ハミルトニアンの選び方で固体を考える 第4部 第9章 §4.9.4 ★★★ 反転層の電子は表面の三角形の井戸に閉じ込められ、縦の運動は Airy 関数の準位に量子化される。いちばん下の準位だけに電子が入るとき、電子は面内だけを動く2次元電子系になり、磁場の中で Landau 準位の詰まり方をゲートの電圧で変えられる
三角形の井戸
4.9.1節では、電位がゆっくり変わるとして、各点の電子の数を局所の Boltzmann 因子で書いた。反転層ではこの前提を確かめる必要がある。表面の近くの電子のポテンシャルエネルギーは −eϕ(x)≃−eϕs+eEsx で、x とともに直線で上がる。x<0 には酸化膜の高い壁(Si の伝導帯から数 eV 上)があるので、電子は x=0 の壁と傾いたポテンシャルにはさまれた三角形の井戸にいる。Si の (100) 面を表面にとると、6つの谷のうち長軸が表面に垂直な2つの谷では縦の質量が ml、面内の質量が mt になる。式 (4.9.1) の固有状態をψ=ζj(x)ei(kyy+kzz) と書くと、縦の部分は
−2mlℏ2dx2d2ζj+eEsxζj=εjζj,ζj(0)=0,ζj(∞)=0(4.9.17)
を満たす(エネルギーは表面の伝導帯の底から測る)。ℓ=(ℏ2/(2mleEs))1/3 を単位にした座標 s=x/ℓ−εj/(eEsℓ) で、方程式は Airy 方程式 ζ′′=sζ になる。s→∞ で減る解は Airy 関数 Ai(s) で、x=0 で 0 になる条件は Ai(−εj/(eEsℓ))=0 である。Ai(−z) の零点を z1=2.338、z2=4.088、… と書くと
εj=(2mlℏ2)1/3(eEs)2/3zj,⟨x⟩j=3eEs2εj(4.9.18)
を得る。2つ目の式は、直線のポテンシャルでは運動エネルギーの平均がポテンシャルエネルギーの平均の半分になる(ビリアル定理)ことから出る。残りの4つの谷では縦の質量が mt なので、同じ zj で準位がより高くなる。
1つの準位 j に属する状態のエネルギーは εj+ℏ2(ky2+kz2)/(2mt) で、εj を底にした面内の放物線になる。この1本の帯をサブバンドと呼ぶ。2次元の波数空間で状態を数えると(第2部第6章と同じ数え方を2次元で行う)、1つのサブバンドの単位面積あたりの状態密度は、スピンの2と谷の数 gv=2 を掛けて
D2(ε)=πℏ2gvmt(ε>ε1)(4.9.19)
で、エネルギーによらない一定値になる。いちばん下のサブバンドだけに電子が入っているとき、反転層の電子の面密度 ns=∣Qn∣/e=Cox(VG−Vth)/e はns=D2⋅(μ−ε1)(絶対零度)で決まる。ゲートの電圧で面密度を連続に変えられる2次元の電子系である。Si の反転層のサブバンドの理論と実験は T. Ando, A. B. Fowler, F. Stern (1982), Rev. Mod. Phys. 54, 437 にまとめられている。
磁場の中の2次元電子系:量子 Hall 効果への入口
表面に垂直に磁場 B をかけると、面内の円運動が量子化され、サブバンドは Landau 準位 ε1+ℏωc(N+21)(ωc=eB/mt、N=0,1,2,…)に分かれる。1つの Landau 準位には、スピンと谷の1つの組あたり単位面積に eB/h 個の状態がある(第4部第4章)。そこで
ν:=eB/hns=e2BhCox(VG−Vth)(4.9.20)
は、詰まっている準位(スピンと谷を別に数えたもの)の数を表し、充填率と呼ぶ。式 (4.9.20) の右辺は VG の1次式なので、ゲートの電圧を掃くと、磁場を固定したまま充填率を連続に変えることができる。
ν が整数の近くで、Fermi 準位が Landau 準位の間の隙間にあるとき、面内の縦の抵抗は 0 に近づき、Hall 抵抗は
RH=νe2h(ν=1,2,3,…)
の値で平らになる。K. von Klitzing, G. Dorda, M. Pepper (1980), Phys. Rev. Lett. 45, 494 は、Si の MOSFET の反転層でゲートの電圧を掃き、Hall 抵抗が h/e2 を整数で割った値に平らになることを見つけた。平らな値は試料の形や移動度によらず、h/e2 だけで決まる。なぜ乱れのある試料で値がこれほど正確に決まるのかは、この章の近似では説明できず、Hall 伝導度を位相的な整数として書き直すことで説明される(第4部第4章・第5部第5章)。
例題 4.9.6 Si の反転層のサブバンドの間隔 ★★
オリジナル例題 4.9.2 の MOS 構造で、強い反転の始まりの表面の電場 Es=∣Qdep∣/(ε0εrs) を使う。ml=0.916m、mt=0.190m(m は電子の質量)とする。
- (1) Es を求めよ。
- (2) ε1・ε2 と ⟨x⟩1 を求めよ。
- (3) 縦の質量が mt の4つの谷のいちばん下の準位 ε1′ を求めよ。室温と 4.2K で、電子はいちばん下のサブバンドだけにいると言えるか。
解答
(1) Es=1.66×10−3/1.036×10−10=1.61×107Vm−1 である。
(2) (ℏ2/(2ml))1/3(eEs)2/3 を計算すると、ℏ2/(2×0.916m)=6.66×10−39Jm2、eEs=2.57×10−12Jm−1 から(6.66×10−39)1/3(2.57×10−12)2/3=3.53×10−21J=22.1meV である。したがって ε1=22.1×2.338=51.6meV、ε2=22.1×4.088=90.1meV で、間隔は 38.6meV である。⟨x⟩1=2×0.0516/(3×1.61×107)m=2.14nm で、空乏層の厚さ 104nm の50分の1しかない。
(3) 質量が (0.916/0.190)1/3=1.690 倍の ε の係数になるので、ε1′=1.690×51.6=87.1meV である。室温の kBT=25.9meV は ε2−ε1 や ε1′−ε1(35meV ほど)に近いので、上のサブバンドにも電子が入る。4.2K の kBT=0.36meV では上のサブバンドへの熱励起は e−100 の程度で、電子の面密度が小さいあいだは、いちばん下のサブバンドだけにいるとしてよい。
例題 4.9.7 ゲートの電圧で充填率を掃く ★★
オリジナル例題 4.9.2 の MOS 構造で VG−Vth=1.0V とする。
- (1) ns と、絶対零度で μ−ε1 を求めよ(いちばん下のサブバンドだけに電子がいるとする)。
- (2) B=10T での充填率 ν と、ν を1だけ変えるのに要るゲートの電圧の変化 ΔVG を求めよ。
解答
(1) ns=Cox(VG−Vth)/e=3.45×10−3/1.602×10−19=2.16×1016m−2 である。D2=2×0.190m/(πℏ2)=1.59×1018eV−1m−2 なので、μ−ε1=ns/D2=13.6meV である。これは ε2−ε1 より小さいので、いちばん下のサブバンドだけという仮定と矛盾しない(ただし電子が増えると Es も大きくなり、サブバンドの間隔も広がる)。
(2) eB/h=1.602×10−19×10/6.626×10−34=2.42×1015m−2 なので ν=2.16×1016/2.42×1015=8.91 である。ΔVG=e⋅(eB/h)/Cox=1.602×10−19×2.42×1015/3.45×10−3=0.112V になる。ゲートの電圧を 0.1V ずつ動かすたびに Landau 準位が1つずつ埋まるので、ゲートの電圧の軸の上で、Hall 抵抗の平らな部分が等間隔に並ぶ。
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