab∣xy)=∑μw(μ)δa,ax(μ)δb,by(μ)。
証明
(b) ⇒ (a):λ=μ、pA(a∣x,μ)=δa,ax(μ)、pB(b∣y,μ)=δb,by(μ) とおけば (a) の形である。決定的な応答は特別な確率的応答にすぎない。
(a) ⇒ (b):λ ごとに、4つの値の組 μ=(a0,a1,b0,b1) に重み
w(μ)=∫q(λ)pA(a0∣0,λ)pA(a1∣1,λ)pB(b0∣0,λ)pB(b1∣1,λ)dλ
を与える。文脈 (x,y) で ax=a、by=b となる μ の重みを足すと、使わない2つの値(a1−x と b1−y)についての和は ∑a′pA(a′∣1−x,λ)=1 と ∑b′pB(b′∣1−y,λ)=1 で消え、∫qpA(a∣x,λ)pB(b∣y,λ)dλ=p(ab∣xy) が残る。こうして得た vμ は、A^x⊗1^ の値 ax を相手の測定 y によらず1つに決めているので非文脈的である(A. Fine (1982), Physical Review Letters 48, 291 は、この同値と CHSH 不等式の組が必要十分であることを示した)。
したがって、CHSH 不等式 ∣E00+E01+E10−E11∣≤2 は、上の4つの文脈の上の非文脈性の不等式と同じものである。λ ごとに a0(b0+b1)+a1(b0−b1) は、b0+b1 と b0−b1 の一方が 0 で他方が ±2 なので ±2 になる、という証明もそのまま非文脈的な割り当てについての証明として読むことができる。違いは仮定の根拠にある。Bell の状況では、A の測定値が B の選択 y によらないことを、2人が空間的に離れていて信号が間に合わないこと(相対論の因果律)で正当化することができる。Kochen–Specker の状況では、同じ実験室の中で同時に測れる物理量について同じ仮定を置くので、物理的な裏付けは弱い。その代わり、もつれた状態も2つの系も要らない。
| Bell(CHSH) | Kochen–Specker |
| 仮定 | 局所性(非文脈性の特別な場合) | 交換する物理量の非文脈性 |
| 仮定の根拠 | 空間的に離れていること | 測定の読み替えの自然さ |
| 必要な次元 | 2×2(2量子ビット) | 3 以上 |
| 状態 | もつれた状態が必要 | 状態によらない証明がある |
| 最小の例 | ∣Φ+⟩ で 22>2 | 正方形で 6>4、KCBS で 5>2 |
基準・Gleason・von Neumann とのつながり
第1部の基準(第1部第2章)は、測定の結果が確率的に出ることを Born の規則 Q3 として置き、測る前の値については何も言わない。この章の結果は、基準の公理を変えずに「測る前から値が決まっている」と付け加えることが、非文脈性を保つ限りできないことを言う。第4部(第4部第1章)の密度行列も、分散のない状態の混合 ρ^=∑λq(λ)ρ^λ には書くことができない。密度行列の混合は分散のある純粋状態の混合で、分散のない状態はそもそも存在しないからである。
歴史の流れを並べると、von Neumann(1932)は交換しない物理量にまで期待値の線型性を個々の値へ課して隠れた変数を否定した。Gleason(1957)は交換する組の加法性だけから確率の形を決め、Bell(1966)はその系として分散のない状態の不在を読み取り、非文脈性こそが仮定の要だと指摘した。Kochen と Specker(1967)は同じ結論を有限個の射線で示した。Bell(1964)は局所性という非文脈性の特別な場合に絞って、仮定の根拠を相対論に置いた。第9部の流れで言えば、Gleason の定理(第9部第2章)が射影の束から密度行列への橋を架け、この章はその橋の反対側に古典の状態空間への道が無いことを示している。
文脈的な隠れた変数:Bohm の理論
Kochen–Specker の定理が否定するのは非文脈的な隠れた変数で、文脈的な隠れた変数は否定しない。その例が第7部(第7部第4章)の Bohm の理論である。Bohm の理論では粒子の位置が隠れた変数で、位置の測定値は前もって決まっている。しかしスピンのような位置以外の物理量の測定値は、粒子の位置と、測定装置の配置(どの物理量と一緒に、どんな順で測るか)の両方で決まる。値は装置を含めた全体の配置に依存し、物理量だけでは決まらない。定理 9.3.6 はこの依存性を避けられないことを示している。Bohm の理論が非局所的でもあることは、命題 9.3.9 を通して Bell の定理の側から見た同じ事情である。
授業で習った形との対応
学部の授業では、「交換する物理量は同時に測ることができ、同時固有状態がある」「交換しない物理量は同時に確定した値を持たない」と習う。後者は通常、不確定性関係 ΔAΔB≥21∣⟨[A^,B^]⟩∣ の形で説明される。不確定性関係は量子状態の上の分散についての不等式で、隠れた変数 λ を決めたときに値が決まっているかどうかについては直接は何も言わない。この章の言葉では、「同時に確定した値を持たない」の正確な形が定理 9.3.6 である。交換する組ごとに値を持たせることは各文脈の中ではできるが、すべての文脈で同時に整合する値の割り当ては3次元以上で存在しない。量子ビット(9.3.2節)だけを扱う授業の例では、この違いはまだ見えない。
共通例題②:Rabi 振動を隠れた変数で再現する
共通例題②の2準位系 H^=−2ℏΔσz−2ℏΩσx、Ω′=Ω2+Δ2 を、∣g⟩(Bloch ベクトル −ez)から発展させる。第9部第2章で求めた Bloch ベクトルは
rx=−Ω′22ΔΩsin22Ω′t,ry=−Ω′ΩsinΩ′t,rz=−1+2(Ω′Ω)2sin22Ω′t(9.3.13)
で、∣r∣=1 のまま動く。各時刻に命題 9.3.4 の模型の分布 qr(t)(λ) を置けば、(9.3.4) で n=ez として
Pe(t)=Pr(σz=+1)=21+rz=(Ω′Ω)2sin22Ω′t(9.3.14)
となり、共通例題②の正答と同じ形が出る。どの向き n の測定の確率も 21(1+r⋅n) と Born の規則に一致する。
この計算が示すのは、単一の量子ビットの Rabi 振動は、非文脈的な隠れた変数の模型と矛盾しないということである。Rabi 振動を何度測っても、それだけでは「測る前に値が決まっていない」ことの証拠にはならない。文脈依存性を見るには、3準位以上の系(KCBS)か、2つの量子ビット(Peres–Mermin・Bell)が要る。総合問題で2量子ビットへ進む。
例題 9.3.6 Rabi 振動の途中を模型で調べる ★★★
オリジナルΔ=Ω とし、Ω′t=2π の時刻を考える。
- (1) (9.3.13) から r を求め、模型の分布 qr が乗る半球を言え。
- (2) 模型で Pr(σz=+1) と Pr(σx=+1) を計算し、Born の規則と比べよ。
- (3) 隠れた変数 λ=(−1,−1,−1)/3 が出たとき、σx,σy,σz と n⋅σ(n=(1,−1,0)/2)の値を答えよ。この λ は分布の台に入るか。
解答
(1) Ω′=2Ω で Ω/Ω′=1/2、2ΔΩ/Ω′2=1、sin24π=21、sin2π=1 なので r=(−21,−21,−21)。分布は λ⋅r>0 の半球、すなわち −21λx−21λy−21λz>0 の側に密度 λ⋅r/π で乗る。
(2) (9.3.4) から Pr(σz=+1)=21(1+rz)=41、Pr(σx=+1)=21(1+rx)=41。Born の規則 21(1+r⋅n) でも同じ値になる。Pe=41 は (9.3.14) の 21sin24π=41 と一致する。
(3) λ⋅r=31(21+21+21)≈0.986>0 なので台に入る。値は sgn(λ⋅n) で読み、λx,λy,λz<0 から vλ(σx)=vλ(σy)=vλ(σz)=−1。n=(1,−1,0)/2 では λ⋅n=61(−1+1)=0 で境界に当たり、値は決まらない。境界の λ は確率 0 でしか出ないので確率の計算には影響しないが、向きを少しでも傾ければ値は ±1 に決まる。どの値も λ と測る向き n だけで決まり、一緒に何を測るか(文脈)を参照していない。量子ビットでは文脈が {n⋅σ} の1つしかないので、これで非文脈性が満たされる。
限界:有限の精度と実験
Kochen–Specker の証明は、直交関係が厳密に成り立つ射線の組を使う。実験の装置は有限の精度でしか向きを決められないので、「精度の範囲で区別できない射線の組には別の値を割り当ててよい」とすると、着色できる稠密な部分集合が作れることが指摘された(D. A. Meyer (1999), Physical Review Letters 83, 3751;A. Kent (1999), Physical Review Letters 83, 3755)。これに対しては、確率が装置の向きに連続に依存することを使って、そのような模型でも実験で区別できる予言の違いが残るという反論が出されている。実験の側では、状態によらない Peres–Mermin 型の不等式の破れが捕捉したイオンで検出の抜け穴なしに(G. Kirchmair et al. (2009), Nature 460, 494–497)、KCBS 不等式の破れが単一光子の3準位系で(Lapkiewicz et al. 2011)観測されている。
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