近似の数理 第14章 §14.5 ★★★ 2準位原子と真空の電磁場に Davies の定理を当てはめると A 係数と光 Bloch 方程式の緩和が出る。前提の可積分性は高い周波数の切断で満たされる。量子回帰定理は別の主張
2準位原子の Davies 生成子
2準位原子 H^S=ℏω0σ+σ− を、体積 V の箱で量子化した電磁場に双極子相互作用 −d^⋅E^ で結合させる(光学と量子エレクトロニクス 第34章)。双極子の行列要素を実数にとって d^=deg(σ++σ−) と書くと、(14.1) の形で A^=σx、B^=−deg⋅E^ で、Bohr 周波数は ±ω0、A^(ω0)=σ−、A^(−ω0)=σ+ である。場の各モードとの結合を ℏgks=ℏωk/(2ε0V)(deg⋅eks) とおき、
J(ω)=k,s∑∣gks∣2δ(ω−ωk)=2ε0ℏVω⋅2π2c3Vω2⋅32deg2=6π2ε0ℏc3ω3deg2
を得る(2つ目の因子は1つの偏光あたりのモードの密度、32deg2 は2つの偏光と向きについての ∣deg⋅e∣2 の和の平均)。温度 T の場では (14.10) の速さが
γ(ω0)=Γ(nB(ω0)+1),γ(−ω0)=ΓnB(ω0),Γ=2πJ(ω0)=3πε0ℏc3ω03deg2(14.19)
となり(λ は deg に含めた)、Davies の生成子 (14.14) は例題 14.4 で γ↓=Γ(nB+1)、γ↑=ΓnB、γϕ=0 とおいたものになる。比 γ(−ω0)/γ(ω0)=nB/(nB+1)=e−βℏω0 は (14.16) そのものである。
ここで2つのことが同時に出ている。第一に、A^=σx には σ+b^† のような回転しない項が含まれるが、永年近似で A^(ω)ρ^A^(ω′)†(ω=ω′)を落とすので、結合を最初から回転波近似で書いた場合と同じ生成子になる。原子と連続体の結合での回転波近似は、van Hove の極限の中に含まれている。第二に、温度 0 の速さ Γ は自然放出の Einstein の A 係数 A21 で、温度 T での吸収の速さ ΓnB を、角周波数あたりのエネルギー密度u(ω)=π2c3ℏω3nB(ω) を使って B12u(ω0) と書くと、
A21=π2c3ℏω03B21,B12=B21=3ε0ℏ2πdeg2(14.20)
が出る(光学と量子エレクトロニクス 第20章の流儀。準位の縮退はない場合)。Einstein が熱平衡から要請した関係は、KMS の浴に対する Davies の生成子の性質として導かれる。
Davies の前提は満たされるか
温度 0 の相関関数は C(u)=ℏ2∫0∞J(ω)e−iωudω である。J∝ω3 のままではこの積分は発散し、相関関数そのものが定義されない。双極子近似は波長が原子の大きさ(a0 の程度)より長いことを仮定しており、ω≳c/a0 の高い周波数では結合が ω3 より弱くなる。これを J(ω)∝ω3e−ω/ωc の切断で表すと
∫0∞ω3e−ω/ωce−iωudω=(ωc−1+iu)46
で、絶対値は u−4 で減衰し、時間について可積分である。相関時間は τB∼1/ωc で、Davies の定理の前提 (iii) はこの切断のもとで満たされる。定理の結論は切断の細部によらない Γ=2πJ(ω0) を与えるが、Lamb のずれ S(ω0) は主値積分で ωc に依存し、非相対論的な扱いの範囲を超える(ここでは計算しない)。
例題 14.5 水素の 2p→1s の自然放出の速さ ★★
オリジナル水素原子の 2p→1s 遷移を2準位とみなす。行列要素は ∣⟨1s∣z∣2p0⟩∣=2431282a0、遷移のエネルギーは Rydberg エネルギーの 43 である。
- (1) (14.19) の Γ と寿命 1/Γ を求めよ。
- (2) Davies の極限の小さいパラメータ Γ/ω0 を見積もれ。
- (3) 室温(300K)の熱放射による励起の速さ ΓnB(ω0) は無視できるか。
解答
(1) ℏω0=43×13.606eV=10.20eV、ω0=1.550×1016s−1。deg=e×0.7449a0 を入れるとΓ=3πε0ℏc3ω03deg2=6.27×108s−1、寿命 1/Γ=1.60ns(原子核を無限に重いとした値。2p±1 からも同じ値になる)。
(2) Γ/ω0=4.0×10−8。原子が1回振動する間に失う励起の割合がこの程度で、弱結合の極限の条件をよく満たす。切断の ωc∼c/a0≈6×1018s−1 を使えば、相関時間と寿命の比 Γ/ωc はさらに小さい。
(3) ℏω0/kBT=10.20eV/0.0259eV=395 で、nB≈e−395。励起は完全に無視でき、緩和は温度 0 の自然放出だけで決まる。光の領域の遷移では室温でも浴はほぼ温度 0 であり、マイクロ波の遷移(次節の総合問題)とは事情が違う(検算スクリプト)。
近似の裏付け
型 B(極限) | 小さいもの Γ/ω0→0 と Γ/ωc→0(原子と真空のモードの弱結合。時間を Γt 一定で伸ばす) | 証明 条件付き(Davies 1974 の前提のうち、浴の相関関数の可積分性は双極子近似の破れる周波数 ωc での切断で満たされる。回転波近似は極限に含まれる。Lamb のずれは切断に依存し定理の外) | 行き先 近似の数理 第7章
量子回帰定理
光の相関関数 g(1)・g(2)(光学と量子エレクトロニクス 第32章)には、2つの時刻の系の相関関数 ⟨X^(t+τ)Y^(t)⟩ が要る。量子回帰定理は、これを1時刻の生成子で
⟨X^(t+τ)Y^(t)⟩=Tr[X^eτL(Y^ρ^S(t))](14.21)
と計算してよい、と主張する。これは1時刻の Markov 性(ρ^S(t)=etLρ^S(0))とは別の主張である。左辺は時刻 t で系に Y^ を作用させた後の、系と浴を合わせた時間発展を含み、時刻 t に系と浴の間にできた相関を引き継ぐ。右辺はその相関を捨て、時刻 t で浴を ρ^B に戻したのと同じことをしている。G. Lindblad は、時間発展が半群であることだけからは多時刻の相関の Markov 性は出ないことを指摘した(Lindblad (1979), Commun. Math. Phys. 65, 281。二次文献で照合)。(14.21) が弱結合の極限で正しくなること(多時刻の相関関数の収束)は R. Dümcke が扱った(Dümcke (1983), J. Math. Phys. 24, 311)が、本書は原論文の前提を確かめていない。
例題 14.6 厳密に解ける模型で量子回帰定理を試す ★★
オリジナル例題 14.3 の模型(温度 0、∣e,0⟩ から出発、回転座標で c(t) は実数)で、⟨σ+(t+τ)σ−(t)⟩ を考える。
- (1) 厳密な値が eiω0τc(t+τ)c(t) であることを示せ。
- (2) (14.21) の eτL の代わりに厳密な1時刻の写像 Φτ を使うと eiω0τ∣c(t)∣2c(τ) になることを示し、両者が一致する条件を述べよ。
- (3) ΓτB=0.25、t=τ=2τB で2つの値を比べよ。
解答
(1) Heisenberg 描像の定義から ⟨σ+(t+τ)σ−(t)⟩=⟨ψ0∣U^(t+τ)†σ+U^(τ)σ−U^(t)∣ψ0⟩。σ−U^(t)∣ψ0⟩ は∣g,1k⟩ の成分を消し、c(t)e−iω0t∣g,0⟩ だけを残す。∣g,0⟩ はエネルギー 0 の固有状態なので U^(τ) で変わらない。左から (σ−U^(t+τ)∣ψ0⟩)†=c(t+τ)eiω0(t+τ)⟨g,0∣ をかけて eiω0τc(t+τ)c(t)。
(2) σ−ρ^S(t) のうち Tr[σ+⋯] に残るのは ρee(t)∣g⟩⟨e∣ の成分で、厳密な写像は振幅減衰の形 Φτ(∣g⟩⟨e∣)=c(τ)eiω0τ∣g⟩⟨e∣ を持つので、eiω0τ∣c(t)∣2c(τ)。(1) と一致するのは c(t+τ)=c(t)c(τ)、すなわち c が指数関数のときに限る。指数関数は Markov の極限の答え e−Γt/2 である。
(3) c(2τB)=0.863、c(4τB)=0.665 から、厳密な値(位相を除く)は 0.665×0.863=0.574、回帰させた値は 0.8632×0.863=0.643 で、12% 違う。1時刻の写像を厳密にしても、2時刻の相関は正しく出ない。時刻 t に浴へ出た光子と系の相関(記憶)を、回帰の式は捨てているからである。ΓτB→0 では両者とも Markov の値に近づく(検算スクリプト)。
近似の裏付け
型 B(極限) | 小さいもの ΓτB→0(2つの時刻の両方を Γt 一定で伸ばす) | 証明 要確認(1時刻の主方程式は Davies 1974。多時刻の相関関数の弱結合極限での収束は Dümcke 1983 が扱ったとされるが原論文の前提を確かめていない。半群であることだけからは出ない〔Lindblad 1979〕) | 行き先 近似の数理 第7章
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