量子力学の様々な構成方法 第6部 第2章 §6.2.6 ★★★ 計画の地図の「状態ベクトル ↔ 第二量子化(N 粒子の対称化空間の直和=Fock 空間)」の橋。この章が置き場で、両向きを証明した
この章が架けた橋
巻の地図(第1部第1章)で、この章が受け持つのは基準(状態ベクトル)と第二量子化(第6部)を結ぶ橋である。基準から第二量子化へは定理 6.2.2、第二量子化から基準へは定理 6.2.3 で、どちらも粒子数ごとのユニタリ同値として示した。演算子の対応は定理 6.2.4 で、時間発展の対応は次の命題で閉じる。
命題 6.2.6(時間発展の対応 ★★★)
H^=T^+V^((6.2.21)・(6.2.22))は粒子数 N^=∑ia^i†a^i と交換する。基準の N 粒子のハミルトニアンを H^(N)=∑kh(k)+∑k<lv(xk,xl) と書くと、各 HN± の上で
e−iH^t/ℏU=Ue−iH^(N)t/ℏ
が成り立つ。とくに、Fock 空間の Schrödinger 方程式 iℏ∂t∣Ψ(t)⟩=H^∣Ψ(t)⟩ の解から (6.2.18) で読み出した Ψ(x1,…,xN,t) は、基準の N 粒子の Schrödinger 方程式 iℏ∂tΨ=H^(N)Ψ を満たし、逆も成り立つ。
証明
T^ と V^ はどの項も生成演算子と消滅演算子を同じ数だけ含むので、(6.2.23) を繰り返し使えば N^ と交換する([N^,a^i†]=a^i†、[N^,a^i]=−a^i)。したがって H^ は各 HN± を自分自身に移す。定理 6.2.4 から H^U=UH^(N) が HN± の上で成り立つので、指数関数をとっても(べき級数で、あるいは有限次元に切ってから極限で)同じ関係が成り立つ。読み出しの公式 (6.2.18) は U−1 を位置表示で書いたものなので、2つの Schrödinger 方程式は U で移り合う。
verify_ch6-02.py では、軌道3つ・粒子2個と3個の場合に、相互作用を入れた e−iH^t を Fock 空間の行列と対称化したテンソル積の行列の両方で計算し、U で一致することを確かめた。

図 6.2.3 この章が架けた橋。基準に対称化の要請を足して HN± を作り、その直和に生成消滅演算子を定義すると第二量子化になる(下段の左から右への矢印)。逆に代数と真空から出発すると、読み出しの公式で対称化した波動関数に戻る。点線は第1章で架けた行列力学からの矢印。
式を並べる
表 6.2.1 基準の N 粒子の量子力学と第二量子化の辞書。上の符号がボース粒子、下の符号がフェルミ粒子。 | 基準(第1部+対称化の要請) | 第二量子化(第6部) |
| 状態 | Ψ(x1,…,xN)、P^σΨ=(±1)σΨ | ∣Ψ⟩∈F±、N^∣Ψ⟩=N∣Ψ⟩ |
| 基底 | 対称化した積・Slater 行列式 | ∏i(a^i†)ni/ni!∣0⟩、c^i1†⋯c^iN†∣0⟩ |
| 入れ替えの符号 | P^12Ψ=±Ψ | a^i†a^j†=±a^j†a^i† |
| 内積 | ∫Ψ∗ΦdNx | ⟨Ψ∣Φ⟩((6.2.15) で計算) |
| 1体の演算子 | ∑kh(k) | ∑ijhija^i†a^j |
| 2体の演算子 | ∑k<lv(xk,xl) | 21∑vijkla^i†a^j†a^la^k |
| 密度 | N∫∣Ψ(x,x2,…)∣2 | ⟨ψ^†(x)ψ^(x)⟩ |
| 時間発展 | iℏ∂tΨ=H^(N)Ψ | iℏ∂t∣Ψ⟩=H^∣Ψ⟩([H^,N^]=0) |
表の右の列には「粒子の番号」がどこにも現れない。基準では番号を付けてから対称化で番号の情報を消すのに対し、第二量子化では初めから番号を付けない。同じ内容を、余分な情報を付けて消すか、付けずに済ませるかの違いである。粒子数が大きいときに Fock 空間が計算に向くのはこのためで、N 変数の対称化は N! 項の和になるが、Fock 空間の計算は交換関係を使う回数で済む。
学部の授業での書き方との対応
学部の量子力学の授業では、多電子の波動関数を Slater 行列式 (6.2.12) で書き、そのエネルギーの期待値を
E[Φ]=i∈占∑hii+21i,j∈占∑(vijij−vijji)(6.2.28)
(和は占有された軌道。第2項の2つの部分が直接項と交換項)と、行列式を展開して導くことが多い(Slater–Condon の規則)。
Fock 空間では、占有された軌道の組の上で ⟨Φ∣c^i†c^j†c^lc^k∣Φ⟩=δikδjl−δilδjk(c^lc^k で2つを消してから同じ2つを戻す。順が逆なら反交換関係で符号が変わる)を (6.2.22) に入れるだけで、(6.2.28) が2行で出る。行列式の展開の符号の管理が、反交換関係に置き換わっている。前の節の例題(ϕ0,ϕ1 に1個ずつのフェルミ粒子)は J−K の形で、この式の特別な場合である。
この E[Φ] を軌道について最小にするのが Hartree–Fock 近似で、その変分構造は 近似の数理 第5章が扱う。
例題 6.2.6 Slater 行列式1つのエネルギーを Fock 空間で出す ★★
オリジナル規格直交な実の軌道 ϕ0,ϕ1 に1個ずつ入ったフェルミ粒子の状態 ∣Φ⟩=c^0†c^1†∣0⟩ と、対称な2体の関数 v(x,y) を考える。
- (1) ⟨Φ∣V^∣Φ⟩=J−K(J=v0101、K=v0110)を Fock 空間で示せ。
- (2) 同じ値を Slater 行列式の波動関数で ∬∣Φ(x,y)∣2v(x,y)dxdy として計算せよ。
- (3) v=gδ(x−y) のとき、J と K を比べよ。
解答
(1) (6.2.22) の和のうち期待値が残るのは {i,j}={k,l}={0,1} で、⟨Φ∣c^i†c^j†c^lc^k∣Φ⟩=δikδjl−δilδjk から(0,1,0,1) と (1,0,1,0) では +1、(0,1,1,0) と (1,0,0,1) では −1 になる。v1010=v0101、v1001=v0110(v が対称なので積分変数を入れ替えられる)を使って21(2J−2K)=J−K である。
(2) Φ(x,y)=21[ϕ0(x)ϕ1(y)−ϕ1(x)ϕ0(y)] を2乗して展開すると
∣Φ∣2=21[ϕ0(x)2ϕ1(y)2+ϕ1(x)2ϕ0(y)2]−ϕ0(x)ϕ1(x)ϕ0(y)ϕ1(y)
で、v を掛けて積分すると第1項は 21(J+J)=J、第2項は −K になる。(1) と一致する。
(3) v=gδ(x−y) なら J=g∫ϕ02ϕ12dx、K=g∫ϕ0ϕ1ϕ1ϕ0dx で、被積分関数が同じなので J=K、E(1)=0 である。接触相互作用では交換項が直接項をちょうど打ち消し、例題 6.2.4 のフェルミ粒子の 0 と一致する。幅の有限な相互作用では J>K が普通で、たとえば ℓ=1 の振動子の軌道と、高さ 1・幅(標準偏差)0.5 の Gauss 型の v(x,y)=e−(x−y)2/(2⋅0.52) では J−K=0.0894(verify_ch6-02.py)と正になる。
近似の裏付け
型 A(射影) | 小さいもの Slater 行列式1つの集合(N 個の軌道で張る行列式の多様体)に試行関数を限る(Hartree–Fock 近似) | 証明 条件付き(E[Φ] が真の基底エネルギーの上界であることは変分原理で証明済み。最小にする行列式が存在することは Coulomb 相互作用の中性原子・正イオンで Lieb–Simon が証明しており、その前提と範囲は第V巻第5章に従う) | 行き先 近似の数理 第5章
橋が細くなるところ
この章の同値は「粒子数ごとに」成り立つ。Fock 空間には粒子数の異なる状態の重ね合わせ(たとえばコヒーレント状態 eαa^†∣0⟩ の類)も入っているが、そのような状態は1つの HN± に収まらず、基準の N 粒子の波動関数1つでは書けない。粒子数を保つハミルトニアンの下では各 N の成分が別々に発展するので、予言は「N 粒子の波動関数の列」として書き直せる。
しかし、粒子数の重ね合わせを扱う計算(コヒーレント状態の経路積分・超伝導の BCS 状態・レーザー光)では、Fock 空間の言葉のほうが本質的に便利になる。前者は 第6部第6章、BCS 状態の限界は 第6部第7章で扱う。
もう1つは、定理 6.2.3 の前提の「巡回的な真空がある」である。モードが無限個あると、交換関係(反交換関係)を満たしても、どの消滅演算子でも消えるベクトルを持たない表現がある。
そのような表現は Fock 空間と同値でなく、したがって対称化した N 粒子の波動関数の言葉にも戻らない。熱力学極限の熱平衡状態や、自発的に対称性が破れた基底状態がその例で、代数的量子論の言葉で 第8部第3章が扱う。有限個の粒子を有限の箱に入れている限り、この章の同値は完全に成り立つ。
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