ハミルトニアンの選び方で固体を考える 第5部 第4章 §5.4.5 ★★★ 引力の運動量とエネルギーへの依存・Coulomb の反発・強い結合の効果・秩序変数のゆらぎ・不純物を削った。Coulomb の反発は遅れの効果で μ∗ に縮み、ゆらぎは Tc のごく近くでしか現れない
この章の H (5.4.2) と平均場は、金属の電子から次の5つを削っている。
1つ目は引力の形である。(5.4.1) の引力は運動量の受け渡し q にも、受け渡すエネルギー ℏω にもよるが、BCS はこれを殻の中の定数 −g/V にした。Fermi 面の上で g が向きによらないとしたので、ギャップ Δ も向きによらない(s 波)。結晶の Fermi 面ではギャップに向きの依存が残り、銅酸化物などでは向きによって符号まで変わる。全運動量が 0 でない対の散乱を捨てたことは、一様な状態の平均場には影響しない。
2つ目はCoulomb の反発である。遮蔽された Coulomb の反発は殻の外まで広がり、無次元の大きさ μ=N0⟨VC⟩ は 0.2〜0.5 程度で、引力の λ と同じ桁である。それでも超伝導が起きるのは、反発が瞬間的に働くのに対し、引力が時間の遅れを伴うからである。殻の外のエネルギーの状態を消去すると、殻の中での反発は
μ∗=1+μln(εF/ℏωD)μ(5.4.30)
に縮み(P. Morel, P. W. Anderson (1962), Phys. Rev. 125, 1263)、λ の代わりに λ−μ∗ が転移温度の指数に入る(例題 5.4.5)。
3つ目は強い結合の効果である。BCS は λ≪1 で、準粒子の寿命やフォノンのスペクトルの形を捨てた。λ が 1 に近い物質では、電子とフォノンの結合をエネルギーに依存する形で扱う Eliashberg の理論が要り、2Δ0/(kBTc) や ΔC/(γTc) は (5.4.18)・(5.4.29) の値より大きくなる。
4つ目は秩序変数のゆらぎである。平均場では Δ を1つの数に置き換え、その熱ゆらぎを捨てた。ゆらぎが目に見えるのは、ゆらぎ1個の自由エネルギー(コヒーレンス長の体積の中の凝縮エネルギー)がkBTc と同じ程度になる温度の範囲だけである。通常の金属の超伝導体ではこの比がきわめて小さく(例題 5.4.5)、平均場が Tc のごく近くまで使える。これは第5部第3章の磁性の平均場と大きく違う点で、BCS の対が非常に大きく(ξ0∼μm)、1個の対の中に多数の対が重なっていることの帰結である。
5つ目は不純物と有限の大きさである。非磁性の不純物は、時間反転で結ばれた状態の対を作り直せば平均場の Tc を変えない(Anderson の定理)。ただし勾配の係数 (5.4.25) は平均自由行程が ξ0 より短いと小さくなり、κ が大きくなる。また、5.4.4節の London 方程式は電流と A の関係が局所的なこと(ξ0≪λL)を仮定した。アルミニウムのように ξ0≫λL の物質では電流が ξ0 の範囲の A の平均で決まり(Pippard の非局所性)、侵入長は λL より長くなる。
近似の裏付けは次のとおりである。
近似の裏付け
型 C(閉じる) | 小さいもの フォノンを介した引力と Coulomb の反発を、殻の中の定数 −g/V(と μ∗)で置き換える(小さいパラメータなし) | 証明 C 型=内部の評価なし(遅れの効果の大きさは ℏωD/εF で測られるが、定数の引力に置き換えた誤差の評価は無い) | 行き先 近似の数理 第8章・近似の数理 第13章
近似の裏付け
型 B(極限) | 小さいもの 1/N(殻の中の対の数)→0。対の平均場で c−k↓ck↑ のゆらぎの2次を捨てる | 証明 条件付き(対の相互作用を k によらない定数にした簡約した H (5.4.2) に限り、熱力学極限で平均場の自由エネルギーが厳密になる〔近似の数理 第13章〕。k に依る引力やゆらぎの大きい低次元は要確認) | 行き先 近似の数理 第6章・近似の数理 第13章
近似の裏付け
型 B(極限) | 小さいもの (Tc−T)/Tc→0(BCS から Ginzburg–Landau へ) | 証明 条件付き(BCS の自由エネルギー汎関数から、外場が長さ h−1 の尺度でゆっくり変わり Tc−T∝h2 の極限で GL 汎関数が出ることが証明されている〔R. L. Frank, C. Hainzl, R. Seiringer, J. P. Solovej (2012), J. Amer. Math. Soc. 25, 667〕) | 行き先 近似の数理 第6章・近似の数理 第13章
近似の裏付け
型 B(極限) | 小さいもの λ→0(kBTc/ℏωD→0。弱い結合)と、ゆらぎの比 kBTc/(21N0Δ02ξ03)→0 | 証明 要確認(弱い結合の極限で Eliashberg の理論が BCS に戻ること、ゆらぎの補正が Tc の近くの狭い範囲に限られることの厳密な形は、この章では原論文で確かめていない) | 行き先 近似の数理 第7章・近似の数理 第13章
例題 5.4.5 Coulomb の反発があっても超伝導になる理由と、ゆらぎの小ささ ★★
オリジナルアルミニウムで εF=11.65eV、ℏωD=kB×428K、Coulomb の反発の大きさを μ=0.25 とする(与えられた値として使う)。転移温度の式は (5.4.17) の λ を λph−μ∗ に置き換えたもの(λph はフォノンによる引力だけの結合の強さ)とする。
- (1) μ∗ を求めよ。例題 5.4.3 の λ=0.166 が λph−μ∗ に当たるとすると、λph はいくらか。
- (2) 遅れの効果が無く反発が殻の中でも μ のまま働くとしたら、Tc はいくらになるか。
- (3) Tc∝M−α の指数 α が 21[1−μ∗2/(λph−μ∗)2] になることを示し、その値を求めよ(μ と εF は M によらない)。
- (4) 例題 5.4.3・5.4.4 の値で、ゆらぎの比 kBTc/(21N0Δ02ξ03) を求めよ。
解答
(1) εF/ℏωD=11.65eV/36.9meV=316、ln316=5.76 なので、μ∗=0.25/(1+0.25×5.76)=0.103 である。λph=0.166+0.103=0.269。反発は殻の外のエネルギーの状態を経由するうちに 40% ほどに縮み、引力を打ち消しきれない。
(2) 指数は λph−μ=0.269−0.25=0.018 で、Tc=1.134×428K×e−1/0.018≈1.7×10−21K になる。事実上、超伝導は起きない。反発が縮むのは、電子の運動の時間の尺度 ℏ/εF に比べて、イオンの応答の時間 1/ωD がずっと長いためである。
(3) lnTc=lnℏωD−1/(λph−μ∗)+定数で、λph は M によらない(N0 と電子・イオンの結合の比で決まる)。(5.4.30) から dμ∗/dlnωD=μ∗2 なので
dlnωDdlnTc=1−(λph−μ∗)2μ∗2
で、ωD∝M−1/2 から α=21[1−μ∗2/(λph−μ∗)2] を得る。値は 21[1−(0.103/0.166)2]=0.31 である。Coulomb の反発があると同位体効果の指数は 21 より小さくなる。
(4) 21N0Δ02=29.7Jm−3、ξ03=(2.37×10−6)3=1.34×10−17m3 で、その積は 3.98×10−16J。kBTc=1.62×10−23J との比は 4.1×10−8 である。コヒーレンス長の体積の中の凝縮エネルギーは熱のエネルギーの 107 倍以上あり、秩序変数の熱ゆらぎは Tc の極めて近くでしか見えない。
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com