相対エントロピーから情報と物理を組み立てる 第7部 第6章 §7.6.3 ★★★ 境界の領域のエンタングルメント・エントロピーは内部の極小曲面の面積を 4ℓPd−1 で割ったもので、AdS3 では測地線の長さから (c/3)ln(L/ε) が出る
公式
定理 7.6.3(Ryu–Takayanagi 公式 ★★★)
時間に依存しない古典解の上で、境界の領域 A のエンタングルメント・エントロピーは、ℓP/ℓ→0 の主要項で
S(ρ^A)=4ℓPd−1Area(γA)(7.6.8)
である。γA は、時間一定面の中で A の端 ∂A に端を持ち、A と合わせて内部の領域 a の境界になる(A にホモロガスな)曲面のうち、面積が最小のものである。
Ryu と高柳はこの公式を予想として出し、AdS3 で CFT の既知の結果と一致することを確かめた1S. Ryu, T. Takayanagi (2006), Phys. Rev. Lett. 96, 181602。時間に依存する場合は極値曲面に置き換わる:V. E. Hubeny, M. Rangamani, T. Takayanagi (2007), JHEP 07, 062。。重力の経路積分で Trρ^An を計算する方法(レプリカトリック)による導出は Lewkowycz–Maldacena が与えた2A. Lewkowycz, J. Maldacena (2013), JHEP 08, 090。。係数の 1/4 は Bekenstein–Hawking エントロピー(解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第5部第12章)と同じもので、領域 A を境界全体に取ると、ブラックホールがあるときの γA は地平面になり (7.6.8) は SBH/kB になる。RT 公式は「どの境界の領域のエントロピーも、内部のどこかの面の面積で数えられる」と言っており、Bekenstein–Hawking の公式はその1つの場合である。
この節の「領域 a」が前の節で使った内部の領域で、A と γA が囲む部分(その依存領域をエンタングルメント・ウェッジと呼ぶ)である。定理 7.6.2 の再構成はこの a の中の演算子について成り立つ。
AdS3 の区間
d=2 で、境界の長さ L の区間 A=[−R,R](L=2R)を取る。Poincaré 上半平面の測地線は境界に直交する半円で、A の端を結ぶものは x=Rcosθ、z=Rsinθ である。この曲線に沿った線素は ds=ℓdx2+dz2/z=ℓdθ/sinθ なので、切断 z≥ε の部分の長さは
Length(γA)=2ℓ∫θεπ/2sinθdθ=2ℓarccoshεR=2ℓlnεL+O(L2ε2)(7.6.9)
である(sinθε=ε/R、∫dθ/sinθ=lntan(θ/2))。3次元では「面積」は長さで、ℓPd−1=ℓP なので、RT 公式と Brown–Henneaux の関係 (7.6.2) から
S(ρ^A)=4ℓP2ℓlnεL=3clnεL(7.6.10)
が出る。これは2次元の CFT の区間のエンタングルメント・エントロピーの一般の式(Holzhey–Larsen–Wilczek、Calabrese–Cardy3C. Holzhey, F. Larsen, F. Wilczek (1994), Nucl. Phys. B 424, 443。P. Calabrese, J. Cardy (2004), J. Stat. Mech. P06002。)と一致する。第5部第1章では同じ式を臨界のスピン鎖の数値計算で c=1 として確かめた。RT 公式は、その係数 c を内部の曲率半径と Planck 長の比として読み、対数を測地線が境界の近くで費やす長さとして読む。境界の近くの1つの層(例題 7.6.1)が ℓln2 の長さを持ち、区間の両端で層が数えられるので、切断を半分にするたびに S は 2ℓln2/(4ℓP)=(c/3)ln2 増える。
有限温度の場合も同じ方法で計算でき、内部が BTZ ブラックホール4M. Bañados, C. Teitelboim, J. Zanelli (1992), Phys. Rev. Lett. 69, 1849。になると測地線の長さからS=(c/3)ln(πεβsinhβπL) が出る(β は長さで測った逆温度)。L≪β で (7.6.10) に戻り、L≫β で S≈(πc/3)(L/β) と長さに比例する。後者は熱状態の体積則で、測地線が地平面に沿って伸び、地平面の面積の一部を数えている。
RT 公式が満たす不等式
RT 公式で決まるエントロピーは、量子状態のエントロピーが満たすべき不等式を幾何の性質として満たす。劣加法性 S(A)+S(B)≥S(AB) は、γA∪γB が AB にホモロガスな曲面の1つで、極小の γAB はそれより短いことから出る。強劣加法性(第3部第3章)も、γAB∪γBC を切って貼り直すと B と ABC にホモロガスな曲面の組になることから示される5M. Headrick, T. Takayanagi (2007), Phys. Rev. D 76, 106013。。
2つの離れた区間 A,B の相互情報量 I(A;B)=S(A)+S(B)−S(AB) には、RT 公式に特有の振る舞いがある(図 7.6.2)。AB の曲面には、γA∪γB(つながらない組)と、外側を結ぶ測地線と間を結ぶ測地線の組(つながった組)の2つの候補があり、短い方が選ばれる。間隔が広いとつながらない組が選ばれて I(A;B)=0(主要項)、間隔が狭いとつながった組が選ばれて I(A;B) は c に比例する大きさになる。長さ a,b の区間が間隔 x で並ぶとき、(7.6.10) の形を使って
I(A;B)=max(0, 3clnx(a+b+x)ab)(7.6.11)
である(ε は打ち消し合う)。

図 7.6.2 RT 公式による2区間の相互情報量 (7.6.11)(a=b=1)。間隔が x∗=2−1 を超えると極小の曲面がつながらない組に入れ替わり、主要項の相互情報量は 0 になる。座標は verify で計算した。
近似の裏付け
型 B(極限) | 小さいもの ℓP/ℓ=3/(2c)→0 | 証明 条件付き(重力の経路積分がレプリカ対称な古典解で支配されると仮定。Lewkowycz–Maldacena 2013。O(c0) は FLM) | 行き先 近似の数理 第7章
例題 7.6.3 区間のエントロピーの大きさ ★★
オリジナル3次元の AdS で ℓ/ℓP=100 とする。
- (1) 境界の CFT の中心電荷 c を求め、長さ L の区間で L/ε=106 のときのエントロピーを求めよ。
- (2) 切断を ε→ε/2 にすると S はいくら増えるか。どこの長さが増えたのかを内部の言葉で述べよ。
- (3) 測地線の長さを、両端の点 (±R,ε) を結ぶ測地距離で置き換えると 2ℓarcsinh(R/ε) になる(7.6.6節)。(7.6.9) との差が L≫ε で無視できることを確かめよ。
解答
(1) c=3ℓ/(2ℓP)=150。S=(c/3)ln106=50×13.816=690.8。
(2) (c/3)ln2=50×0.6931=34.66 増える。内部では、測地線の両端がそれぞれ1層ずつ境界に近づき、各端で ℓln2、合わせて 2ℓln2 だけ長くなった。2ℓln2/(4ℓP)=(ℓ/2ℓP)ln2=(c/3)ln2 である。
(3) arcsinhu=ln(u+u2+1)、arccoshu=ln(u+u2−1) なので、どちらも u→∞ で ln(2u)+O(u−2) である。差は 2ℓ⋅2u21 の大きさで、u=R/ε=5×105 では 4×10−12ℓ にすぎない。エントロピーの主要項 (c/3)ln(L/ε) は切断の取り方の細部によらない。
例題 7.6.4 2区間の相互情報量と強劣加法性 ★★
オリジナルd=2、中心電荷 c の境界で、(7.6.10) を区間のエントロピーとして使う。
- (1) 長さ 1 の区間2つが間隔 x で並ぶ。相互情報量 (7.6.11) が 0 になる間隔 x∗ を求め、x=0.2 のときの I(A;B) を c=150 で求めよ。
- (2) 隣り合う3区間 A,B,C(長さ a,b,c3)について S(AB)+S(BC)−S(B)−S(ABC) を求め、非負であることを示せ。a=b=c3=1、c=150 での値を求めよ。
解答
(1) つながった組の長さの和 ∝ln[x(2+x)] と、つながらない組 ∝ln(1⋅1) が等しくなるのは x(2+x)=1、x∗=2−1=0.4142。x=0.2 では I=(c/3)ln(1/(0.2×2.2))=(c/3)×0.8210=41.05(c=150)。間隔 x>x∗ では主要項が 0 で、c0 の大きさの補正(内部の場の相互情報量)だけが残る。
(2) 隣り合う区間なので AB、BC、B、ABC はどれも1つの区間で、
S(AB)+S(BC)−S(B)−S(ABC)=3clnb(a+b+c3)(a+b)(b+c3).
(a+b)(b+c3)−b(a+b+c3)=ac3>0 なので対数の中は 1 より大きく、値は正である。a=b=c3=1 では (c/3)ln(4/3)=50×0.2877=14.38。これは条件付き相互情報量 I(A;C∣B) で、強劣加法性 I(A;C∣B)≥0 が対数の中の不等式として成り立っている。
1 S. Ryu, T. Takayanagi (2006), Phys. Rev. Lett. 96, 181602。時間に依存する場合は極値曲面に置き換わる:V. E. Hubeny, M. Rangamani, T. Takayanagi (2007), JHEP 07, 062。
2 A. Lewkowycz, J. Maldacena (2013), JHEP 08, 090。
3 C. Holzhey, F. Larsen, F. Wilczek (1994), Nucl. Phys. B 424, 443。P. Calabrese, J. Cardy (2004), J. Stat. Mech. P06002。
4 M. Bañados, C. Teitelboim, J. Zanelli (1992), Phys. Rev. Lett. 69, 1849。
5 M. Headrick, T. Takayanagi (2007), Phys. Rev. D 76, 106013。
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