ハミルトニアンの選び方で固体を考える 第4部 第4章 §4.4.5 ★★★ 温度・散乱・スピンは、量子振動の周期を変えずに振幅だけを減らす。それぞれ RT=X/sinhX、RD=e−π/ωcτq、RS=cos(πgmc/2m) の因子として書け、振幅の温度変化から有効質量が、磁場変化から τq が読める
4.4.4節の量子振動は、絶対零度・散乱なし・スピンの分裂なしの理想化である。この節では、削ったものを1つずつ戻す。(4.4.18) の高調波の形が役に立つ。どの効果も「状態密度をエネルギーについて何かの関数でならす」操作で、ならしは Fourier 級数の各項に定数を掛けるだけだからである。
温度:Lifshitz–Kosevich の因子
有限温度で観測される量は、状態密度を Fermi 分布の微分 −∂f/∂ε(幅 kBT)でならしたものになる(第4部第1章)。−∂f/∂ε は μ について対称なので、p 次の高調波 cos(2πpε/ℏωc) は cos(2πpμ/ℏωc) に
RT(p)=∫−∞∞(−∂ε∂f)cosℏωc2πp(ε−μ)dε=sinhpXpX,X=ℏωc2π2kBT(4.4.28)
を掛けたものになる。積分は −∂f/∂ε=β/(4cosh2(β(ε−μ)/2)) の Fourier 変換で、留数の和で求まる。X≫1 では RT≈2Xe−X と指数関数的に小さくなる。3次元の振幅にもこの因子がそのまま掛かり(I. M. Lifshitz, A. M. Kosevich (1956), Sov. Phys. JETP 2, 636)、ωc の質量は極値断面積を回るサイクロトロン質量 mc=(ℏ2/2π)∂A/∂ε(解析力学から様々な理論分野を組み立てる 第4部第10章)である。周期は面積で、振幅の温度変化は質量で決まるので、2つを合わせると極値断面ごとの面積と質量の両方を測ることができる。
散乱:Dingle の因子と τq
不純物の散乱を戻すと、Landau 準位は寿命 τq に応じた幅を持つ。準位の形を半値半幅 Γ=ℏ/(2τq) の Lorentz 関数とみなすと、デルタ関数の櫛はその Lorentz 関数でならされ、p 次の高調波に
RD(p)=exp(−ℏωc2πpΓ)=exp(−ωcτqπp)(4.4.29)
が掛かる(R. B. Dingle (1952), Proc. R. Soc. Lond. A 211, 517)。ここに入る時間は、移動度を決める輸送緩和時間 τtr でなく、状態の寿命 τq である。前方へのわずかな散乱は電流をほとんど減らさないが、準位の位相を乱すので振動は弱める。第4部第2章で予告したとおり、振幅の磁場変化から τq を、移動度から τtr を別々に測ることができる。
スピン:Zeeman の因子
Zeeman エネルギー ±21gμBB を戻すと、各準位が2つに分かれ、2つの櫛が gμBB だけずれて重なる。p 次の高調波は2つの平均になり、
RS(p)=cos(πpℏωcgμBB)=cos(2mπpgmc)(4.4.30)
が掛かる。自由電子(g=2、mc=m)では gμBB=ℏωc で、分かれた準位が隣の準位とちょうど重なり、RS=(−1)p になる。3つの因子を合わせると、p 次の振動の振幅は RT(p)RD(p)RS(p) に比例する。どれも周期を変えないので、Fermi 面の面積は削った効果に左右されずに測ることができる。

図 4.4.4 Lifshitz–Kosevich の温度因子 RT=X/sinhX(点線、厳密)と、大きい X の近似 2Xe−X(実線)。X≈3 でも近似は1割ほど大きく、例題 4.4.6 の質量の読み取りに差が出る。
例題 4.4.6 2つの温度の振幅比からサイクロトロン質量を読む ★★
オリジナルある金属の1つの極値断面からの de Haas–van Alphen 振動を B=10T で、温度 1.5K と 4.2K で測り、振幅の比(4.2K/1.5K)が 0.344 だった。基本波(p=1)だけを考える。
- (1) mc=0.5m と仮定して、ℏωc/kB・2つの温度の X・RT・振幅の比を求め、0.344 に合うことを確かめよ。
- (2) 近似 RT≈2Xe−X を使って比 0.344 から mc を解くといくらになるか。
解答
(1) ℏωc/kB=ℏe×10/(0.5mkB)=26.9K。X=2π2T/26.9K から X(1.5K)=1.10、X(4.2K)=3.09。RT=0.823 と 0.283 で、比は 0.344。RD と RS は温度によらないので比では消え、比は mc だけの関数になる。比 0.344 を厳密な式で逆に解くと mc=0.500m に戻る。
(2) 近似の式では比は (4.2/1.5)exp(−2π2kBmc(4.2−1.5)K/(ℏeB)) で、mc=0.5m なら 0.385 と厳密な値より12% 大きい。逆に比 0.344 から解くと mc=0.529m で、6% 大きく読んでしまう。X が3程度までしか大きくない測定では sinh の形のまま当てはめる必要がある。
削ったものの一覧と札
この章で削ったものは次のとおりである。第一に、バンドを1本の放物線とし、磁場を Peierls 置換で入れた。これは磁気長 ℓB が格子定数 a よりずっと長いこと、すなわち単位胞を貫く磁束 Ba2 が磁束量子 h/e よりずっと小さいことを前提にしている。a=0.3nm なら h/(ea2)=4.6×104T で、実験室の磁場はその 10−3 以下である。単位胞あたりの磁束が h/e と同程度になると、バンドは磁束の有理数の分母に応じて細かく分裂した入れ子の構造になる(D. R. Hofstadter (1976), Phys. Rev. B 14, 2239)。また、2つのバンドの間のギャップ εg が小さいと、強い磁場で電子が隣のバンドの軌道へ飛び移る(磁気的破壊)。ここではどちらも起きない範囲に限った。
第二に、古典の輸送では散乱を緩和時間 τ 1つで閉じ、量子振動では準位の幅を一定の Γ で閉じた。第三に、電子間の相互作用を落とした。実際の金属で測る mc には電子間の相互作用とフォノンによる質量の増強が含まれ、バンド計算の質量より大きく出る(第5部第1章)。第四に、スピン軌道相互作用を落とし、g を定数とした。最後に、Onsager の量子化 (4.4.6) の 21 は放物線のバンドの値で、Dirac 点のまわりのように Berry 位相を持つ軌道ではずれる(第5部第5章)。
近似の裏付け
型 B(極限) | 小さいもの ℓB/a→∞(単位胞あたりの磁束 eBa2/h→0)とバンドのギャップを保つ(ゆっくりした外場の1バンドの有効模型・Peierls 置換) | 証明 条件付き(ギャップで孤立したバンドの族で、外場が格子の尺度でゆっくり変わるとき、Peierls 置換を主要項とする有効 Hamiltonian が証明されている〔G. Panati, H. Spohn, S. Teufel (2003), Commun. Math. Phys. 242, 547〕。ギャップが閉じると破れる) | 行き先 近似の数理 第7章・近似の数理 第12章
近似の裏付け
型 B(極限) | 小さいもの 1/ν→0(Fermi 準位の下の Landau 準位の数が多い。Onsager の量子化と極値断面積の公式) | 証明 要確認(準位の番号が大きく磁気的破壊が無いことが前提。21 のずれの前提と誤差の評価は原論文で未確認) | 行き先 近似の数理 第7章
近似の裏付け
型 C(閉じる) | 小さいもの 古典の輸送は衝突を −δf/τ で、量子振動は準位の幅を一定の Γ=ℏ/2τq で置き換える(小さいパラメータなし) | 証明 C 型=内部の評価なし | 行き先 近似の数理 第8章
ほかの巻では
- 近似の数理 第12章:Peierls 置換と半古典運動を空間断熱摂動論で正当化した主張と、ギャップの前提が読める
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