ハミルトニアンの選び方で固体を考える 第2部 第4章 §2.4.4 ★★★ ℏk は運動量でないが逆格子ベクトルを法として保存し、Bloch 状態の平均の速度は ∇kεn/ℏ
ℏk は運動量ではない
自由電子の平面波 eik⋅r は運動量 p^ の固有関数で、固有値は ℏk である。Bloch 関数 eik⋅runk では、unk が定数でない限りp^ の固有関数にならない。Fourier 展開 ψnk=∑Gck+Gei(k+G)⋅r で見ると、運動量 ℏ(k+G) の平面波が重み ∣ck+G∣2 で混ざっている。ℏk は、並進 T^R の固有値 e−ik⋅R を番号付ける量で、逆格子ベクトルの分の不定性を持つ。これを結晶運動量と呼ぶ。
結晶運動量の保存
結晶運動量が「保存する」とはどういう意味かを、遷移の選択則として述べる。電子に、空間的に eiq⋅r の形で変わる摂動(光・フォノン・中性子と電子の相互作用に現れる摂動の Fourier 成分)がかかったとする。遷移の行列要素 ⟨ψn′k′∣eiq⋅r∣ψnk⟩ に、ユニタリな T^R を両側から差し込む。T^Reiq⋅rT^R−1=eiq⋅(r−R)(関数を掛ける演算子をずらすと引数がずれる)と式 (2.4.5) から
⟨ψn′k′∣eiq⋅r∣ψnk⟩=⟨T^Rψn′k′∣T^Reiq⋅rT^R−1∣T^Rψnk⟩=ei(k′−k−q)⋅R⟨ψn′k′∣eiq⋅r∣ψnk⟩
を得る。これがすべての格子ベクトル R で成り立つので、行列要素が 0 でないなら ei(k′−k−q)⋅R=1、すなわち
k′=k+q+G(G は逆格子ベクトル)(2.4.12)
である。結晶運動量は摂動の波数 q の分だけ変わり、余りの ℏG は結晶全体の運動量として格子に移る。G=0 の過程を正常過程、G=0 の過程を Umklapp 過程と呼ぶ。Umklapp 過程は第3部第2章の熱抵抗の主な原因になる。連続の並進対称性から運動量保存を導くのが Noether の定理(解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第1部第10章)なら、式 (2.4.12) は離散の並進対称性に対する同じ議論の結論である。
群速度
Bloch 状態の電子の平均の速度を求める。速度の演算子は v^=p^/m である(r^˙=[r^,H^]/(iℏ)=p^/m)。
定理 2.4.3(群速度の定理 ★★★)
εn(k) が縮退していない k で
⟨ψnk∣mp^∣ψnk⟩=ℏ1∇kεn(k)(2.4.13)
(ψnk は規格化してある)。
証明
式 (2.4.9) の H^k を k で微分すると ∇kH^k=ℏ(p^+ℏk)/m である。規格化した固有ベクトル unk について、εn=⟨unk∣H^k∣unk⟩ を k で微分すると、u の微分を含む2項はεn∇k⟨unk∣unk⟩=0 にまとまり(Hellmann–Feynman の定理)、
∇kεn=⟨unk∣∇kH^k∣unk⟩=mℏ⟨unk∣p^+ℏk∣unk⟩
となる。(p^+ℏk)u=e−ik⋅rp^(eik⋅ru) なので、右辺の行列要素は ⟨ψnk∣p^∣ψnk⟩ に等しい。両辺を ℏ で割ると式 (2.4.13) を得る。
自由電子なら ε=ℏ2k2/2m で右辺は ℏk/m になり、平面波の速度に戻る。結晶の中では、速度は結晶運動量 ℏk ではなくバンドの傾きで決まる。命題 2.4.2 の (1)(2) から εn は k について偶関数で周期的なので、1次元では Brillouin 域の中心と端で dεn/dk=0 になり、そこでは電子は平均として止まっている。端の状態は、+π/a と −π/a の平面波が同じ重みで重なった定在波で、例題 2.4.3 (1) の sin(πx/a) がその例である。
式 (2.4.13) は、εn(k) を Hamiltonian とみなしたときの Hamilton 方程式 r˙=∂H/∂(ℏk) と同じ形をしている。外力のもとで ℏk˙=F が成り立つことと合わせて、バンドの中の電子の運動を古典の Hamilton 方程式で追う見方(半古典運動)は、解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第4部第10章で扱う。
前の第2部第3章の tight-binding の輪では、Bloch 関数は原子軌道 ϕ(r−R) の位相つきの和(Bloch 和)
ψk(r)=N1R∑eik⋅Rϕ(r−R)(2.4.14)
で書けていた。これが式 (2.4.7) を満たすことは、和の変数を R→R+R′ とずらせば分かる。平面波の展開 (2.4.10) と Bloch 和 (2.4.14) は、同じ定理の2つの基底での表し方で、ポテンシャルが弱いときは前者、原子の軌道がよく局在しているときは後者が少ない項で済む。1次元の Bloch 和では ε(k)=εa−2tcos(ka) なので、群速度は v=(2ta/ℏ)sin(ka) で、ka=π/2(帯の中央)で最大になる。

図 2.4.3 図 2.4.1 の第1のバンドの平均の速度 ⟨p^⟩/m(点線=平面波の係数から ∑∣c∣2ℏ(k+G)/m で計算したもの)と、V1→0 の近似(自由電子 ℏk/m、灰色の実線)。数値微分した ℏ−1dε1/dk と 10−8 の精度で一致する。域の端に近づくと速度は下がり、ka=π で 0 になる
例題 2.4.4 平面波の重みから群速度を出す ★★
オリジナル図 2.4.1 の模型(V1=0.3Ezb)の第1のバンドの ka=π/2 の状態を、平面波 25 個で計算すると、固有値は ε1=0.1913Ezb で、係数の重みは ∣ck∣2=0.9767、∣ck−2π/a∣2=0.0209、∣ck+2π/a∣2=0.0024(残りは合わせて 2×10−5 以下)だった。
- (1) 平均の速度 ⟨p^⟩/m を ℏπ/(ma) を単位として求めよ。
- (2) 自由電子の速度 ℏk/m と比べ、遅くなる理由を重みから説明せよ。
- (3) 定理 2.4.3 と矛盾しないことを、図 2.4.1 の傾きで確かめる方法を述べよ。
解答
(1) 平面波 ei(k+G)x は運動量 ℏ(k+G) を持つので、⟨p^⟩=∑G∣ck+G∣2ℏ(k+G) である。κ=ka/π=0.5 として ℏ(k+2πm/a)=(ℏπ/a)(κ+2m) だから
m⟨p^⟩=maℏπ(0.9767×0.5+0.0209×(−1.5)+0.0024×2.5)=0.463maℏπ
となる(重みを丸めない計算では 0.46297)。
(2) 自由電子なら ℏk/m=0.5ℏπ/(ma) である。結晶の中では、逆向き(k−2π/a、運動量 −1.5)の平面波が 2% 混ざるので、平均の速度が下がる。k−2π/a の平面波が k+2π/a より多く混ざるのは、その運動エネルギー (κ−2)2=2.25 が (κ+2)2=6.25 より κ2=0.25 に近く、摂動で混ざりやすいからである。域の端 ka=π に近づくと k と k−2π/a の運動エネルギーが等しくなって2つが同じ重みで混ざり、速度は 0 に向かう(図 2.4.3)。
(3) 定理は ⟨p^⟩/m=ℏ−1dε1/dk を言う。単位をそろえると ℏ−1dε/dk=2maℏπd(ε/Ezb)/dκ なので、図 2.4.1 の第1のバンドの κ=0.5 での傾き d(ε/Ezb)/dκ が 2×0.463=0.926 になっていればよい。κ=0.45 と 0.55 の値 0.1471 と 0.2396 から中心差分で (0.2396−0.1471)/0.1=0.925 となり、一致する。
例題 2.4.5 光の波数はなぜ「縦の遷移」になるか ★
オリジナルエネルギー 2.0eV の光が格子定数 a=0.5nm の結晶に吸収され、電子が下のバンドから上のバンドへ移る。光の波数 q と、Brillouin 域の端までの波数 π/a の比を求め、式 (2.4.12) から遷移の前後で k がほとんど変わらないことを示せ。
解答
光の波長は λ=hc/E=1239.84eVnm/2.0eV=620nm、波数は q=2π/λ=1.01×107m−1 である。一方 π/a=6.28×109m−1 なので、比は q/(π/a)=1.61×10−3 である。式 (2.4.12) で G=0 とすると k′=k+q で、k の変化は Brillouin 域の大きさの 0.2% にとどまる。バンド図の上では遷移はほぼ真上(縦)に向かい、これを縦の遷移(直接遷移)と呼ぶ。光の波長が格子定数より3桁長いことが、この近似の根拠である。バンドの底と天井が異なる k にある物質(Si など)で光を吸収させるには、大きな波数を持つフォノンの吸収・放出を伴う必要がある(間接遷移。第4部第6章)。
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