解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第5部 第12章 §5.12.5 ★★★ 時刻を虚数にした Schwarzschild 計量は、地平面で円錐の尖りを持たないために虚時間の周期が 8πGM/c3 に決まり、それが ℏ/(kBTH) になる。Euclid の作用から SBH が出て、放射でブラックホールは蒸発する
虚時間の周期
第5部第1章で、カノニカル分布の重み e−βH^ は虚数の時刻 −iβℏ まで進めた時間発展であり、分配関数は虚時間の方向に周期 βℏ を持つ経路の経路積分になることを見た。逆に、場の理論を虚時間で周期 βℏ の時空の上で考えれば、それは温度 1/(kBβ) の熱平衡を記述する。
Schwarzschild 計量の時刻を t=−iτE と虚数にすると、−ds2 は正定値の計量
dsE2=(1−rrs)c2dτE2+1−rs/rdr2+r2(dθ2+sin2θdφ2)(5.12.33)
になる。r≥rs だけを考え、地平面の近くを地平面からの固有の距離 ϱ で書く。r=rs+ϱ2/(4rs) とおくと1−rs/r≈ϱ2/(4rs2)、dr2/(1−rs/r)≈dϱ2 で、(τE,r) の部分は
dsE2≈ϱ2(2rscdτE)2+dϱ2=ϱ2dϑ2+dϱ2,ϑ=2rscτE=cκτE(5.12.34)
となる。これは平面の極座標 (ϱ,ϑ) の計量である。ϑ の周期がちょうど 2π なら ϱ=0 はなめらかな平面の中心だが、周期が 2π でないと、ϱ=0 は円錐の頂点になり、そこで曲率が δ 関数のように集中する(図 5.12.2)。地平面がなめらかであることを要求すると、ϑ の周期は 2π で、虚時間の周期は
βℏ=κ2πc=c38πGM⟹kBT=2πcℏκ=8πGMℏc3(5.12.35)
に決まる。これは式 (5.12.32) の TH と一致する。Bogoliubov 係数の計算からも虚時間の幾何の計算からも、同じ温度が出た。Rindler 計量 (5.12.9) でも、ϱ=(c2/a)eaξ/c2 とおけば ds2=(aϱ/c2)2c2dtR2−dϱ2 なので、同じ議論で周期 2πc/a、温度 TU が出る。

図 5.12.2 地平面の近くの Euclid 化した計量 (5.12.34) の (ϱ,ϑ) 平面。左は ϑ の周期が 2π でなめらかな円板、右は周期が 2π より短く、扇形の2辺を貼り合わせた円錐になる。中心の点が地平面 r=rs にあたる。
Euclid の作用から Bekenstein–Hawking エントロピーへ
第5部第1章の対応をそのまま当てると、ブラックホールの分配関数は Euclid 化した時空の上の Einstein–Hilbert 作用の経路積分Z=∫e−IE/ℏ になる。古典解(式 (5.12.33)、周期 βℏ)のまわりの鞍点で lnZ≈−IE/ℏ とする。真空解では R=0 なので体積の項は0で、値は境界の項(第2部第15章で結果だけ引いた Gibbons–Hawking の項)だけから決まる。Gibbons と Hawking(1977、Physical Review D 15、2752)はこれを計算し、
ℏIE=ℏc4πGM2=2βMc2,β=ℏc38πGM(5.12.36)
を得た。ここで M は β の関数 M=βℏc3/(8πG) で、lnZ=−β2ℏc5/(16πG) である。第3部第3章の規則でエネルギーとエントロピーを出すと
⟨E⟩=−∂β∂lnZ=8πGβℏc5=Mc2,kBSBH=β⟨E⟩+lnZ=ℏc4πGM2(5.12.37)
となる。エネルギーが静止エネルギー Mc2 になることは、計算の確かめになっている。地平面の面積 A=4πrs2=16πG2M2/c4 で書き直すと
SBH=4GℏkBc3A=kB4ℓP2A,ℓP=c3Gℏ(5.12.38)
で、これが Bekenstein–Hawking エントロピーである。Bekenstein(1973、Physical Review D 7、2333)がエントロピーは面積に比例すべきだと論じ、比例係数の 1/4 が Hawking の温度 (5.12.32) で決まった。第2部第19章の第一法則 c2δM=8πGκc2δA(回転なし)は、THδSBH=2πcℏκ⋅4Gℏc3δA=8πGκc2δA なので、熱力学の第一法則 dE=TdS そのものになる。4法則は比喩でなく、温度とエントロピーを持つ物体の熱力学だったことになる。
近似の裏付け
型 B(極限) | 小さいもの ℏ→0 の鞍点(ℓP2/A→0) | 証明 要確認(重力の経路積分の測度と、Euclid の作用が下に有界でないことの扱いは確かめていない) | 行き先 近似の数理 第7章
負の熱容量と蒸発
TH∝1/M なので、エネルギーを失うとブラックホールは熱くなる。熱容量は
C=dTHd(Mc2)=−ℏc8πGM2kB=−2SBH(5.12.39)
で負である。周りより熱いブラックホールは放射でエネルギーを失い、さらに熱くなって放射を強める。
4次元の放射の強さを、灰色体因子を1とおき、地平面の面積の黒体として見積もる。Stefan–Boltzmann の法則 P=σSBAT4(σSB=π2kB4/(60ℏ3c2))にA=16πG2M2/c4 と式 (5.12.32) を入れると
P=15360πG2M2ℏc6,dtdM=−c2P(5.12.40)
で、M2dM=−15360πG2ℏc4dt を積分すると、質量 M のブラックホールが蒸発しきるまでの時間は
tev=ℏc45120πG2M3(5.12.41)
になる。M3 に比例するので、重いブラックホールの寿命は宇宙の年齢よりはるかに長く、軽いものの寿命は短い。この見積もりは光子の黒体だけを数えたもので、実際の放射は灰色体因子と、放射される粒子の種類(温度が粒子の静止エネルギーを超えると電子・ニュートリノなども出る)で係数が変わる。係数を正しく数えた計算は Page(1976、Physical Review D 13、198)にある。
近似の裏付け
型 C(閉じる) | 小さいもの 灰色体因子 Γℓ を1、放射する面を地平面の面積で置き換える(小さいパラメータなし。放射の主な波長は rs と同じ桁) | 証明 C 型=内部の評価なし | 行き先 近似の数理 第9章
例題 5.12.5 太陽質量と原始ブラックホールの寿命 ★★
オリジナル式 (5.12.41) を使う。GM⊙=1.3271244×1020m3s−2、G=6.67430×10−11m3kg−1s−2、1年 =3.15576×107s とする。
- 太陽質量のブラックホールの TH と tev を求め、宇宙マイクロ波背景放射の温度 2.7K と比べて、いま蒸発しているかを答えよ。
- 宇宙の年齢 1.3787×1010 年(Planck Collaboration、2020、Astronomy & Astrophysics 641、A6)でちょうど蒸発しきる質量を求めよ。
解答
(1) M⊙=GM⊙/G=1.988×1030kg。TH=ℏc3/(8πGM⊙kB)=6.17×10−8K。tev=5120πG2M⊙3/(ℏc4)=6.61×1074s=2.10×1067 年。TH は背景放射の 2.7K よりはるかに低いので、いまの宇宙では放射で失うより背景放射を吸い込む方が多く、太陽質量のブラックホールは蒸発していない。
(2) M=(ℏc4t/(5120πG2))1/3 に t=1.3787×1010×3.15576×107s=4.351×1017s を入れてM=1.73×1011kg。このとき TH=7.1×1011K で、kBTH≈61MeV は電子の静止エネルギーより大きいので、光子だけを数えた式 (5.12.41) は寿命を長く見積もっている。桁の見積もりとしては、宇宙の初期に 1011kg 程度のブラックホールができていれば、いま蒸発の最後の段階にある。
AI(Claude)が書いた教材を、木下が勉強しながら公開しています。式と数値は検算していますが、誤りが残っているかもしれません。誤りのご指摘・削除のご依頼をいただければ直します。 連絡先:support@tecktom.com