量子力学の様々な構成方法 第6部 第3章 §6.3.1 ★★★ {c^,c^†}+=1 と c^2=0 だけから n^2=n^ が出て、表現は2次元のもの1つに限られる
第6部の型(出発点の要請 → 基本の対象 → 基準との同値 → 共通例題 → 得意な問題 → 限界)のうち、この章は「出発点の要請」をもう一度取り上げる。第1章では振動子の代数 [a^,a^†]=1 をモードごとに並べて Fock 空間を作り、第2章では基準(第1部)の N 粒子の波動関数に対称化の要請を足すと、ボース粒子では交換関係、フェルミ粒子では反交換関係
{c^i,c^j†}+=δij,{c^i,c^j}+=0
が出てくること、逆にこの代数と真空から対称化した波動関数が作り直せることを、符号 ± を並べて両向きに示した(第6部第2章)。第2章は2つの統計を同時に扱うために、反交換関係そのものの性質には立ち入らなかった。この章では反交換関係を出発点の要請として置き、そこから何が出るかを交換関係と並べて調べる。
結論を先に書く。反交換関係から出る違いは次の4つである。第一に、1つのモードの占有数 n^=c^†c^ は n^2=n^ を満たし、固有値は 0 と 1 しか無い。Pauli の排他律は、波動関数の側では「同じ行が2つある行列式は0」という性質だったが、代数の側では (c^†)2=0 という1本の式になる。第二に、1モードの表現は2次元のものしか無く、演算子は有界である。ボース粒子の表現が無限次元で、a^ が非有界だったのと対照的である。第三に、多くのモードを並べると、異なるモードの演算子が反交換するので、占有数の基底に符号の約束が要る。この符号は Jordan–Wigner 変換で量子ビットのテンソル積(公理 Q6)へ書き直せる。第四に、2次の(双一次の)ハミルトニアンの運動方程式は2つの統計で同じ形になるが、対を作る項が入ると、ボース粒子では双曲線関数、フェルミ粒子では三角関数の Bogoliubov 変換になり、安定性の条件が変わる。逆に、変わらないものもある。粒子数を保つ2次のハミルトニアンでは、1粒子の運動はどちらの統計でも同じで、共通例題②の Rabi 振動は統計によらない。統計の違いが観測に現れるのは、2個以上の粒子が同じモードを取り合うときである。
章の筋は次のとおりである。6.3.1 節で1モードの反交換関係を調べ、6.3.2 節で多モードの符号の約束と Jordan–Wigner 変換を作る。6.3.3 節で共通例題①をフェルミ粒子の振動子として解き、ボース粒子の振動子と組み合わせた超対称な振動子で零点エネルギーが打ち消し合うことを見る。6.3.4 節で運動方程式と Bogoliubov 変換を比べ、6.3.5 節で共通例題②を2つの軌道の粒子として解いて、1粒子では統計が見えず2粒子で見えることを確かめる。6.3.6 節で橋を整理し、Jordan–Wigner の対応を両向きに証明する。
出発点の要請
1つのモードのフェルミ粒子の代数を、次の2つの関係で定める。
定義 6.3.1(1モードの反交換関係 ★★★)
ヒルベルト空間の上の演算子 c^ が
{c^,c^†}+=c^c^†+c^†c^=1,c^2=0(6.3.1)
を満たすとき、c^ をフェルミ粒子の消滅演算子、c^† を生成演算子、n^=c^†c^ を占有数の演算子と呼ぶ。
第2の式 c^2=0 は、第2章の {c^i,c^j}+=0 で i=j とおいた 2c^i2=0 である。共役をとると (c^†)2=0 も成り立つ。ボース粒子の要請 [a^,a^†]=1 には a^2 についての条件が無いので、2つの要請は式の数からして違う。
排他律
命題 6.3.2(占有数は0か1 ★★★)
(6.3.1) から n^2=n^ が成り立つ。したがって n^ は射影で、固有値は 0 と 1 だけである。
証明
n^2=c^†(c^c^†)c^ の括弧に c^c^†=1−c^†c^ を入れると
n^2=c^†c^−(c^†)2c^2=n^
である。n^ はエルミートなので、n^2=n^ から固有値 λ は λ2=λ を満たし、λ=0,1 である。
この命題が Pauli の排他律の代数の形である。第2章では、フェルミ粒子の波動関数が反対称なので、同じ軌道に2個入れようとすると Slater 行列式の2行が等しくなって0になる、という形で排他律を見た(第6部第2章の例題)。ここでは波動関数を一度も書かずに、要請の2本の式から2行で同じ結論が出た。ボース粒子では n^=a^†a^ の固有値は 0,1,2,… のすべての非負整数で、n^2=n^ のような制限は無い。
表現は2次元のもの1つ
命題 6.3.3(1モードの表現の一意性 ★★★)
(6.3.1) を満たす演算子がヒルベルト空間 K の上にあるとき、K は2次元の部分空間の直和に分かれ、各部分空間の上で c^ は基底 (∣0⟩,∣1⟩) について
c^=(0010)=∣0⟩⟨1∣,n^=(0001)(6.3.2)
と書ける。とくに既約な表現は2次元のもの1つしか無い。
証明
n^ は射影なので(命題 6.3.2)、K はその核 K0={ψ:n^ψ=0} と像 K1={ψ:n^ψ=ψ} の直和である。K0 が {0} だとすると n^=1 で、c^c^†=1−n^=0 となり、∥c^†ψ∥2=⟨ψ∣c^c^†∣ψ⟩=0 から c^†=0、したがって n^=c^†c^=0 となって矛盾する。よって K0 は0でない。K0 の正規直交基底 {∣0α⟩} をとり、∣1α⟩=c^†∣0α⟩ とおく。
∥c^∣0α⟩∥2=⟨0α∣n^∣0α⟩=0,⟨1α∣1β⟩=⟨0α∣c^c^†∣0β⟩=⟨0α∣1−n^∣0β⟩=δαβ
なので、c^∣0α⟩=0 で、∣1α⟩ は正規直交である。さらにc^∣1α⟩=c^c^†∣0α⟩=(1−n^)∣0α⟩=∣0α⟩、c^†∣1α⟩=(c^†)2∣0α⟩=0 である。したがって2次元の空間 span{∣0α⟩,∣1α⟩} は c^ と c^† で閉じ、その上で c^ は (6.3.2) の形になる。K1 の元 ψ は ψ=n^ψ=c^†(c^ψ) で、c^ψ∈K0(n^c^=c^†c^2=0)なので、∣1α⟩ の線形結合で書ける。よって K はこれらの2次元の空間の直和で尽くされる。
ボース粒子の場合と並べる。[a^,a^†]=1 は有限次元では満たせず(両辺のトレースが 0 と次元で食い違う)、表現は必ず無限次元で、a^ は非有界である(第6部第1章の例題で、打ち切った行列の [A^,A^†] の最後の対角成分が −(D−1) になることを見た)。フェルミ粒子では反対に、表現は2次元で、演算子は有界である。実際、任意の ψ について ∥c^ψ∥2=⟨ψ∣n^∣ψ⟩≤∥ψ∥2 なので ∥c^∥≤1 で、ψ=∣1⟩ で等号になるので ∥c^∥=1 である。有界であることは、第8部で反交換関係の代数(CAR 代数)を C*代数として直接扱えることにつながる(第8部第3章)。
2次元の表現 (6.3.2) は2準位系そのものである。∣0⟩ を空、∣1⟩ を占有と読めば、c^=∣0⟩⟨1∣ は「下げる」演算子で、c^†c^+c^c^†=∣1⟩⟨1∣+∣0⟩⟨0∣=1 が反交換関係である。ただし、2準位系の Pauli 行列は異なる量子ビットの間では交換するのに対し、フェルミ粒子の演算子は異なるモードの間でも反交換する。この違いが次の節の符号の約束になる。

図 6.3.1 1つのモードの占有数の階段。ボース粒子(左)は無限に続き、表現は無限次元である。フェルミ粒子(右)は n=0,1 の2段で終わり、c^† を2回当てると0になる(命題 6.3.2・6.3.3)。
例題 6.3.1 交換子では排他律が書けないこと ★★
オリジナル
- (1) 演算子 c^ が [c^,c^†]=1 と c^2=0 を同時に満たすとすると、c^=0 になることを示せ。c^=0 は [c^,c^†]=1 と矛盾する。
- (2) 2次元の表現 (6.3.2) で [c^,c^†] を計算し、交換子で書いた要請がどこで食い違うかを述べよ。
- (3) 同じ2次元の空間に、ボース粒子の a^ を n≤1 で打ち切った行列 A^ を作り、A^ が c^ と同じ行列になることを確かめよ。2つの要請は打ち切った行列のどこで区別されるか。
解答
(1) c^c^†c^ を2通りに計算する。c^c^†=1+c^†c^ を左の2つに使うと
c^c^†c^=(1+c^†c^)c^=c^+c^†c^2=c^
である。c^†c^=c^c^†−1 を右の2つに使うと
c^c^†c^=c^(c^c^†−1)=c^2c^†−c^=−c^
である。両者から c^=−c^、つまり c^=0 が出る。c^=0 なら [c^,c^†]=0=1 なので、2つの要請は両立しない。「同じモードに2個入らない(c^2=0、共役をとって (c^†)2=0)」を要請に入れるには、交換子を反交換子に取り替えるしかない。
(2) c^c^†=∣0⟩⟨0∣、c^†c^=∣1⟩⟨1∣ なので
[c^,c^†]=∣0⟩⟨0∣−∣1⟩⟨1∣=(100−1)
で、∣0⟩ の上では +1、∣1⟩ の上では −1 である。交換子の要請は ∣1⟩ の上で符号が逆になる所で食い違う。反交換子なら ∣0⟩⟨0∣+∣1⟩⟨1∣=1 でどちらの状態の上でも 1 になる。
(3) a^∣1⟩=∣0⟩ なので、n≤1 に打ち切った A^ は ∣0⟩⟨1∣ で、c^ と同じ行列である。打ち切った行列そのものでは区別できない。区別は要請の側にあり、A^ は [A^,A^†]=diag(1,−1) でボース粒子の要請を最後の成分で破り(第1章の −(D−1) の D=2 の場合)、{A^,A^†}+=1 でフェルミ粒子の要請を正確に満たす。フェルミ粒子は、ボース粒子を n≤1 に打ち切ったときに初めから矛盾が出ないように要請を作り直したもの、と読むことができる。verify_ch6-03.py で (2)(3) の行列と、打ち切ったボース粒子の [A^,A^†] のトレースが0になることを確かめた。
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